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第二章 崩れていく平穏

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「でも、同じ学校なら当然ユーヤが飛び級を勧められたとき、近くにはミリアもいたんだよな?
 どうしてユーヤは飛び級しなかったんだ? ユーヤがこの学園に入学してくるとき、ミリアが無理をして飛び級してきたのは何故なんだ? 答えてくれよ、ユーヤ」

 これは誤解しているんじゃ……と優哉は青くなった。

 幼なじみだということを隠しているから、ケントの目には優哉とミリアが必要以上に親しく見えているのだろう。

「ケント。なにか余計な誤解をしてるだろう?」

「余計な誤解?」

「例えばケントを騙してぼくらが付き合ってるとか、もしくは過去に付き合ったことがあるとか」

「違うのか?」

 険のある眼で訊ねられ、「違う。違う」と片手を振った。

「今まで黙っていたけど、ぼくとミリアは単なる先輩後輩って間柄じゃなく幼なじみなんだよ」

「幼なじみ?」

 キョトンとするケントに優哉は苦笑いを返す。

「それこそ初等学園に通っていた頃からの付き合いだね」

「相当古い付き合いじゃないか。普通は学年が進むほど離ればなれになっていくのに」

「うん。たまたま学歴というか。学習能力的に釣り合っていたんだよね。ミリアもぼくの傍にいたせいか勉強を頑張ってたし、ぼくも暇を見付けては勉強を教えたりしていたし」

「じゃあ入学したばかりの頃にミリアがユーヤのところに押し掛けていた理由って?」

 首を傾げるケントに優哉は頷いた。

「幼なじみとしてのぼくにミリアは凄くなついてくれていてね。当然のようにこの学園にも一緒にきたし、入学してすぐにクラスに馴染めないとかで、ぼくのところに逃げてきたんだよ」

「じゃあユーヤが飛び級を勧められたとき飛び級しなかった理由と、ミリアが飛び級してきた理由は?」

「正直なところを言えばね? ミリアの事情はよくわからない」

「幼なじみのユーヤにも?」

「幼なじみでもわからないことはあるよ。それに進学の問題だろう? ミリアが飛び級することを知ったのは入学が決まってからだし、ぼくは相談もされてないよ」

「そうなのか」

 意外そうな声を出されて、これは誤解が根深いなと優哉は苦笑する。

「ぽくが飛び級しなかった理由はね。色々あるけど1番の理由はぼく自身が気乗りしなかったことかな」

「気乗りしない? どうして? 普通飛び級を勧められたら」

「うん。普通なら皆するけど、ケントは信じないかもしれないけど、ぼくの両親って教育では厳しくてね」

「でも、前に話を聞いたら飛び級したくなければしなくていいって言ってくれたって言ってなかったか?」

「確かに進学を急いではいなかったよ。でも、レベルは最高峰を求められてた」

 それで優哉はなんでもできる秀才なのかとケントは納得した。

 優哉の成績も運動能力も、もしかしたら剣の腕前さえ、彼の絶え間ない努力の結果なのかもしれない。

「眠る時間くらいしか自由がなかった」

「ユーヤ」

「毎日毎日色んなスケジュールで勉強とか運動をさせられて、休む間もなく次から次へと覚えることを用意される。
 しかも教えられたことはすべて1番でなければならない。正直に言うとね。息が詰まりそうだった」

「両親とは仲良さそうだったから想像もしてなかった」

 その呟きに「仲は良いんだけどね」と優哉は苦い気持ちで答えた。

「小さい頃って遊びたい盛りだろう? にも関わらず勉強、勉強。そこへもってきて飛び級なんてしたら、年齢不相応な勉強に追われて、また勉強漬けにされる。そう思うと憂鬱でさ。とても飛び級する気になれなかったんだ」

 あのとき、本当は両親も飛び級すると言うんじゃないかと、冷や汗を掻いていたんじゃないだろうか。

 今になって思うことだが、両親には飛び級されると困る事情があった。

 優哉とジェイク殿下はひとつ違いの兄弟だ。

 当然だが優哉が進学を急げば、卒業とか就職の時期にズレが生じる。

 ジェイク殿下が飛び級する速度と優哉が飛び級する速度。

 これには明らかに差があった。

 12で飛び級を勧められた当時、ジェイク殿下はこの学園に飛び級で入学したばかり。

 つまりそこで優哉が飛び級して入学し、万が一ジェイク殿下を追い抜いてしまったら、進路を決めてはならない時期に進路を決めなくてはいけなくなる。

 だから、両親は飛び級したくないと言われても反対しなかったのだ。

 ジェイク殿下がある程度先に進むまで、優哉が兄の先を行くことは許されなかったということである。

 まあそのことは別に恨んでいないけれども。

 飛び級したくないと言ったのは優哉の意思なので。

「だから、ケントがなにを想像してるかは知らないけど、ぼくが飛び級しなかったのはぼくの事情でミリアは関係ないよ。
 そしてミリアが飛び級を決めた理由をぼくは知らない。ぼくらは付き合ってないし、そういう関係でもない。納得した?」

「ミリアってそんなに小さい頃から、ユーヤのことセンパイって呼んでたのか?」

「いや。あれはここに入学してからだね」

「入学してから?」

「入学した直後は驚いたよ。クラスを訪ねてきたミリアがぼくのことをユーヤセンパイなんて呼ぶんだから」

「つまり昔は違ってた?」

「今もふたりきりのときは違うよ? 人前だと恥ずかしいからセンパイって呼んでるって言ってたから」

 またまたムッとしたのか、ケントが険のある眼を向けてくる。

「ホントはなんて呼ばれてるんだ、ユーヤは?」

「自分で言うと照れるけど……お兄ちゃんだよ」

「お兄ちゃん? 兄妹でもないのに?」

 ビックリ眼を向けられて優哉は苦笑い。

「いや。出逢った頃のぼくらにとって2歳の違いって、とても大きかったってことだよ。
 小さいミリアにとって、ぼくは兄に見えたんだろうね。
 出逢ったときにお兄ちゃんって呼ばれて、それをそのまま引き摺ってる感じかな」

「つまりミリアにとってユーヤは兄って認識?」

「そうじゃないかな? ぼくにしても実の妹みたいな認識だし」

 妹みたいと言われ、ケントもすこし落ち着いたようだが、ふと首を傾げて呟いた。
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