騎士王〜secret prince〜

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第十章 異種族間の恋愛

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 第十章 異種族間の恋愛





 ルシフェルとカミュエルはサタンに呼び戻されて、人間としての記憶は抹消すると魔界に戻っていた。

 もちろんセラフィムによって既成事実を阻止されたサタンは不機嫌だったが。

 それでも二度と抜け駆けなどしないように念を押され、ふたりは大人しくサタンの命令に従った。

 そうしてカイの下からミカエルが去って3日後。

 ひとりの夜にカイは眠れずに天涯を眺めていた。

 ひとりで眠るようになって3日。

 本来なら安心していいはずなのに、どういうわけか落ち着かない。

 ミカエルがなにも言わずに天界に戻ったからだろうか。

 あれだけカイに執着を見せていたミカエルが、カイにもなにも告げずに戻るなんて、正直なところを言えば想像していなかった。

 そのせいかようやく訪れたひとりの時間なのにカイはイマイチ落ち着かないのだ。

「ふう。それにしても感覚の麻痺って治るのに時間がかかるんだなあ」

 ミカエルも天界に戻るなら戻るで、せめてこの症状を治してから戻ってくれればいいのに。

 そのくらいは不本意なことを強いられていたカイの権利だと思う。

「あなたが騎士王ですか?」

 突然の声に視線を投げれば、実際にひとりの女性が立っていた。

 いや。

 違うのだろうか?

 女性にも見えるが違うようにも見える。

 もしかして?

「天使?」

「はい。大天使次長ガブリエルと申します。神からの使者として騎士王をお訪ね致しました」

「神からの使者? ミカエルじゃなくて?」

 首を傾げて問いかければ大天使次長を名乗ったガブリエルはすこしだけ笑った。

 典雅な天使だなあと思う。

 ミカエルは破天荒な天使らしくない天使だが、この人はなんか生粋の天使って感じだ。

「神からそのミカエルについて近況をあなたに報告するように申し遣っておりまして」

「? ミカエルの近況報告? 俺に? なんで?」

 本当にわからないから問うたのに、ガブリエルは申し訳なさそうに頭を下げた。

「あの?」

「ミカエルのしたことを許してくださいとは言えません。どうやら天界の総意だったようですし」

「……あなたのせいじゃないから頭をあげてほしい」

 だれにも言っていないことをこの天使は知っている。

 そう思うと苦い味が口の中に広がった。

「ただミカエルはミカエルで予想もしていなかった結果になって、彼は彼なりに戸惑い苦しんでいます」

「わかっているよ。ミカエルの言動のすべてが俺のためだってことくらい。わかっていても受け入れるのが難しいことってあるけどね」

 ミカエルは確かにカイのために行動を起こした。

 ただ彼の起こしていた行動のすべてが、カイのためという動機で片付かないことは、カイもなんとなく気付いていた。

 カイのために動いたと思うには、彼が性行為に及ぶときだけ女性化したことが解せないからだ。

 カイにはあれは彼の嫌がらせに思えて仕方がない。

 女性を過剰に意識することを知っていて、わざと女性化して意地悪されていたとしか思えないのだ。

 この天使にはそれは言えないが。

「もしかしてミカエルが女性化していたことを……勘違いされていますか?」

「勘違い?」

 首を傾げればガブリエルは優しく微笑んだ。

「これはミカエルから聞いたことですが、あなたがあまりに強情に拒絶するので拗ねていたそうです」

「……なんで? そういう関係じゃないんだ。普通は拒絶するだろ?」

「ですが、そういう関係だったことも事実でしょう? 心の問題はともかくとして現実に」

 肉体関係があったことは事実だろうと指摘されて、カイは口を噤むしかなかった。

 そう言われてしまえば否定できなかったので。

「あなたがどう思っていたかは知りません。ですが天使は嘘が苦手です」

「うん?」

「すこしでも嫌っていたら、好意を寄せていないなら、いくら天使の責務と自分に言い聞かせても、そういう真似には出られなかったでしょう」

「えっと?」

 それって遠回しにミカエルが多少はカイを特別に想っていたと聞こえるのだが、まさかなあ?

「わたしは多少なりともミカエルはあなたが好きだった。そう指摘しているのですが?」

「俺のことは好きじゃないってミカエルが言ってたよ」

「それは最初のときでしょう? それから先にもミカエルは言いましたか?」

 確かに二度目から後の行為のときには言われていない。

 それどころか最初の行為の直後ですら、カイが真正面から拒絶したらミカエルに変な形で責められたこともある。

 いや。

 でも、まさか。

「特別な意味で好きなのかどうか。それはわたしも存じません。ですがミカエルがあなたを好きだということ。それは紛れもない事実です」

「なんで断言できるんだ?」

「好きでもない人の子供を産もうなんて、普通は思えませんよ?」

 絶句してしまった。

 今この天使はなんて言った?

 子供を産む?

 だれがだれの?

 二の句が継げないカイにガブリエルは一言ひとこと大事なことを告げた。

「ミカエルは今あなたの御子を身籠っています。だから、神に天界に呼び戻されたのです」

「ちょっと待って。えっと。だれがだれの子供を身籠ってるって?」

「ですからミカエルがあなたの子を。身に覚えはありますよね?」

 確かにないとは言わない。

 女性化したミカエルと何度も躯を重ねた。

 それは事実だ。

 しかしそんないきなり言われてどうやって受け入れろとっ!?

