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第九章 思惑
(5)
しおりを挟む「こんなところで走ってはいけないぞ? 誰かにぶつかれば怪我をする。そもそもここは迎賓館だぞ?」
「迎賓館? そんなところまで迷い込んでたんだ?」
相手が綾都を立たせてくれる。
赤毛が目立つ男らしい顔立ちをしていて、凄く身分のある人なんだろうなとわかる。
スーツを着ているし、この髪と瞳の色。
褐色の肌。
ダグラス人だろうか?
「それで? どうして走っていたんだ? 鬼ごっこか?」
「違うよー。王都に遊びに行きたくて逃げてたんだ」
「王都に遊びに行くのに何故逃げる?」
「行けないように見張られてたから」
「成る程」
そう呟くと相手は綾都の髪を撫でてくれた。
大きな手だなあと思う。
「わたしが連れて行ってやろうか?」
「でも、迷惑かけるし」
「別にそのくらい迷惑にはならない」
「貴方、誰?」
「ウィル、という。君は?」
「綾都!」
「そうか。良い名だな。で。行くのか? 行かないのか? わたしなら城門も問題なく出られるが?」
「でもぉ。兄さんと瀬希皇子が怖い」
「少しくらい心配を掛けてもバチは当たらないぞ? 閉じ込めようとする方が悪い」
「そう、かな?」
「閉じ込められて嬉しい者はいないからな。当然だろう?」
「うんっ! じゃあ行くっ!」
綾都が同意すると彼が手を打ち鳴らした。
何処からともなくスーツ姿の集団が現れる。
「お呼びでしょうか」
「わたしたちは王都に行ってくる。そうだな。護衛を数名とあと彼を探しているらしい追手を撒け」
「承知致しました」
「車を用意してくれ。城門ではなくここの正門にな」
「畏まりました」
このやり取りを聞いて綾都は、今更のように身分の高い人なんだなと理解する。
車の準備と言った。
この世界では普通馬車と言うし、車は自動車を意味し、それに乗れるのは裕福なダグラス人だけだという。
彼は自動車に普通に乗っているのだ。
意外だった。
こちらでお目にかかれるとは思っていなかったので。
「では行こうか? いつまでに帰ってきたいとか、目安はあるのか?」
「うーんとね」
言いながら綾都は腕時計を見た。
ウィルと名乗った男性がハッと顔色を変える。
「今10時か。だったら2時間内には戻りたいかな。それ以上はさすがに兄さんも瀬希皇子も許してくれなくなりそう」
「その腕時計‥‥‥誰に貰ったのだ?」
「あ」
そうだった。
この腕時計は人前では見せては行けないと、瀬希皇子に言われていたのだ。
すっかり忘れていた。
ダラダラと冷や汗を掻くとウィルは、ふっと笑った。
「済まない。余計な詮索だったな。では行こうか?」
肩を抱いて促され、不思議な気分のまま従った。
その姿を同じ迎賓館で暮らしているカインが見ている。
「あれは」
彼はそのまま兄に伝令を出すと、慌ててふたりを追い掛けた。
「うわあ。自動車だあ。懐かしー」
「懐かしい? 乗ったことがあるのか?」
「しょっちゅうお世話になってたね。救急車には」
「きゅうきゅうしゃ?」
首を傾げる相手に綾都はなにも言わずに座席に乗り込んだ。
ウィルも乗り込むとドアが閉まり、車が静かに走り出す。
ふうんと綾都は感心する。
乗り心地もかなりいいし、別段、地球との差を感じない。
文明はもっと進んでいない印象だったけど。
「それで? どこに行きたいとか、なにをしたいとかあるのか? お望みを叶えるが?」
「望みかあ」
窓の外を見ても流れる景色は、やはり見慣れない。
宮殿も見慣れても消せない違和感があって馴染めない。
消えない違和感。
「そうだなあ。チョコレート食べたい」
甘党でしかも西洋菓子が好きだった綾都は、チョコレートが好きだった。
パフェなんて大好物だ。
体調的に食べることは禁止されていたが。
身体に悪いと言って。
しかしこの華南は、どちらかといえばアジア的な国なので、この時代にチョコレートなんてなかった。
宮殿でも一度も出ていない。
綾都は飢えていたのだ。
しかしそういうとウィルかま合図を送って、助手席に座っていた男性がなにかの箱を差し出した。
なんだろう?
