6 / 140
第二章 森と湖の国
(4)
しおりを挟む
ピアスだけではないのだ。
亜樹に宿る不思議な特徴は。
怪我を異様な速度で癒せること。
杏樹が受けるはずの不幸を我が身に受けることができること。
しかも受ける負担を軽くすることができること。
すべて亜樹にしかできないことだ。
それ以前に杏樹だけが不幸な目に遭っていたのは、傍にいた亜樹の影響だとわかってしまったが。
傷を移せるようになってから気づいたのだ。
杏樹が傷つくとき、それは本来ならすべて亜樹を襲ったはずのものだった。
それが亜樹をそれて杏樹にいっただけで。
だから、亜樹にはそれを引き受ける責任があった。
自分なら軽く済むとわかっているのなら尚更だ。
それからの亜樹は怪我が絶えなかった。
杏樹を護るために自分を犠牲にしてきたのである。
いや。
本来受けるはずのものを自分の意思で受けていた、というべきだろうか。
妹を犠牲にしないために。
犠牲になっていたのは杏樹の方なのだから。
「だから、杏樹は無事なんだ。普通に流されてこっちにきたのなら助からない。それなら尚更だ。オレがこれを受けた以上、杏樹は無事だよ。絶対に無傷だ」
言い換えると傷を受けない亜樹が傷を受けたことが、杏樹もこちらにきている証になるのである。
杏樹がいないのなら、亜樹が怪我をすることはなかったのだから。
「どうやら本当にエルスたちを呼ぶしかないらしい。アキがそこまで普通と違うとは」
「そういう例は初めて聞きました。一体どのような方なのでしょう?」
レックスの言葉にかぶりを振ってから、リーンは訊ねた。
妹のために自分を犠牲にして、それでいいと思っている亜樹に。
「どうしてそこまでして人を庇えるんだ? どうせアキのことだから、妹には言っていないのだろう? 身代わりになっていることなど。言っていたら、今黙っていてほしいとは言わなかったはずだからな。そんなことをしたら自分が苦しむだけなのに」
「だって本来なら全部、オレが負ったはずのものなんだっ!! 犠牲になっていたのは杏樹の方だよっ!! オレにそんな変な特徴がなかったら、災厄がオレを避けるような変な力がなかったら、それはすべてオレを襲ったはずのものだったっ!!
一番最初に怪我を移してから、そのことに気づいたんだ。杏樹が怪我をするとき、杏樹がひどい目に遭うとき、それは本来ならオレの身に降りかかったことだって。だから、だから、オレは……」
唇を噛みしめる亜樹に、彼がそのことでどれくらい自分を責めているのかがわかる。
リーンは無神経なことを言ったと後悔した。
妹を犠牲にしていることに気づいて、亜樹は自分を責めていたのだ。
せめて普通にそのまま自分が襲われればよかったのにと。
だから、身体を張って妹を守ってきた。
儚げな外見に似合わず、なかなかに意思が強い。
これほどしっかりしているとは思わなかった。
「……自分を責める気持ちはわかるが、だからといって自分を犠牲にしても仕方がないだろう? アキだって女の子なんだから、身体に傷でも残ったら」
それまで落ち込んでいた亜樹は、リーンの的外れな慰めに傍に立つ彼を見上げた。
不器用だからなのか、亜樹を女の子だと思っていても、抱いて慰めようとか、髪を撫でようとか、そういうことはしないが、していたら殴っているところだ。
おどろおどろしい声で、亜樹は恨めしげにリーンの名を呼んだ。
「リーン」
「なんだ?」
「……いつ、どこで、オレが女だって言った?」
「え?」
リーンがキョトンとするが驚いているのは彼だけではなかった。
傍で治療していたレックスも唖然と亜樹を見ている。
「オレは杏樹の双生児の兄貴だっ!! オレがいつ女だって言ったんだよっ!?」
このやろうっ!! と怒鳴りつけたいのを、相手は王子だからと我慢してそう言ったら、一瞬の沈黙の後で、リーンとレックスが同時に叫んだ。
「「えぇっ!?」」
「……どういう驚き方だよ、? オレが男だったらまずいのか? 一人称だって男のものだろ、オレって言ってるだろ、オレはっ!!」
支離滅裂になってきたが、驚いているのはリーンの方だったらしい。
それまで感情を出さなかった彼が、慌てたように言い募ってきた。
「だってどこから見ても可愛い女の子じゃないかっ!! 姉上と互角か、それ以上だと思っていたのに!!」
慌てまくるリーンに亜樹はドーンと落ち込んだ。
「そこまで言うか?」
