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第九章 思惑
(3)
しおりを挟む同じ頃、ウィリアム大統領は苦々しい顔付きでワインを飲んでいた。
持参した物だ。
ウィリアムは用心深いので、食事などもそうだが、信頼できるものしか口にしない。
だから、毒を盛られやすい飲み物などは、すべて自分で吟味し持ち込む。
さすがに食事などは出された物を食べるが、自分が食べる前に側近たちが毒味させるので、そういう意味では警戒している部類に入る。
まあ統治者の食事だ。
毒を混入される恐れがある以上、どこの国の王だって毒味はさせているんだろうが。
「あのふたりを失ったのは痛かったな。まさかあそこまでの能力者だったとは」
四精霊。
あのふたりはその全世界精霊教の最強の精霊を復活させるほどの能力者だった。
それはすでに神の領域だ。
失ったのは痛いが過去を振り返っていても意味がない。
反省や後悔を否定はしないが、それに囚われても意味がないからだ。
あの場で起きたこと、感じたこと、感じられなかったことまで含めて吟味する。
なにが重要でなにが不要か判断する。
残るのは。
「あのとき、魔方陣に入った者か。重要なのは」
自分の力では最高位の火の精霊(全世界精霊教の主神)は復活させられないと言ったルパートに対して、あの少年は彼に魔方陣に入るように言い、そうして次の瞬間には火の精霊は復活した。
「確か‥‥綾と呼ばれていた。少し探ってみるか」
こういう時華南の帝になんの力も備わっていないのが救いだ。
おそらく彼はあの場で起きたことを理解してもいないだろう。
だから、とるべき手段を間違える。
それはウィリアムにとって有り難いことだった。
但し帝以上に一筋縄ではいかないらしい世継ぎの皇子、瀬希は用心しなければならないが。
邪魔をしてくる可能性は否めない。
色々なことを考え合わせながら、ウィリアムは次の一手を模索していた。
あれから少しの時が過ぎて、アレクは少し辟易した現実と直面していた。
何故かというと綾都とふたりきりになれないのだ。
彼の傍には必ず誰かが控えている。
大抵兄の朝斗だが、彼が付き添えないように話を持っていくと、朝斗はすぐにルパートとルノエを呼ぶ。
そうしてどちらかに絶対に弟から目を離すなと命じるのだ。
ふたりにとって彼の命令は絶対らしく、こうなると綾都の傍を離れようとはしない。
どこに行くにも付いてくる。
但し朝斗もひとりにできないとわかっているのか、朝斗の側にはルパートが付き添い、綾都の傍にはルノエが付き添う。
口説かなければならない場面で異性がいるというのは、どうにも居心地が悪かった。
ルノエも大層な美少女なのだがら何故だろう?
アレクの目には男である綾都の方が綺麗に映る。
魅力的に映る。
だから、綾都に付き纏って離れないルノエに対して感じる感情は、「鬱陶しい」ただそれだけだった。
普通なら口説いて陥落させて、自分の邪魔をしないように話を運ぶところだが、鬱陶しいという感情が先に立って、つい喧嘩腰になってしまう。
ルノエも大人しい顔をして気が強いというのだろうか。
アレクに対して歯向かってくる。
こうなると仲裁に入る役割が綾都である。
その度にアレクは「どうしてこうなる?」と首を傾げていた。
綾都を口説くどころではないのだ。
期限は半月。
もう一週間が過ぎてしまった。
最近は苛立ってしまい、苛々して不機嫌になりがちなアレクだった。
「アレク皇子。最近機嫌悪いね?」
綾都に指摘され向かい合って座っていたアレクは、ハッと我に返った。
「ああ。ちょっと気掛かりなことがあって」
「気掛かりなことって?」
傍に立つルノエが邪魔だと言おうかと思ったが、言った途端優しい綾都の顔が曇りそうで言葉を置き換えた。
「わたしは自分を誤魔化しているように見えるか?」
あのとき弟たちに指摘されたことを言ってみる。
言われて綾都は曖昧な笑顔を見せた。
「そう見えるのか?」
「一人称違うでしょ? 普段は」
弟たちと同じことを指摘され絶句する。
綾都の目には素顔を出していないように見えていた?
「ぼくは誰の前でも自分を変えないけど、あなたは人を見て態度を変えてる。だって兄さんの前では俺って言ってるから」
そういえば朝斗とは喧嘩ばかりしているので、必然的に彼と話すときの一人称は「俺」だった。
綾都にはそちらが素顔に見えていた?
「でも、ぼくにはわたしっていう。だから、本心は見せていないんじゃないかなとは思ってた」
「そうではない。違うんだ。綾都」
無意識に彼の手首を握る。
ルノエは不機嫌そうだったが、まだ割って入る場面ではないて思っているのか、特に言葉を発したりしなかった。
「朝斗と話すときに俺と言っていたのは怒っていたからで、そんなとき綾都はわたしに怯えていただろう?」
「え?」
指摘すれば綾都は意外そうな顔をしていた。
自覚がなかったのだろうか?
本来温厚な性格の綾都はアレクに怯えていたということに。
「俺が朝斗と喧嘩をする度に綾都は怯えていた。だから、怯えさせたくなくて無理に温厚に振る舞おうと努力していた。それだけなんだ。別に素顔を隠していたわけじゃない」
「怯えてって。ぼく怯えてないけど?」
「どこが?」
心底呆れてそういうと綾都も本心だったのか、はっきりと言い返してきた。
「あれはどうすれば兄さんとアレク皇子が喧嘩をやめてくれるのかわからなくて困ってたんだよ。別に怯えてない」
「本当に?」
確認を取ると綾都は、しっかり頷いた。
「兄さんはぼくの前だと穏やかに振る舞ってるけど、本当の気性はとても激しいからね。とばっちりを被ることもあったし、あのくらいじゃ別に怯えないよ。アレク皇子は怖くない」
「そんな風に言われたのは初めてだ。俺は獅子皇子とまで言われていたから」
そういえば綾都が怯えるとき、大抵アレクは彼を口説いている。
彼は口説き文句を言われると途端に怯える。
あれも困っていた?
どう振る舞えばいいのかわからなくて?
そう思うと途端に怯える顔まで可愛く思えてくる。
ちょっとどきりとした。
自分の心の動きに。
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