と、首を傾げる。
すると受け取った彼が綾都にそれを差し出した。
「開けてみるといい」
受け取って開けてみる。
「それ」
銀紙に包まれた丸い物体。
どこから見てもチョコレートだ。
「どうしたの、これ?」
「いや。国からお土産にと持ってきたんだが、こちらでは珍しいらしく、誰も食べてくれないのでな。仕方なく置いてあった」
「食べていいの?」
「構わない。わたしには甘すぎるし」
「うわーい。頂きまーす!」
パクパクと綾都が食べているのを眺めつつ、ウィルは不思議な子だなと感じていた。
チョコレートはダグラスの特産品で、まだ輸出を始めていないので、あまり知られていない。
そのせいでこれを渡しても気味悪がられ、侍女たちにすら食べてもらえたなかったのだが、この子供はどうやらチョコレートを知っているらしい。
しかもなんの抵抗もなく食べている。
一体どこの出身なのだろう?
「うわっ。ウイスキーボンボン入ってた」
フラフラと綾都が揺れ出した。
でも、チョコレートを食べる手は止まらない。
「もしかしてお酒苦手なのか?」
「飲んだことない。でも、ボンボンなら食べる。頑張る」
「いや。そういうところで頑張らなくても」
さりげなくウイスキーボンボンだけを退けていく。
食べることに夢中になっている綾都は気付かない。
半分くらいがウイスキーボンボンなので、程なくしてチョコレートはなくなった。
「あれー? おかしいなあ。もっとあった気がするんだけど」
「いや。元からそのくらいだぞ?」
髪を撫でて誤魔化す。
半分くらい酔っていたのか、綾都はあっさり納得した。
「それでどこに行きたい?」
「うーん。広いところ?」
「広いところ? さっきまでいた宮殿より広いところはないと思うが?」
「そうじゃなくて壁のない広いところ。外に出てないから」
「成る程。そういう意味か」
運転手に指示をして後は任せた。
元よりこの国の都には詳しくはない。
自国でもそうなのだ。
他国の王都の地理に詳しいはずがない。
だが、運転手はこちらにきてから調べているので、それなりに詳しい。
ウィルにどこに行けと言われても行けるようにだ。
だから、お任せしたのである。
程なくして小高い丘の上に到着した。
車から降りれば広がっているのは一面の花畑。
綾都は眼を輝かせて駆けて行ったが、ウィルはじっと運転手を睨んだ。
「わざとじゃないだろうな?」
「なんのことですか?」
「あれは男だ」
「承知しています。ですが側室となったご身分なら、こういう場の方が喜ばれるかと。それにウィル様にとっても、この方が好都合かと思いまして」
「確かに‥‥‥あれには近づきたいとは思っていたが」
舞い込んだ好機を逃す気はない。
だが。
「気の回しすぎだ」
それだけを言ってウィルは綾都を追い掛けた。
「綾都?」
近付いて声を投げれば、綾都は大地に寝転がっている。
花々に囲まれる姿は美しい。
年齢が意識させる幼さではなく。
単純に綺麗だ。
ウィルは美女との遊びには慣れているが、その中の誰と比べても見劣りしないどころか勝っていないか?
もう一度声を投げてみる。
「綾都?」
静かに寝息が聞こえてくる。
「なんだ。酔って寝てしまったのか」
起こすのも可哀想なので隣に座る。
こんなにのんびりした時間は久しぶりだ。
「この子供が、な」
この国の異分子、宰相、大志からとルノールの異分子、王弟の息子、ロベールから大体の事情は聞き出している。
だから、どうやって近付こうか悩んでいたのだ。
シャーナーンのアレク皇子も、綾都に眼をつけて瀬希皇子に賭けを申し込んでいると聞いたし、どうにかして近付いて奪えないかと悩んでいた。
こんな形で近付けるとは思わなかったが。
花畑を見渡せばチラチラと護衛の影が見える。
ならいいかと身を投げ出した。
綾都の隣に。
彼の寝顔を眺めて、そうして眼を閉じる。
すぐに心地良い睡魔が襲ってきた。
心を落ち着ける暇もなかったはずなのに、すべての警戒と緊張を解いて。
その理由は聞こえてくる寝息にあった。
彼の傍は心地良い。
だから、瀬希皇子は彼を側室にし、アレク皇子も彼に執着するのだろうか。
そんなことを考えながら意識は闇に落ちた。
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