「……冗談じゃなく本当に男なのか?」
確かめるのが怖いと言いたげな声だった。
亜樹はじっとり見上げて言ってやった。無神経な王子さまに。
「なんなら脱いでみせようか?」
「……いや。いい」
赤くなったリーンが断って、どうやらまだ女の子扱いが抜けないらしいと、亜樹は嘆息をもらした。
「……こんなに可愛い男がいるのか?」
出ていくときにポツリと呟いたリーンに、亜樹は手近にあった物、つまり羽根枕を左手で持ち上げて彼の背中にぶつけてやった。
リーンがムッとしたように振り向いたが文句も言わずに引き上げていった。
どうやら亜樹が男だと知ってショックを受けているらしい。
「ちくしょう。どいつもこいつもオレのこと、女の子扱いしやがってっ!!」
寝台の中で悔しさに打ち震える亜樹に、ようやく驚愕から立ち直ったレックスが突き落とす一言を言った。
「あなたほど綺麗で、しかも可愛ければ大抵の者は少女だと思いますよ。わたしもまさか少年だとは思いませんでしたから」
「慰めになってない……」
落ち込むだけ落ち込んだ亜樹にレックスは、落ち込みたいのはこっちのほうだと、深い落胆を感じながら思っていた。
内心で亜樹が本当に女の子ならよかったのに、と思っているのだが。
リーンが実の姉以外の異性(この場合、勘違いだったわけだが)に興味を持ったのは亜樹が初めてなのだ。
姉と互角、あるいはそれ以上に魅力があると、彼が認めたのは十七年生きている中で、亜樹が最初だったのである。
おそらく最初で最後だろう。
リーンの姉姫はそのくらいきれいな姫君だったから。
望みをかけるとしたら正真正銘の女の子である亜樹の妹が、亜樹と同じくらい可愛いことを祈るだけだ。
せめてリーンが理想の少女だと思った亜樹の面影を残していればいいと思って。
世継ぎのリーンの理想は、完璧と言われる姉姫のおかげでかなり高かった。
並みの少女では興味も抱いてくれないのだから、リーンが自分から姉と互角か、それ以上だと思っていたと認めたのは、本当に亜樹が最初なのである。
今までリーンは大勢の姫君を紹介されてきたが、彼が興味を抱いたのは亜樹ひとりだった。
その亜樹が、まさか男だったとは……。
現実とは上手くいかないものだとため息が出た。
亜樹に宿る不思議な特徴は。
怪我を異様な速度で癒せること。
杏樹が受けるはずの不幸を我が身に受けることができること。
しかも受ける負担を軽くすることができること。
すべて亜樹にしかできないことだ。
それ以前に杏樹だけが不幸な目に遭っていたのは、傍にいた亜樹の影響だとわかってしまったが。
傷を移せるようになってから気づいたのだ。
杏樹が傷つくとき、それは本来ならすべて亜樹を襲ったはずのものだった。
それが亜樹をそれて杏樹にいっただけで。
だから、亜樹にはそれを引き受ける責任があった。
自分なら軽く済むとわかっているのなら尚更だ。
それからの亜樹は怪我が絶えなかった。
杏樹を護るために自分を犠牲にしてきたのである。
いや。
本来受けるはずのものを自分の意思で受けていた、というべきだろうか。
妹を犠牲にしないために。
犠牲になっていたのは杏樹の方なのだから。
「だから、杏樹は無事なんだ。普通に流されてこっちにきたのなら助からない。それなら尚更だ。オレがこれを受けた以上、杏樹は無事だよ。絶対に無傷だ」
言い換えると傷を受けない亜樹が傷を受けたことが、杏樹もこちらにきている証になるのである。
杏樹がいないのなら、亜樹が怪我をすることはなかったのだから。
「どうやら本当にエルスたちを呼ぶしかないらしい。アキがそこまで普通と違うとは」
「そういう例は初めて聞きました。一体どのような方なのでしょう?」
レックスの言葉にかぶりを振ってから、リーンは訊ねた。
妹のために自分を犠牲にして、それでいいと思っている亜樹に。
「どうしてそこまでして人を庇えるんだ? どうせアキのことだから、妹には言っていないのだろう? 身代わりになっていることなど。言っていたら、今黙っていてほしいとは言わなかったはずだからな。そんなことをしたら自分が苦しむだけなのに」
「だって本来なら全部、オレが負ったはずのものなんだっ!! 犠牲になっていたのは杏樹の方だよっ!! オレにそんな変な特徴がなかったら、災厄がオレを避けるような変な力がなかったら、それはすべてオレを襲ったはずのものだったっ!!
