これはきみとぼくの出逢い〜黎明へと続く夜明け前の物語〜

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第七章 化身

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「この世界では外を出歩く際に剣を装備するのは標準的なことだが?」

 ギクリと綾都が息を詰めた。

 また余計なことを言ったようだ。

 朝斗が居れば言ってはいけない話題のときは、ストップを掛けてくれるが、綾都だけだとその判断ができない。

 どうしようと青くなる。

「そもそもじだいげき、等という代物の劇は、見たことも聞いたこともない」

「えっと。そのう……」

 困っている綾都の手首を強く握ったときだった。

 硬質ななにかの感触を感じて、アレクは視線を落とした。

 綾都の手首に。

 その手首には見慣れない物がある。

 確かダグラスで似たような物を見たことがある気がするが。

「腕時計?」

「あれ? 知ってるの?」

「知ってはいるが、ここまで小型化が進んだ精巧な物は初めて見る。おまけになんの文字だ? これは?」

「……あ」

 文字盤を覗き込まれて綾都は途方に暮れる。

 綾都たちの書く文字は変換されても、どうやら元の世界で作られた腕時計は変換されないようである。

 ジロジロ見られて困る。

「この時計は今いつを指しているんだ? 読めない。この俺が。ダグラスではこんな物も作っているのか?」

「えーと。正午だね」

「これが正午?」

 マジマジとアレクが腕時計を覗き込む。

「あ。もうすぐお昼ご飯の時間だ。瀬希皇子が帰ってくる」

 あからさまに話題をそらそうとしていれ綾都に、アレクは疑わしそうな視線を向けたが、今はこれ以上の追及は諦めた。

 丁度そこで瀬希と朝斗がカインを連れて戻ってきた。

 アレクが綾都の手首を握っているのを見て、ふたりが顔色を変える。

「あ。おかえりー」

「綾から手を離せ」

 そう恫喝しながら近付いて、朝斗は腕付くでアレクの手を引き離した。

 アレクが驚愕したような目を朝斗に向ける。

 綾都の話が本当なら朝斗はまだ17のはずである。

 それが23のアレクの腕を抑え込むなんて有り得ない。

 これでもアレクは鍛えているし。

 それに掴まれた腕がミシミシ言っている。

 物凄く痛い。

 顔色は変えていないが、アレクが痛みを我慢していることがカインに伝わった。

「アレクの腕を離せ。そちらこそ無礼だろう。アレクはシャーナーンの世継ぎの皇子だぞ?」

 言われて朝斗がつまらなさそうに腕を離した。

 離されてアレクが反対の手で手首を押さえ込む。

 その様子にカインは慌て、瀬希は大体のところを悟る。

「朝斗。やりすぎだ」

 お前まで興味を煽ってどうすると言外に言われ、朝斗はフイッと顔を背ける。

 アレクは腕を庇いながら食事のため立ち上がり、シャーリーの待つ部屋へ帰ろうとして、さりげなく瀬希に声を投げた。

「華南は随分な財産家だったようですね」

「は?」

 瀬希が振り返る。

「第一位とはいえ側室にあのような腕時計を与えているとは驚きました。では失礼」

 瀬希の顔色がみるみる変わるのを確かめて、アレクは今日の収穫を感じて部屋を後にした。

「腕時計って? 綾都?」

「見せたことなかったっけ? これ、元の世界からしてきてるんだよ。学校用の腕時計」

 そう言って片腕を差し出す。

 見たこともないほど精巧で小型な腕時計に読めない文字を見て瀬希が絶句する。

「これを見られたのか? 彼に?」

「手首を掴まれてて流れで?」

 答えを聞いて瀬希は頭を抱え込んだ。

 これだけの腕時計を作る技術は、おそらくダグラスにはない。

 ふたりが元々いた世界の方が文明が進んでいることは、瀬希も薄々悟っていた。

 万が一作れたとしても、その値段は計り知れない。

 シャーナーンの皇帝でも手を出すのに躊躇うような金額だろう。

 とても弱小国家の華南に出せる金額ではない。

