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第七章 因果は巡る

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「殿下。少し宜しいですか?」

 人目につきにくい場所でミントに名を呼ばれ、優哉は黙って彼女に近付いた。

「どうしたの? ミント教授」

「ここではなんですので、わたしの教授室へどうぞ」

「わかったよ」

 先導して歩き出したミントの後を追う。

 ふたりで教授室に入るとミントは用心のため鍵をかけた。

 なにか警戒している気がして優哉は小首を傾げる。

「申し訳ございませんが今日付けで学園をやめて頂けますか?」

「なんで? 王宮に迎えられるまでにはまだ時間があるって」

「この学園は危険です」

「危険? なにが?」

「詳しいことはまだ申し上げることができません。確認が取れていませんし。なによりもジェイク殿下のご判断を伺っておりませんので」

「そんなに大事なの?」

 優哉は驚きを隠せない。

 ミントのことも少しはわかってきて、彼女は理由もなくこういうことは言わないとわかってきている。

 しかし。

「少し厄介な事態が、この学園で起きています。このまま殿下が学園に通っていれば、危険が及ぶ可能性も無ではありません。それがわかっているなら防ぐのも、わたしの役目ですので。ご理解頂けませんか?」

「わかったよ。でも、後少しだけ待って。今日付けは困る。もう少しだけ時間を」

「なりません。どうかご理解下さい。本当に危険なのです。わたしはなによりもセイル殿下のご安全を優先しなければなりませんので」

 優哉の身の安全を誰よりも優先しているのがジェイクである。

 そしてそのジェイクを最優先するのがミント。

 その流れからなにをさておいても優先されるのが、優哉の身の安全ということになるのだ。

 これだけは優哉本人から縋られようと譲ることはできない。

 万が一優哉の我儘を認めたら、下手をしたら優哉の身に危険が迫るかもしれない。

 その場合、ミントは死んでお詫びをしなければ、ジェイクに合わせる顔がない。

 別に我が身可愛さで言っているわけではない。

 自分の命よりも大事な人。

 ジェイクが誰よりも愛している優哉を危険にさらすなんて、ミントの思考の中にはなかった。

 それは自分が明日をも知れぬ状態のときに、自分の身ではなく優哉の身の安全を優先し、ミントすら遠ざけたことが、ミントの判断基準になっていた。

 ジェイクは自分の幸せや命より、優哉が大事なのだから自分は彼の意思を優先して優哉を守り切らなければ、と。

 ミントなら守れると思ったからこそ、あのときジェイクはミントを残した。

 その期待に応えたかったのだった。

「どうしても?」

「はい。既に退学手続きも終えています」

 さすがに返す言葉がないのか、優哉は頭痛を堪えるような仕草を見せた。

 なにがそんなに彼女を焦らせるのか知らないが、どうやら本当に危険なようだ。

 これはどう食い下がっても無駄だろう。

 だったらせめて帰宅だけでも待って貰って、ケントに挨拶をと思ったが、優哉の読みは余りにも甘すぎたようだった。

 何故なら。

「申し訳ございませんが、このままご自宅まで強制送還させて頂きます」

「ミント教授?」

「そのままジェイク殿下のご許可があれば、いえ。ご命令して頂いてでも、宮殿に戻って頂くことになると思います」

「ちょっと待って。一体この学園でなにが起きてるの?」

 優哉は何度も食い下がったが、ミントが口を割ることはなかった。

 彼女から報告を受けたら、兄から聞けるだろうか。

 その考えも甘かったと後に優哉は知ることになる。

 この日。

 優哉は高等学園を自主退学した。

 ケントがそれを知るのは翌日のことである。

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