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第三章 封印の鍵、守護の星
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「だからあ。なんでおれが一々出向かないといけないんだ? おまえの幼なじみだろ。おれには関係ねえよ」
ぶつぶつ言いながら後ろをついてくる一樹に振り向いた翔が苦笑する。
もうこの街にきてしまったというのに一樹も往生際が悪い。
「ぼくの大切な幼なじみだから、一樹に紹介したいんじゃないか。きっと一樹も気に入るから。特に亜樹という子は可愛いから一樹の好みだと思うよ」
「たしか説明では亜樹って奴は男じゃなかったか?」
仏頂面の一樹に翔は邪気のない笑顔を向ける。
「そうだよ?」
「なんで男がおれの好みなんだよ? おれはゲイじゃねえぞっ!!」
「男とか女とか意識させないくらい亜樹は可愛いんだよ。昔から同性にも人気があったからね。あの頃のまま成長していたら、多分外見だけなら物凄い美少女に育ってると思うよ」
「おまえ、それを確かめるために、わざわざこんなところまできたのか?」
物好きなと言いたそうな一樹の科白に翔はちょっと悩んで小首を傾げた。
「どうしてかな? 一樹と再会したときにさ、亜樹を紹介しないといけないって、急にそう思ったんだよ。亜樹と別れてからもう4年。とっくに忘れてもいい頃なのに想い出は鮮明で忘れることができなかった。
一樹を捜している間ぼくは亜樹のために捜し出したいと思い、再会してからは1日でも早く逢わせないとと思ってきた。その理由をぼく自身が知らないんだよ。不思議な話だよね」
翔がそう言って締め括ったとき、一樹はなんとも言えない複雑な顔をしていた。
兄の名を高瀬翔。
そう亜樹と杏樹の幼なじみでひとつ年上の少年の、あの翔だ。
小学校を卒業するのと同時に引っ越し、疎遠になっていたが、約束通り5月の連休を利用してこの街に戻ってきていた。
傍らには双生児の弟の一樹の姿がある。
二卵性だから容姿は似ていない。
翔はすこし前髪が長めで日に灼けた肌をしている。
所属がバスケット部だから必然だ。
試合にもよく出ていたし、グラウンドを走ることが日課だったので。
容姿は端麗だが、どちらかといえば繊細なタイプだった。
繊細な美貌を持っているのに、見ているとスポーツマンタイプという、ちょっと不思議な印象を放っている。
対する一樹は顔の良し悪しで言えば翔(かける)以上で、まるで神々が愛でるために生み出した寵童といった感じだ。
しかし物事を斜めに構えてみているせいか、ひねくれた印象が強い。
細身の長身で運動をやっていないという意味なら、不自然なほどに背が高かった。
翔がバスケットで鍛えているので、体格では劣るが身長では決して負けていない。
一樹はどこか浮世離れした雰囲気を持っていた。
ふたりが再会したのは1年前だ。
それまで一切面識はない。
一樹との再会のせいで、翔は高校入試を控えていた時期に厄介事に巻き込まれ、結局1年浪人していた。
入試を受けられなかったのだ。
それまでどこにいたのか知らないが、一樹はろくに読み書きもできなかった。
翔は一樹に勉強を教えるいい機会とばかりに、赤ん坊のような一樹に色んな知識を教え、そうして無事にふたりは同じ高校に入学することができた。
一樹は教える方が呆気に取られるくらい飲み込みが早く頭の回転も早かった。
だから、1年前は「あいうえお」を習っていたような一樹が、今高校生なんてやっていられるのである。
翔は一樹が今までどこでなにをしていたのかは知らない。
少なくとも学校にも通えない境遇だったのはたしかだ。
哀れと思う気持ちと同時に同情はするまいと自分に言い聞かせ、一樹に世間一般的な興味を持ってもらおうと涙ぐましい努力をした。
本当は一樹がずば抜けた運動神経の持ち主であり、どんなスポーツも万能だと知っていたので、同じようにバスケ部に入ってほしかったが、何故か一樹がいやがった。
身柄が拘束されるのは困ると、一樹はそう言って断ってきたのである。
どういう意味か説明はしないままに。
一樹はいつも遠くを見ているようだった。
なにかを待っている。
本能的にそう感じた。
そうして思い出したのである。
幼い頃に別れた亜樹のことを。
亜樹のことを忘れたことは一度もない。
いつだって胸の中に亜樹がいたし、亜樹と逢ったとき恥ずかしくない男でいたいと思って頑張ってきた。
だから、素直に逢いに行こうと思ったのだが、一樹が戻ってきてから、急に何故か亜樹と一樹を引き合わせなければいけないような気がしてきていた。