 それを側室に与えるなんて有り得ない。

 つまりそこになんらかの秘密があることをアレクは嗅ぎ取ったのだ。

 だから、瀬希を引っ掛けていった。

 顔に出してしまったのは失敗だった。

 あれでアレクは確信を得ただろう。

 腕時計のことを知らなかったとはいえ。

 まずいことになったと瀬希はひとり頭を抱えるのだった。





「アレク。大丈夫か? アレクがあれだけ顔に出すことは珍しいが」

 目線を歩きながらカインが心配そうに訊ねる。

 アレクは未だに手首を押さえていた。

「こんな泣き言は言いたくないんだがな。……物凄く痛かった。今も痛い」

「あの細腕でか?」

「見てみろ。色が変わってる」

 そう言って袖を捲りあげてみせた右手首には、くっきりと手形が残っている。

 しかも青斑になって。

 所々紫色だった。

「酷い。後で手当てする」

 あの朝斗という側室許せないとカインは思っていたのだが、アレクは念を押した。

「あの朝斗という側室には手を出すな」

「だが」

「仕掛ければカインが倒される可能性がある」

「まさかっ」

 カインは信じられなかったが、これはアレクの直感だ。

 あの力の恐ろしさは攻撃された者しかわからない。

「彼に武芸の心得がなくても、あの力は脅威だ。剣も簡単にへし折るかもしれない」

「それじゃ化け物じゃないか」

「彼は力を込めてはいなかった。込められていたら今頃、俺の腕は粉々だったかもな」

「確かに……自然体で掴んでいるようには見えたが、そんなまさか」

「あれも精霊使いに関わる力なのか? あのふたりは何者だ?」

 アレクが沈思黙孝に入ってしまったので、カインは同じように黙り込む。

 そんな力の持ち主を前に綾都を得ることの大変さを痛感していた。





 ダグラスの大統領ウィリアムが来訪したという報告を受けて、瀬希はため息をついていた。

 どうしてこう厄介事は増えるばかりで減らないのだろう?

 綾都と朝斗を見付けてから厄介事だらけだ。

 別にこの世界のことは、ふたりには関係ない。

 ふたりが居ても居なくても、3か国の貴人は華南をおとずれただろうし、それに瀬希が煩わされるのも同じだ。

 だが、あのふたりの存在が、それをさらに厄介にしている。

 それもま事実だった。

 ウィリアムの歓迎のため、今日はアレクは綾都に逢えない。

 綾都も忙しいからだ。

 瀬希の第一位の側室として。

 それだけが救いだった。

「なんかピリピリする」

「ピリピリ?」

 その言葉がなにを意味するのか瀬希はわからない。

 わかるのかと朝斗に視線を向けると、朝斗も珍しく怪訝そうな顔をして弟を見ている。

「朝斗も意味がわからないのか?」

「俺は別にピリピリなんてしないから。空気が不穏なのはレスター王子が来て以来ずっと」

「不穏な空気ね」

 それは確かにそうだろうなと瀬希はため息をつく。

 それとも朝斗が感じている不穏な空気とは、瀬希が感じているものとは違うのだろう。

 朝斗は最上級の精霊使いである可能性があれわけだし、感じるものが瀬希と同じとは限らないから。

「なんか違う!!」

 そう言って綾都が立ち上がった。

 そのままグラリと崩れ落ちる。

「「綾っ!?」」

 慌ててふたりが駆け寄った。

 朝斗の腕の中で綾都が眉を寄せている。

「なんか変。四精霊が騒いで……」

 そこまで言って綾都は気を失った。

 四精霊。

 綾都が無意識に言った言葉にふたりは顔を見合わせる。

「レスター王子を呼ぶか?」

「そうだな。これは彼の領分かもしれない。だが、朝斗は感じないのか?」

「精霊の姿を見てない。綾だけ感じたみたいだ」

「そうか。取り敢えず綾を寝かせておいてくれ。わたしはレスター王子にかこに来てくれるように連絡してぁく。朝斗は念のため綾についていてくれ」

「言われなくてもそうする」

 どうして一言「わかった」と言えないんだろうなと瀬希は、こっそりため息をついた。
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