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第八章 運命の岐路

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「言い訳はしないわ。でも、わたしはあの人が再婚したと知ったとき、わたしの居場所はもうない。帰る場所はもうないと。そう理解したの。そんなとき助けてくれたユリスが、すべて承知で求婚してくれて。わたしには拒めなかった」

「母さん」

「わたしはもうあの人に逢ってはいけないの。逢えばあの人を不幸にするだけだから」

 母の気持ちが痛いほど伝わって、ラスはさっき感情的に糾弾しかけたことを後悔した。

「父さんに逢う気はないのか、母さん?」

「逢ってなにが言えるの? あの人を裏切ってしまったわたしに」

「でも! ばあさんだって母さんの身を酷く心配してるんだ。ふたりに無事な姿だけでも、見せてやってくれないか? 頼むよ」

「ばあさん?」

「皇太后陛下マリアンヌ様のことです。殿下は特別にそう呼ぶことを許されていらっしゃいます」

「お義母様が? 変わらずにお優しくていらっしゃる。お変わりなく。それなのにわたくしは心配をかけてばかり」

 悪い嫁だと本心からそう思う。

 気持ちが過去に戻るほど、キャサリンの口調が無意識に皇太子妃だった頃のものに戻っている。

 ユリスはそんな妻を不安そうに見ていた。

「皇妃様のことを気にする気持ちも、母さんが公の立場に立てないこともわかってる。なあ。ヴァン。マリアの姐さん。なんとか母さんとふたりを引き合わせられないかな?」

「しかし殿下。キャサリン様は、その」

「わかってる! でも、冤罪なんだ! それでなんで母さんが逃げ隠れしなきゃならない?」

 それはラスが自身の境遇に納得していないことも訴えていて、誰ひとり反論できなかった。

 また皇帝がこの最愛の妃の裏切りをどう受け入れるかは謎だが、あれだけ必死に探していたのだ。

 生きていたなら逢わせて差し上げたい。

 年齢的にも長くないかもしれない皇太后様の心残りをなくすためにも、やはり逢わせて差し上げたい。

 ラスを囲んでの団欒を望むのが、どんなに難しくても、叶えたいと望むのは高望みだろうか。

 ラスの望みがどんなに無謀でも、ささやかな望みが、どうして罪に問われなくてはならない?

 皇帝の傍でずっとその苦悩を絶望を見てきたヴァンは、長い間溜め込んできた激憤が、爆発するのを止められなかった。

「殿下の仰る通りです」

「ヴァン」

 顔を明るくするラスに対照的に驚いた顔をする息子のマックスと、全く顔色を変えずどう思っているか、読み取れないマリア。

 話の中心にいるキャサリンは、驚いた顔でみんなを見ていた。

「生き別れていたご夫婦が、念願叶ってやっと逢える。失ったと思っていた一人息子の殿下を夫婦で迎える。ただそれだけの平凡な夢すら叶えられないなら、生きていることになんの意味がありますか? そこまで敵の術中に嵌らないといけないんですか?」

「ヴァン」

「父上」

 ヴァンのアツい訴えが、ラスはとても嬉しかった。

 彼の気持ちが。

「ようござんしょ。このあたしがなんとかするとしましょうかね」

「姐さん!」

 歓喜の声を上げるラスにマリアは、蕩けるように微笑う。

「ラスのワガママなんて滅多にないんだ。叶えないわけにはいかないさね」

「感謝する! マリアの姐さん! いい女だぜ!」

「これが口説き文句だと嬉しいけど、ラスの場合、天然だから手に負えないねえ」

 マリアの苦笑気味の声にラスも苦笑する。

 そこまでキャサリンの意思を無視していたマリアは、キャサリンと今の彼女の夫らしい男性を振り向いた。

「キャサリン様には一旦陛下の下へ戻って頂きます。おふたりの夫婦関係は、正式には終わっていませんから、生存していたなら皇妃様がいらしても、第一正妃は貴女様なのですから」

「でも」

 ユリスを気にして視線を投げるキャサリンにマリアは辛い現実を口にする。

「貴方は同行しないことをお勧めしますよ」

「‥‥‥」

「この方を保護されて今まで築いてきた関係もあるざんしょ。でも、ねえ。冤罪が晴れた場合、貴方が同行していると、皇妃様を誑かした慮外者扱いされかねないし、晴れなかった場合は同罪と見做され、処刑台行きですよ。どちらに転んでも死地。なら、この場から去るのが賢い生き方というものですよ」


 マリアの言っていることは一々尤もだったが、ユリスにはユリスの覚悟があった。

 どちらに転んでも死地。

 そのくらいのことなら、キャサリンがアドミラルに帰りたいと訴えたときに気付いていた。

 キャサリンは冤罪さえ晴れたら、最高の地位と最高の幸せが用意されている。

 それは難しい道ではあるが、確かにあるのだ。

 そうなる可能性が。

 しかしユリスの場合、どちらに転んでも死以外の道が用意されていないことにも、最初から気付いていた。

 しかしそれでも彼女の幸せを見届けたいと着いてきた。

 今更死ぬぞと忠告されても怯むわけがなかった。

 元より生きて帰るつもりはないのだから。

 彼女への愛に殉じる道だけは取り上げないでほしい。

 揺るぎないユリスの目にマリアとヴァンは、やるせなく目を見交わした。




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