ふたりが出逢い、時がくれば翔にもその意味がわかる。
自分がなにをしなければいけないのか、それがわかる。
そんな気がした。
『草薙』
そう書かれた門の前に立って翔は緊張していた。
亜樹に逢うのだと思うと自然と肩に力が入る。
それに引っ越しの時に告白されたのに、最低最悪な断り方をしてしまった杏樹にも、きちんと謝りたかったし。
杏樹をひどい方法で傷付けてしまったことは、亜樹とは違った意味で翔を縛り付けたから。
妹のように思っていたのだ。
それがあんな形でひどく傷付けてしまったと思えば、当然ながら気になる。
ふたりと逢ったとき、平静を保てるだろうかと思ったとき、背後にいた一樹がポツリと呟いた。
「この家……なにか不幸でもあったのか?」
「いきなりなにを言い出すんだ?」
「だってよ、空気が淀んでるぜ? なんかすっげぇ暗い。それにお目当ての双生児はいないんじゃないのか?」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
不思議そうに問いかけたが、一樹はそのことには答えなかった。
怪訝に思いながらノックする。
すぐに音を立てて扉が開き懐かしい人の顔が見えた。
「お久しぶりです、おじさん。高瀬翔です」
「翔君か」
憔悴した顔をしていた草薙司は、一瞬だけ嬉しそうに笑ってみせた。
「亜樹と杏樹のふたりと逢う約束をしていたんですけど、ふたりはいますか?」
問いかけると司はなんとも言えない複雑な顔をした。
「あのふたりなら2週間前から行方不明だ」
「え?」
絶句した翔に興味深そうに目を見開く一樹。
そんなふたりに向かって、大方の説明をすると司は大きなため息を吐き出した。
「警察には連絡したんですか?」
翔が掠れた声で訊ねると司は緩くかぶりを振った。
「どうしてっ!!」
「ふたりが落下したのは水の中、だ。水が関係しているなら、セレーネがきっと護ってくれる。それにこれがふたりの運命なら、おそらく捜しても無駄だろうから」
「捜しても無駄ってどういうことですか? セレーネってだれですか?」
苛立ったように問いかける翔に司は深い嘆息を漏らす。
「セレーネというのは、ふたりの母親の名前だよ」
「おばさんの名前は響子だったのではないのですか?」
「表向きにはそういうことになっているが、本名はセレーネというんだ。彼女はそう名乗ったから。戸籍のない彼女のために、わたしが日本人としての戸籍を偽造して、そのときに響子と名付けた。セレーネはね、水の精霊なんだよ」
「おじさん。本気で言ってるんですか? そんなバカげたことをっ!!」
「わたしもどこまで本当かは知らない。セレーネは身元については打ち明けなかったから。わたしが水の精霊だと思っているのは、彼女と出逢ったのが湖の上だったからなんだ」
「湖の上?」
「大きな湖の真ん中でね。ボートを漕いでいると、不意に水中から美しい女性が現れた。それがセレーネだ。彼女は身元もなにも明かさなかったけれど、わたしは一目で恋に落ち、半年後には結婚していた。セレーネが亡くなった後、実は火葬できなかったんだよ」
「どうしてですか?」
「彼女の遺体が塵と消えてしまったから」
絶句する翔と対象的に一樹は真剣な目をしている。
「精霊だと思う気持ちもわかるだろう?」
言われて頷いた翔だが、では亜樹と杏樹はどうなる?
そんな不思議な女性から生まれたふたりは純粋な人間なのか?
「セレーネはきっと水に還ったんだよ。だったら水の中に落ちたふたりをきっと守ってくれる。そんな不思議なセレーネから生まれたふたりに、なにか使命があるのなら、おそらく探しても無駄だよ。いつか失うのではないかと覚悟していたからね」
落ち込んだ司の声に、それまで黙っていた一樹が口を開いた。
「亜樹か杏樹か、どっちかもしくは両方か、ピアスをしていなかったか? 絶対に外れないピアスを。それもたぶん色は蒼で左耳」
この問いには翔までが驚いた。
亜樹が蒼いピアスをしていることまでは一樹に教えなかったからだ。
「どうして知っているんだい? たしかに亜樹は左耳に蒼いピアスをしているよ。決して外れないピアスを」
「そしてそれは母親から譲り受けた物。違うか?」
「そうだ。セレーネも左耳に蒼いピアスをしていた。亜樹がピアスを身に付けて産まれてきたとき、セレーネのピアスを受け継いだのだとすぐにわかった。でも、どうしてきみがそんなことを知っているんだね?」
司の戸惑ったような問いにも一樹は答えなかった。
矢継ぎ早に知りたいことだけを問いかける。
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