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第八章 運命の岐路

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 ラスはマリアの部屋で寛ぎながら港を見ていたが、やがて見慣れない船が入港したことに気付いた。

 外国籍の入港は珍しくないが、それでも時折ラスですら、見たこともない船が入港することがあり、そんな時は確認に行くのがラスの習慣だった。

 マリアとヴァンが揉めているので、ラスはそっと気付かれないように廊下に出た。

 それでも廊下に出た頃にはマックスに気付かれ追い付かれたが。

「殿下。どちらへ?」

「ああ。港に見慣れない外国籍の船が入港してたから、ちょっと見学に」

「しかし万が一ドルレインの偽装船なら!」

「いや。あれはもっと遠い国から来た船だ。ドルレイン人なら普通は商船に偽装するけど、あれは普通の旅客船みたいだったし」

 行ってみたいんだよ、とラスにごねられ、マックスが答えに窮した時、父親であり上司でもあるヴァンが現れた。

「それなら我々もお供致しましょう」

「我々ってもしかしてマリアの姐さんも?」

「ラスが行くならあたしも行くさ。これでも護衛だからね」

 つまりマリアは色町での諜報活動をしている組織の長ということなのだろう。

 これは妥協するしかないかとラスは苦笑した。





 ラスが港に向かっている頃、ベアトリスは、キャサリンは下船の準備を進める傍ら、ラスの情報集めをしていた。

「ラス? そういや最近見かけねえなあ」

「ほら。もうすぐ成人だから職探しに都に行くとか言ってなかったか?」

「あ。ラスならさっき見かけたぜ? 職場仲間を色町に招待したとかで、今頃はマリアの姐さんのところしゃねえか?」

 ラスは余程目立つらしく、少し問い掛ければ、面白いくらい簡単に欲しい情報が手に入った。

 しかし問い掛けるキャサリンの顔を見て、屈強な男どもは怪訝そうな顔をした。

「失礼ですがラスのお袋さんですか?」

「どうしてそう思うの?」

「ラスは海賊に売られて色町に来たし、前に母親は海で死んだとも言ってた。ラスにそっくりな顔のあんたが、船できたから、つい」

 母親は海で死んだ。

 その後海賊に売られてここに来た。

 ああ。

 やはりあの子かもしれない!

 自分と同じ顔に加えて、そこまで境遇が似ている。

 それで別人のはずがない!

 キャサリンは高鳴る鼓動のままに、慌ててタラップを降りていく。

 丁度そこへラスが現れた。

 興味深そうに見慣れない船を見ている。

 その後に続いていたマリアが、タラップを駆け降りていく女性を見て顔色を変えた。

 髪の色は違う。

 しかしあの顔は!

「キャサリン様?」

 その一言にヴァンとマックスも、え? となる。

 ラスだけが興味深そうに異国船に近付いていた。

「珍しい造りだなあ。どこの船かは知らないけど、こんな船もあるんだな」

「おー! 久しぶりだなあ。ラスじゃねえか!」

 一度そんな声がかけられたら、後はもう揉みくちゃにされるだけだ。

 そんなラスに下船してから気付き、キャサリンは唖然とした。

 みるみる瞳に涙が溢れてくる。

 話さなくても一眼顔を見ただけで十分だった。

 あの子だ。

 探し求めていたあの子だ!

 この命より愛しい我が子!

 あんなに立派に育って。

 誰からも慕われて。

「ベアトリス?」

 今この瞬間、キャサリンはユリスのことも忘れて、キャサリンに戻り、一目散にラスへと駆け寄った。

「え? え? え?」

 突然見知らぬ女性に抱き締められて、ラスが目を白黒させている。

「この19年、どんなに貴方を探したか。生きていてくれて、ああ、神よ! 感謝致します!」

「19年俺を探した? まさか。母さん?」

 信じられないと抱きついてきた人を引き離せば、そこにはラスと同じ顔があった。

 この世にふたりといないとされていたその美貌。

 血の繋がりを疑う余地が、一体どこにあっただろうか。

 髪の色こそ白だが、そこにいるのは間違いなく、母、キャサリンだった。

 ラスが母に声をかけようとしたとき、意外な声がかけられた。

「ベアトリス。彼が間違いなくきみの子なのかい?」

「ええ。そうよ、ユリス。なんの証拠もいらないわ。私が探し続けていたのはこの子よ」

「そうか。彼が」

 ラスは色町で育った。

 自分以外のことでは男女の機微には、とても鋭い。

 ラスはこのふたりが、特別な関係にあることを悟った。

 恋人関係。

 もしくは最悪の場合、夫婦かもしれないと。

 ラスは身元が明らかになってから、父であるリカルドが、どんな気持ちで母を探しているか知っていた。

 もうダメかもしれないと絶望感を味わいながら、それでも探し続けていた。

 それなのに!

 母は他の男と結婚していた。

 父の場合とは事情が違う。

 父は皇帝であり世継ぎは必要。

 そのために強要された婚姻だった。

 義務だと押し切られたのだ。

 だが、母は。

「なんでオッサンがいるのに、その人と再婚してるんだ?」

「それは」

「オッサンが、父さんがどんな気分で母さんを探してたと思ってるんだ! 今だって父さんは母さんを探してるのに! こんなっ!」

 裏切りという言葉をラスは飲み込んだ。

 キャサリンが小さく震えていたからだ。

 確かに皇帝弑逆の大罪人に仕立て上げられ、頼る人もいない状態で助けてくれた人に親切にされたら、頼るなと望む方が酷かも知れないと気付いて。
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