 青くなったり赤くなったりしているカイにガブリエルは気の毒そうな顔をする。

「神からのご命令で今ミカエルは天界から動けません」

「なんで?」

「あなたが悪魔王の想い人だからです」

「サタン?」

「ミカエルがあなたの子を身籠ったと知れば、そしてあなたの子を身籠っているミカエルがもし地上にいたら、サタンがなにをするかわかりません」

 サタンはそういう真似はしない気もしたが、そのサタンが悪魔王なのも事実。

 カイは楽観しすぎなのかもしれない。

「それにあなたは人間でミカエルは天使です。天使と人間では成長過程が違います。無事に子供を産みたければ、ミカエルは天界にいた方がいいのです」

 つまりミカエルと子供の安全のための対策ということだ。

 頭が痛いがどうやらミカエルがカイの子供を身籠っているのは事実らしい。

 まだ18だというのにどうやらカイは子持ちになるらしい。

 あんまり深く考えたくないが。

 そういえばミカエルが天界に戻った日。

 果物のニオイを嗅いでミカエルが顔色を変えたことがあった。

 あれってもしかして身籠っていたから?

 確か悪阻っていうって聞いたことがある。

 ニオイに敏感になって食欲が増加したら低下したり、ニオイで吐き気が起こったりする妊娠したときの症状のひとつだって。

「神はあなたとミカエルの御子を天界に連なる神子としてお認めになる意向でいらっしゃいます」

「産まれてくる子は人間なのか? それともそういうことを取り決められるってことは天使なのか?」

「普通は天使と人間が契っても、子供に受け継がれるのは両親の特徴のどちらかだけです。天使の影響が強ければ天使に人間の影響が強ければ人間に産まれます。ですがあなたとミカエルの御子は、おそらく両方の特徴を宿して産まれるだろうと神は予測されています」

 つまり半分だけ人間で後の半分は天使だということだ。

 それがカイの子供の運命。

「成長過程が違うってどういうふうに? 産まれてくる子も違うのか?」

「天使はタマゴで産まれます。天使のタマゴから孵るまでは1週間ほどしか必要としません」

「……タマゴ」

「それから成人までかかる年数は5年」

「5年で成人? 嘘だろ?」

「ですが本当です。成人してからの寿命が天使は永いのです。外見も成人したときのまま永く生きられます」

「ミカエルと俺の子もそうってこと?」

「すべて神の予測になりますが、おそらく誕生までにかかる日数は3ヶ月」

 どう受け止めろと?

 つまり3ヶ月後にはカイは父親?

 心の準備をどこでしろって?

 混乱しているカイを放ってガブリエルの説明はまだまだ続く。

「現在神の予想では1ヶ月は経っているはずなので、残っている期間は2ヶ月ということになります」

「どんどん減っていく。心の準備をする時間が……」

 真っ青になるカイにガブリエルも気の毒だったが、大事なことだったので説明を重ねていった。

「それから普通の人間なら5年ほどかかる成長期を、おそらく一瞬で越えるだろうと」

「つまり俺と対面したときには外見年齢は5歳?」

「そういうことになりますね。ミカエルも産後は大事をとらなければならないので、必然的にそういうことになります」

「それから後の成長過程は?」

「おそらく騎士王の影響を強く受けているはずなので、ミカエルの影響を受けるのはそこまでだろうと。後は人間と同じ成長のはずだと仰っていました。但し寿命は天使に連なるものでしょうが」

「つまり成人するくらいまでは普通に成長しても老化は遅い?」

「最悪の場合ですが、あなたが真実ミカエルを愛した場合、両親の影響を受けて不老不死という可能性もあるそうですよ」

 そういえばサタンが言っていた。

 生涯にたったひとりと望んだ伴侶にだけ不老不死という特質を与えられるのが悪魔王だと。

 サタンとミカエルが同格の存在なら、ミカエルにも同じことが可能?

 だから、カイが真実ミカエルを愛し、ミカエルにも愛されたら子供もその影響を受けて不老不死となる?

 こんな非常識な現実を一体どうやって受け入れろって?

 もう泣きたい。

「それからこれは神の忠告ですが、おそらくあなたは産まれてきた子供を連れて、ドラゴンを探す度に出るだろうと」

「そんな5歳にも満たない子供と旅なんてできないよ」

「普通の子供ではありませんよ? 大天使と騎士王の子です。それなりの力は得ています」

「でも」

「必然的にミカエルも同行することになるだろうと神はそう仰っていました」

 つまりカイの旅仲間にそのふたりは確定ということだ。

 神の忠告と言っているが、たぶん予言なんだろうな。

 そうなる覚悟をしておけということだ。

 ああ。

 頭が痛い。

「ミカエルは今毎日身を清めています」

「身を清める?」

「天界では身籠るということは、そんなによくあることではありません。唯一の可能性が神の神子ということになります。それで仕来たりがあって身籠った天使は毎日身を清め出産に備えるという決まりがあるのです」

「つまり天使として出産のための準備をしている……ということ?」

 問いかけにガブリエルは「はい」と頷いた。

「神は孫が産まれると大層喜んでいらっしゃいますよ?」

「孫?」

 神の孫?

 カイの子供が?

 そこまで考えて忘れていたことを思い出した。

 カイの子供ということはスタインにとっては孫ということだ。

 スタインの孫ということはカイの次にローズ帝国の帝位を継ぐのが、その子ということになる。

 伏せておくことは……できないだろう。

 子供が産まれることは明かすしかない。

 しかし困った。

 母親が大天使だなんてどう説明すれば理解してもらえる?

 下手をしたら今まで伏せていたことをすべて明らかにするしか方法はないんじゃないか?

 カイがサタンに狙われていることも、そのサタンから護るためという名目があったとはいえ、ミカエルにも無理強いされていたことも……すべて?
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