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第三章 明暗

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 この場合すでに弟が次期国王として選抜されているだろうし、状態を正確に教えればおそらく助けてはもらえない。

 お金を準備するよう命じても無視されかねないのだ。

 足手まといは向こうにとっても同じなのだから。

 五体満足な弟とこれだけの障害を抱える元第一王子とでは、人々はおそらくジェイクを見捨て弟を選んで海賊の要求は無視するだろう。

 望みがあるとしたらミントだが、彼女を弟の傍から引き離すのはやりたくない。

 危険なのは弟だって同じなのだ。

 むしろ急に国王にならなければならないため、弟を亡き者にしようと企む者がいても、全然変じゃない。

 自分はこんな身体だ。

 今更生きようが死のうがどうでもいい。

 ただ弟を護りたい。

 だから、ミントを動かすことはできない。

 他に望みがあるとしたら……これは一縷の希望に過ぎないが、たったひとりの弟、セイル。

 恨まれている可能性が高いことも十分に承知している。

 だが、損得なしで助けてくれそうな心当たりは、たったひとりの家族であるセイルしかいなかった。

「確実な保証はできない」

「何故ですか? あなたのご家族なら無事を知れば」

「そのたったひとりの家族が、わたしがこうなるまで、わたしの存在を知らなかったとしたら?」

「貴族も大変ですね。つまりそのたったひとりのご家族は妾の子かなにかで、あなたの存在を知らされず、急に跡取りにされたといったところですか」

「だが、他の者に無事を知らせてもおそらく金の無心は無視される」

「あなた……意外と大事にされていないんですね。あの服装から見ててっきり」

「そうじゃない。これが五体満足なら助け出してくれると自信を持てる」

「つまり今のあなたはあなたが元いた場所でも足手まといということですか?」

 ため息をつきながらの問いかけに頑張って頷いた。

「今のわたしでは本来の立場に戻る資格がない。だから、見殺しにする。そういうことだ」

「なるほど。だから、助けてくれるかもしれない心当たりは、その今まで存在すら知らされてなかった血の繋がった唯一のご家族しかない、と?」

 問われて頷いた。

「だから、確実な保証はできないと言ったんだ。急に事実を知らされて、わたしを恨んでいる可能性が高いから」

「しかしアテはその人しかない。それも事実なのですね?」

 確認され首肯してみせた。

「いいでしょう。その人に連絡を取ってみます。お名前と住所は?」

「ミルベイユにいるが住所は知らない方がいいと思う」

「何故ですか?」

「義理の父親が軍の責任者だ」

「それは……さすがに避けたいですね」

「だから、接触も本人とだけ取った方がいい。外部に知らせないようにも指示した方がいいだろう。周囲に報告したらもし助けてくれる気になっても、おそらく阻止されるから」

「あなたって結構厄介な境遇ですね?」

 同情を含んだ声だった。

 思わず笑ってしまったら傷口に響いたが。

「名は……セ……いや。ユーヤアヤベ」

「本名ですか、それ? 今妙な間がありましたけど?」

「本名だ。今のところは」

「本当に複雑な立場の人ですね。同情しますよ、わたしも」

 海賊に同情され、ちょっと笑った。




 国王陛下の喪が明けるまで後三月。

 優哉はそれまでにお妃を決めてくれとミントからせっつかれている。

 だが、今まで女っ気がなかったのに、短期間にそんな気になれるわけもなく、伴侶とするべき女性の心当たりは未だになかった。

 ケントの複雑な心境を知らされてから、優哉がふたりの時間に割り込むことはなくなった。

 元々進んで割り込んでいたわけではなく、ミリアに頼まれて押し切られたというのが、ほとんどだったので優哉が強い決心を持てば、割り込まないことは簡単だった。

 ふたりの仲の進展を気にしつつ、今日も1日が暮れていく。

 家路を辿っていると正面を歩いていた少女とぶつかった。

 とっさに腕を伸ばし助ける。

「ごめん。大丈夫?」

「大丈夫」

 見上げてきた少女がニッと笑う。

 一瞬背筋が寒くなって離れようとしたが、支えていたはずの腕を捕まれて離れられなかった。

「なに?」

「あなたが……ユーヤアヤベ?」

「そうだけど。どうしてぼくの名前を?」

「これに見覚えは?」

 少女が懐に手を入れてなにかを差し出した。

 反射的に受け取る。

「これはっ」

 血に塗れ破れてはいるが、確かに見覚えがあった。

 ジェイク殿下がいつも右手首をしていたスカーフだ。

 大量の血がついていることから、海に落ちてからこの少女の手に渡ったのだとわかる。

 思わず目を瞠ると少女が低い声で囁いた。

「その人、無事だよ」

「え?」

 無事?

 ジェイク殿下が?

 信じられなくて言葉を失っていると少女がため息をついた。

「ただね。完全に無事とも言えなくて」

「どういうことっ!? 今どこにいるんだっ!?」

 捕まれた腕を振り切れないことがもどかしい。

 少女は意外そうな顔をした。

「アンタ恨んでないの?」

「恨む?」

「だってアンタ妾の子であの人は正妻の子で跡取りだった。アンタは養子に出されてあの人が死んだからって跡継ぎにされた。普通は恨まない?」

 どこからねじ曲げられた真実だ?

 どう反応していいのかわからない。

 優哉の母は確かに正妃ではないらしいが、一応妃のひとりで第二妃と呼ばれていた人らしい。

 つまり妾の子ではなく、一応正妻の子ということになるのだ。

 国王の場合、妾の子とは妃以外の女性の産んだ子供を意味するとミントから聞いている。

 そして国王はふたりまで妃を迎えることが許されている。

 つまり厄介な法律さえなければ、優哉は正当な第二王子だったということである。

 素性を言えなかったのだろうが、それにしても上手く話をねじ曲げたものだ。
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