一番最初に怪我を移してから、そのことに気づいたんだ。杏樹が怪我をするとき、杏樹がひどい目に遭うとき、それは本来ならオレの身に降りかかったことだって。だから、だから、オレは……」
唇を噛みしめる亜樹に、彼がそのことでどれくらい自分を責めているのかがわかる。
リーンは無神経なことを言ったと後悔した。
妹を犠牲にしていることに気づいて、亜樹は自分を責めていたのだ。
せめて普通にそのまま自分が襲われればよかったのにと。
だから、身体を張って妹を守ってきた。
儚げな外見に似合わず、なかなかに意思が強い。
これほどしっかりしているとは思わなかった。
「……自分を責める気持ちはわかるが、だからといって自分を犠牲にしても仕方がないだろう? アキだって女の子なんだから、身体に傷でも残ったら」
それまで落ち込んでいた亜樹は、リーンの的外れな慰めに傍に立つ彼を見上げた。
不器用だからなのか、亜樹を女の子だと思っていても、抱いて慰めようとか、髪を撫でようとか、そういうことはしないが、していたら殴っているところだ。
おどろおどろしい声で、亜樹は恨めしげにリーンの名を呼んだ。
「リーン」
「なんだ?」
「……いつ、どこで、オレが女だって言った?」
「え?」
リーンがキョトンとするが驚いているのは彼だけではなかった。
傍で治療していたレックスも唖然と亜樹を見ている。
「オレは杏樹の双生児の兄貴だっ!! オレがいつ女だって言ったんだよっ!?」
このやろうっ!! と怒鳴りつけたいのを、相手は王子だからと我慢してそう言ったら、一瞬の沈黙の後で、リーンとレックスが同時に叫んだ。
「「えぇっ!?」」
「……どういう驚き方だよ、? オレが男だったらまずいのか? 一人称だって男のものだろ、オレって言ってるだろ、オレはっ!!」
支離滅裂になってきたが、驚いているのはリーンの方だったらしい。
それまで感情を出さなかった彼が、慌てたように言い募ってきた。
「だってどこから見ても可愛い女の子じゃないかっ!! 姉上と互角か、それ以上だと思っていたのに!!」
慌てまくるリーンに亜樹はドーンと落ち込んだ。
「そこまで言うか?」
「……冗談じゃなく本当に男なのか?」
確かめるのが怖いと言いたげな声だった。
亜樹はじっとり見上げて言ってやった。無神経な王子さまに。
「なんなら脱いでみせようか?」
「……いや。いい」
赤くなったリーンが断って、どうやらまだ女の子扱いが抜けないらしいと、亜樹は嘆息をもらした。
「……こんなに可愛い男がいるのか?」
出ていくときにポツリと呟いたリーンに、亜樹は手近にあった物、つまり羽根枕を左手で持ち上げて彼の背中にぶつけてやった。
リーンがムッとしたように振り向いたが文句も言わずに引き上げていった。
どうやら亜樹が男だと知ってショックを受けているらしい。
「ちくしょう。どいつもこいつもオレのこと、女の子扱いしやがってっ!!」
寝台の中で悔しさに打ち震える亜樹に、ようやく驚愕から立ち直ったレックスが突き落とす一言を言った。
「あなたほど綺麗で、しかも可愛ければ大抵の者は少女だと思いますよ。わたしもまさか少年だとは思いませんでしたから」
「慰めになってない……」
落ち込むだけ落ち込んだ亜樹にレックスは、落ち込みたいのはこっちのほうだと、深い落胆を感じながら思っていた。
内心で亜樹が本当に女の子ならよかったのに、と思っているのだが。
リーンが実の姉以外の異性(この場合、勘違いだったわけだが)に興味を持ったのは亜樹が初めてなのだ。
姉と互角、あるいはそれ以上に魅力があると、彼が認めたのは十七年生きている中で、亜樹が最初だったのである。
おそらく最初で最後だろう。
リーンの姉姫はそのくらいきれいな姫君だったから。
望みをかけるとしたら正真正銘の女の子である亜樹の妹が、亜樹と同じくらい可愛いことを祈るだけだ。
せめてリーンが理想の少女だと思った亜樹の面影を残していればいいと思って。
世継ぎのリーンの理想は、完璧と言われる姉姫のおかげでかなり高かった。
並みの少女では興味も抱いてくれないのだから、リーンが自分から姉と互角か、それ以上だと思っていたと認めたのは、本当に亜樹が最初なのである。
今までリーンは大勢の姫君を紹介されてきたが、彼が興味を抱いたのは亜樹ひとりだった。
その亜樹が、まさか男だったとは……。
現実とは上手くいかないものだとため息が出た。
0
お気に入りに追加
246
あなたにおすすめの小説

俺が総受けって何かの間違いですよね?
彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。
17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。
ここで俺は青春と愛情を感じてみたい!
ひっそりと平和な日常を送ります。
待って!俺ってモブだよね…??
女神様が言ってた話では…
このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!?
俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!!
平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣)
女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね?
モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。


美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

メインキャラ達の様子がおかしい件について
白鳩 唯斗
BL
前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。
サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。
どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。
ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。
世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。
どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!
主人公が老若男女問わず好かれる話です。
登場キャラは全員闇を抱えています。
精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。
BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。
恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。

有能官吏、料理人になる。〜有能で、皇帝陛下に寵愛されている自分ですが、このたび料理人になりました〜
𦚰阪 リナ
BL
琳国の有能官吏、李 月英は官吏だが食欲のない皇帝、凛秀のため、何かしなくてはならないが、何をしたらいいかさっぱるわからない。
だがある日、美味しい料理を作くれば、少しは気が紛れるのではないかと考え、厨房を見学するという名目で、厨房に来た。
そこで出逢った簫 完陽という料理人に料理を教えてもらうことに。
そのことがきっかけで月英は、料理の腕に目覚めて…?!
料理×BL×官吏のごちゃまぜ中華風お料理物語、ここに開幕!
※、のところはご注意を。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。 【完結】
まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる