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第十一章 四精霊の愛し子
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ルノールへの旅は早急に出立しなければならない重大事だった。
だが、瀬希だってこの華南の世継ぎの皇子。
そう簡単に他国への旅なんてできるわけがない。
しかもルノールの混乱については、直接華南に関係のないことで、そのために瀬希が側室を伴って出向くなんて、どう考えても帝が許可するわけがない。
おまけに今はアレクとの賭けの真っ最中である。
それを中断してでも、ルノールに赴かなければならないのだ。
事はそれだけ急を要する。
朝斗たちの説明によれば、精霊はこの世界にはなくてはならないもの。
それが一斉に暴走してしまったら、世界そのものがどうなるかわからない。
だから、朝斗も危険を覚悟で全員で行った方がいいと言ったのだ。
普段の朝斗なら綾都が危険な目に遭う可能性が高くなるから、なにがあろうと遠ざけようとするはずだ。
それなのに連れて行くということは、それだけ危険だということ。
事態がそれだけ急を要し、世界の存亡に関わるような重大事という証拠だ。
ここ暫くの付き合いで、瀬希はそれを読み取っていた。
だから、瀬希は事実がわかった直後には、瀬希は帝に謁見を申し込み、レスターは慌てて精霊たちに頼み込み、故郷をとっていた。
「瀬希よ。それで急な要件とはなんなのだ? わたしも忙しいのだが」
「申し訳ありませんが、わたしは暫くふたりの側室と共に旅に出たいと思っています」
「旅? 何故に? そもそも第一位の側室と旅をするなど、現状でできるはずがないだろう?」
「わかっています。アレク皇子との賭けの最中だということは」
「それだけではないのだ」
「と。申されますと?」
帝は憂鬱そうな顔になり、瀬希にとっては予想内の事実を告げた。
「ダグラスのウィリアム大統領からも、あの側室を譲ってほしいと、大統領として正式に打診があった。例えアレク皇子が賭けを申し込んでいても、側室の心が動いていないなら、早急に決めるのは待ってほしいと。あの側室がほしいとふたりの高貴な男性が申し込んでいる」
「そうですか。ウィリアム大統領が動きましたか」
ため息混じりに呟く瀬希である。
帝は意外そうな顔をした。
「知っておったのか?」
「ウィリアム大統領が綾を欲しがっていたことは知っていました。いつか動くだろうとは思っていたのですが、さすがですね。迅速だ。時を無駄にしない」
「そういうことを言っている場合ではない。あの側室は一本何者なのだ? 他国の言語は操るわ、精霊が見えるわ、おまけに四大国家の内そなたを含めて三ヶ国の貴人から望まれている。どう考えても異常だ。どこにそれだけの価値がある?」
帝がそろそろ綾に対して、価値を見出し始めていることを瀬希は感じ取った。
アレクひとりなら一目惚れで納得できたのだろう。
だがらウィリアムまで欲しがるとなると、さすがに異常を感じたに違いない。
「綾が何者かは私も存じません」
「そのような言い訳が通ると思っているのか? 現状で何の価値もない只人だと言ったところで通らぬのだ。瀬希よ」
「そうではなく本当に知らないのです。父上。わたしが知っていることは僅かなことです。綾と朝斗のふたりがすべての言語を操ること。そして精霊が見えて可能なこと。朝斗の方は最上級の精霊使いであり、四精霊から加護を受けた伝説とされている存在になったこと。そのくらいです」
初めて明かされた事実に帝は絶句してしまった。
「それはまことか?」
「事実ですよ」
「しかしそれが事実なら、問題視されそうなのは兄の方だらうに。何故第一位の側室綾都なのだ?」
「そうですね。少し補足を忘れていました。兄の朝斗は四精霊から加護を受けて、ルノールでの伝説上の存在となりました。対して綾都は精霊たちに四精霊にすら、敬語を使われ忠誠を誓われる立場、精霊よりも上位にいるということです」
「どういうことなのだ、それは?」
「つまり朝斗は精霊に加護を授けられる立場にあり、綾都は逆に精霊から力を分けてほしいと、加護を望まれる立場、精霊よりも上位にいるということです」
さっき以上の強い衝撃に帝は再び絶句する。
それが本当ならアレクもウィリアムも、あの綾都という側室を欲しがるだろう。
伝説とされている精霊の加護を受けた最上級の精霊使いすら超える存在なのだから。
「そなたはそれをあのふたりから直接聞いたのだな? それもおそらくあの外食の後に」
「そうです」
「では何故アレク皇子やウィリアム大統領が、その普通の人間には見えないやり取りについて知っている?」
「これはわたしの推測ですが、こちらの情報源はおそらく宰相、大志殿。ルノール側の情報源は王弟の嫡男に当たられるロベール卿ではないかと」
「何故そう思うのだ?」
「簡単ですよ。大志殿はわたしをよく思っていない。そのわたしが迎えた側室に、そんな価値があるとわかれば、疎ましく思いなんとか華南から遠ざけようと画策するでしょう? ですがシャーナーンであれ、ダグラスであれ、問われれば打ち明けることを躊躇わないでしょう。それでわたしからあのふたりが離れるならと」
「ふう。あれのやりそうなことだとはいえ」
帝もため息の嵐だ。
帝にしてみれば、彼がどうして瀬希を嫌うのか。
それがわかるだけに扱いづらいのだが。
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