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第十章 異種族間の恋愛
(2)
しおりを挟むいや。
ダメだ。
ミカエルに無理強いされていたなんて言ったら、産まれてきた子を歓迎しない可能性もある。
カイは自分が親無し子として育ったからだろうか。
望んで得た子供ではなくても、いらない子供だったと教えて育てる気はない。
産まれてくる生命は尊い。
望んでいてもいなくても。
だから、祖父に歓迎されない説明はできない。
深い深いため息をつくとガブリエルが気掛かりそうな声を投げてきた。
「なにか気掛かりなことでも?」
「どう言えば父上に子供を歓迎してもらえるかなと悩んでた」
「……あなたは望まなかった子と承知で、それを気に病んでくれるのですか?」
「望んでいなかったというのは俺の事情で、産まれてくる子には関係ない。生命は尊いよ。望んでいてもいなくても。俺の子に違いないのなら俺は子供を否定しない。大事に育てたいんだ」
「あなたも苦労されたんですね。だから、あなたが騎士王に選ばれたのかもしれない」
ガブリエルに言われてもカイは頷けなかった。
騎士王という肩書きは今のカイには重いだけだったので。
この後カイはミカエルが不在の間は、特例として神が直々にカイの護衛に当たると言われて、さすがにちょっと息を詰めた。
ミカエルが戻ってくるまで2ヶ月。
その間に覚悟を決めてほしい。
そう言い残してガブリエルは去った。
これからもミカエルの近況を伝えに来ますと一言だけ言い残して。
そんなことを言われてもカイにも答えられなかったのだが。
「2か月後には父親……恨むからな、ミカエル」
この場にはいないミカエルに対してカイは愚痴り続けた。
それくらいしか現実逃避の方法がなくて。
あれから1ヶ月が過ぎた。
カイはそろそろ感覚の麻痺も治ってきて、リハビリも兼ねてよく出歩いている。
スタインに何度も事実を打ち明けようと思った。
が、実際に顔を見るとなにも言えない。
そんな状態が続いていた。
それにそうして出歩くようになって、ルナが隠れてなにをしていたか、カイは知ることになった。
アンソニーと付き合っていたのだ。
ルナは。
毎日のようにアンソニーのところに行って彼女はなにか話している。
ふたりで散歩しているところを見たりして、カイはちょっと複雑だった。
相手がアンソニーだからというのもある。
そしてアンソニーが親しくしているのがルナだからという理由も。
カイはまだアンソニーとは和解できていない。
なのにルナは彼と打ち解けている。
彼もルナを受け入れている。
それがすこしばかり複雑なのだ。
なんとなく最近は眼がふたりを追ってしまう。
そんなカイをエリルが気がかりそうに見守っていた。
「ルナ様」
「エリル」
アンソニーと過ごしていたルナは、突然厳しい表情をしたエリルに声を掛けられて顔をあげた。
傍らのアンソニーも彼を見ている。
「すこし……宜しいですか?」
「ではまた後程。失礼致します。アンソニー殿下」
「また後で」
親しげに振る舞うふたりをエリルは複雑な顔で眺めて、ルナとふたりで人気のないところに移動すると真っ直ぐに王女を見た。
「どういうおつもりなのです?」
「どういうって?」
「ルナ様のお相手は騎士王でしょう。どうして騎士王を放って弟君と親しくしていらっしゃるのですか?」
「エリル。なにか勘違いしていない?」
「勘違い?」
「わたくしはただカイ様とアンソニー様が和解される切っ掛けになればと振る舞っているだけです。誤解されるようなことはなにも」
「本当にそれだけですか?」
瞳を覗き込まれてルナはとっさに逸らした。
最初は確かにそうだった。
ルナがアンソニーに近付いた動機は、確かにカイのためであり、それ以上でもなければ以下でもなかった。
だが、ミカエルが絡んでから塞ぎがちだったルナをアンソニーが気遣ってくれたことが原因で、今ではふたりでいることを楽しむようになっていた。
それを騎士王に対する裏切りと言われたら、ルナにも否定はできない。
ルナの夫となるべき人は騎士王。
それはルナが産まれる前から決まっていたことである。
そのことに疑問を持ったことはなかったし、ルナはいつか騎士王に嫁ぐのだとごく自然に思っていた。
なのに今はそのことを考えると気が重い。
すでに自分は蚊帳の外。
そんな気がして仕方がないから。
ルナは出遅れた。
カイに対して持つ権利を主張する機会を失った。
そう思うから。
でも、それは誓いを重んじる妖精には許される感想ではなかった。
妖精としてはルナはあくまでも騎士王に嫁がなければならないのである。
騎士王の方から断られないかぎり。
決定権は騎士王のもの。
それが妖精たちの始祖、先代の緑の妖精王が決めたことだった。
後に生まれ来る騎士王のために聖剣を鍛え、騎士王の伴侶として自らの血筋の姫を差し出す。
そう誓ったと聞いている。
(アンソニー殿下といる方が楽しいなんて、妖精族の王女としては許される感想じゃない。エリルに言ってもきっとわかってもらえないわ)
カイを奪われそうになったとき、ルナはまだ時期じゃないという理由から、なにも行動を起こせなかった。
そのせいで塞ぎがちで、でも、カイは気付いてくれなかった。
気付いてくれたのはアンソニーだけだった。
あの頃、カイは毎日ぐったりしていて他に気を回す余裕があるようには見えなかった。
その間にアンソニーはどんどんルナの心の中に入ってきた。
裏切ったと責められることは覚悟していたけれど。
「ルナ様はどんな顔であの王子と過ごされているか、本当に自覚されていらっしゃらないのですか?」
なにも答えないルナにエリルは小さくため息をつく。
「緑の妖精族の王女としての自覚がおありなら、騎士王との婚姻のお約束をなんとかしてから行動に出て頂けませんか?」
「そんな方法はないわ。カイ様が断ってこないかぎり、わたくしの方からは動けないのよ。決定権はカイ様のものだもの」
引っかけのつもりで言ってみれば、やはり返ってきたのはそんな言葉だった。
ルナはアンソニーに惹かれている。
エリルはそう確信した。
「やはりあの王子がお好きなのですね、ルナ様は」
「……あ」
青ざめて口を噤むルナにエリルは言ってみた。
「王女としての誇りを失っていないなら、本当に誓いのことだけは忘れないでください。それをなんとかしないことには、妖精王様も認めてくださいませんよ?」
「でも、誓いのことはカイ様もご存じないことなのよ? それでなんとかできるわけが」
「そうでしょうか? 騎士王の運命は歪みはじめている。だったら誓いも変わる。わたしはそう思います」
「エリル?」
「運命とは不確定なもの。だったらルナ様も気落ちされるのはまだ早い。それを忘れないでください」
「なにか知っているの?」
「いいえ? ただの妖精としての勘です。でも、外れない気がします。最近の騎士王は様子がおかしいですから」
妖精としての勘をルナが感じていないこと自体、エリルには不思議なことだった。
それだけ心がアンソニーに向いているのかもしれない。
注意深くカイを見ていたなら気付くべき予感だからだ。
カイがなにを隠しているのかはエリルも知らない。
でも、カイの隠し事がルナにも波及する。
そんな予感がするのだった。
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