弟妹たちよ、おれは今前世からの愛する人を手に入れて幸せに生きている〜おれに頼らないでお前たちで努力して生きてくれ〜

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第二章 森と湖の国

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 ピアスだけではないのだ。

 亜樹に宿る不思議な特徴は。

 怪我を異様な速度で癒せること。

 杏樹が受けるはずの不幸を我が身に受けることができること。

 しかも受ける負担を軽くすることができること。

 すべて亜樹にしかできないことだ。

 それ以前に杏樹だけが不幸な目に遭っていたのは、傍にいた亜樹の影響だとわかってしまったが。

 傷を移せるようになってから気づいたのだ。

 杏樹が傷つくとき、それは本来ならすべて亜樹を襲ったはずのものだった。

 それが亜樹をそれて杏樹にいっただけで。

 だから、亜樹にはそれを引き受ける責任があった。

 自分なら軽く済むとわかっているのなら尚更だ。

 それからの亜樹は怪我が絶えなかった。

 杏樹を護るために自分を犠牲にしてきたのである。

 いや。

 本来受けるはずのものを自分の意思で受けていた、というべきだろうか。

 妹を犠牲にしないために。

 犠牲になっていたのは杏樹の方なのだから。

「だから、杏樹は無事なんだ。普通に流されてこっちにきたのなら助からない。それなら尚更だ。オレがこれを受けた以上、杏樹は無事だよ。絶対に無傷だ」

 言い換えると傷を受けない亜樹が傷を受けたことが、杏樹もこちらにきている証になるのである。

 杏樹がいないのなら、亜樹が怪我をすることはなかったのだから。

「どうやら本当にエルスたちを呼ぶしかないらしい。アキがそこまで普通と違うとは」

「そういう例は初めて聞きました。一体どのような方なのでしょう?」

 レックスの言葉にかぶりを振ってから、リーンは訊ねた。

 妹のために自分を犠牲にして、それでいいと思っている亜樹に。

「どうしてそこまでして人を庇えるんだ? どうせアキのことだから、妹には言っていないのだろう? 身代わりになっていることなど。言っていたら、今黙っていてほしいとは言わなかったはずだからな。そんなことをしたら自分が苦しむだけなのに」

「だって本来なら全部、オレが負ったはずのものなんだっ!! 犠牲になっていたのは杏樹の方だよっ!! オレにそんな変な特徴がなかったら、災厄がオレを避けるような変な力がなかったら、それはすべてオレを襲ったはずのものだったっ!!
 一番最初に怪我を移してから、そのことに気づいたんだ。杏樹が怪我をするとき、杏樹がひどい目に遭うとき、それは本来ならオレの身に降りかかったことだって。だから、だから、オレは……」

 唇を噛みしめる亜樹に、彼がそのことでどれくらい自分を責めているのかがわかる。

 リーンは無神経なことを言ったと後悔した。

 妹を犠牲にしていることに気づいて、亜樹は自分を責めていたのだ。

 せめて普通にそのまま自分が襲われればよかったのにと。

 だから、身体を張って妹を守ってきた。

 儚げな外見に似合わず、なかなかに意思が強い。

 これほどしっかりしているとは思わなかった。

「……自分を責める気持ちはわかるが、だからといって自分を犠牲にしても仕方がないだろう? アキだって女の子なんだから、身体に傷でも残ったら」

 それまで落ち込んでいた亜樹は、リーンの的外れな慰めに傍に立つ彼を見上げた。

 不器用だからなのか、亜樹を女の子だと思っていても、抱いて慰めようとか、髪を撫でようとか、そういうことはしないが、していたら殴っているところだ。

 おどろおどろしい声で、亜樹は恨めしげにリーンの名を呼んだ。

「リーン」

「なんだ?」

「……いつ、どこで、オレが女だって言った?」

「え?」

 リーンがキョトンとするが驚いているのは彼だけではなかった。

 傍で治療していたレックスも唖然と亜樹を見ている。

「オレは杏樹の双生児の兄貴だっ!! オレがいつ女だって言ったんだよっ!?」

 このやろうっ!! と怒鳴りつけたいのを、相手は王子だからと我慢してそう言ったら、一瞬の沈黙の後で、リーンとレックスが同時に叫んだ。

「「えぇっ!?」」

「……どういう驚き方だよ、? オレが男だったらまずいのか? 一人称だって男のものだろ、オレって言ってるだろ、オレはっ!!」

 支離滅裂になってきたが、驚いているのはリーンの方だったらしい。

 それまで感情を出さなかった彼が、慌てたように言い募ってきた。

「だってどこから見ても可愛い女の子じゃないかっ!! 姉上と互角か、それ以上だと思っていたのに!!」

 慌てまくるリーンに亜樹はドーンと落ち込んだ。

「そこまで言うか?」

「……冗談じゃなく本当に男なのか?」

 確かめるのが怖いと言いたげな声だった。

 亜樹はじっとり見上げて言ってやった。無神経な王子さまに。

「なんなら脱いでみせようか?」

「……いや。いい」

 赤くなったリーンが断って、どうやらまだ女の子扱いが抜けないらしいと、亜樹は嘆息をもらした。

「……こんなに可愛い男がいるのか?」

 出ていくときにポツリと呟いたリーンに、亜樹は手近にあった物、つまり羽根枕を左手で持ち上げて彼の背中にぶつけてやった。

 リーンがムッとしたように振り向いたが文句も言わずに引き上げていった。

 どうやら亜樹が男だと知ってショックを受けているらしい。

「ちくしょう。どいつもこいつもオレのこと、女の子扱いしやがってっ!!」

 寝台の中で悔しさに打ち震える亜樹に、ようやく驚愕から立ち直ったレックスが突き落とす一言を言った。

「あなたほど綺麗で、しかも可愛ければ大抵の者は少女だと思いますよ。わたしもまさか少年だとは思いませんでしたから」

「慰めになってない……」

 落ち込むだけ落ち込んだ亜樹にレックスは、落ち込みたいのはこっちのほうだと、深い落胆を感じながら思っていた。

 内心で亜樹が本当に女の子ならよかったのに、と思っているのだが。

 リーンが実の姉以外の異性(この場合、勘違いだったわけだが)に興味を持ったのは亜樹が初めてなのだ。

 姉と互角、あるいはそれ以上に魅力があると、彼が認めたのは十七年生きている中で、亜樹が最初だったのである。

 おそらく最初で最後だろう。 

 リーンの姉姫はそのくらいきれいな姫君だったから。

 望みをかけるとしたら正真正銘の女の子である亜樹の妹が、亜樹と同じくらい可愛いことを祈るだけだ。

 せめてリーンが理想の少女だと思った亜樹の面影を残していればいいと思って。

 世継ぎのリーンの理想は、完璧と言われる姉姫のおかげでかなり高かった。

 並みの少女では興味も抱いてくれないのだから、リーンが自分から姉と互角か、それ以上だと思っていたと認めたのは、本当に亜樹が最初なのである。

 今までリーンは大勢の姫君を紹介されてきたが、彼が興味を抱いたのは亜樹ひとりだった。

 その亜樹が、まさか男だったとは……。

 現実とは上手くいかないものだとため息が出た。
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