星の継承者(仮)

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第十一章 封印された神話

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 第十一章 封印された神話




「和宮文書」が伝える創世記の物語は、ほとんど世間に知られていない。

 日本最古の歴史書とも言える極めて信憑性の高い書物なのだが、それを保持しているに相応しい神秘の一族、和宮一門が門外不出にしていて、だれもその存在すら知らないのだ。

 知っているのは「和宮文書」に少なからず因縁を持ち、その事実を知らしめることのできる特殊な立場にいる者と、一門の恩恵を受けてきた一部の人々だけだった。

 日本最古の歴史書である「和宮文書」は、専門家のあいだでは「神話」として受け取られがちな書物である。

 その理由は書物の中に明らかに実在するわけがないと思われている人外の存在が当然の如く登場しているからだ。

 それらの存在は主にふたつに分けられる。

「神」と呼ばれる者たちと「魔物」の定義で呼ばれる者たちだ。

 ただし「神」と呼ばれる者たちはごく少数なのに比較して、「魔物」と呼ばれる者たちは三種族いて、しかもそれぞれ一族を形成している。

 正確に知っている者は限られるが、「神」と呼ばれたのはたったふたりの「少年神」だけであり、「魔」と呼ばれる者は種族名で答えるなら、日本ならではの存在ともいえる鬼と呼ばれる一族である「鬼族」

 精神生命体であり人間とは違う世界も行き来する能力を持つ、ある意味での「神」とも呼べる一族である「幻族」

 そして残りの多種多様な魔物の総称とされていた「魔族」

 更にその一族を統べるべき、それぞれの王や将軍ともいえる魔物がいて、幻族を統べているのは最強と呼ばれた幻将、蓮。

 魔物の中でも特別で日本以外でも知られ、その強さで魔物を統率している、吸血鬼の長である魔将、紫。

 最後は魔物の中で唯一人間のように生を営み、その血と力の受け継ぎによって一族を形成している鬼族の女王、鬼女王、綾乃。

 ただし綾乃の傍には副将と呼ばれる鬼将、悠がいて通常は同じ呼び名を持つ幻将、魔将、鬼将の3人が三大将軍とされている。

 尤もその力の強さでいえば、幻将も魔将も決して鬼女王に劣るものではなかったが。

 まあこれだけ現代では現実味の薄い架空の存在が登場する書物を、正しい日本の歴史だと受け取れと言われても、学者たちには無理があるだろう。

 もし万が一彼らがこの文書に記されていることを、すべて現実だと認めれば違った意味で騒ぎになりかねない。

 光が溢れ闇の怖さを忘れた現代に、そんな化け物がいることを公にすれば、絶対に大混乱が起きて下手をしたらパニック状態になる。

 しかしそれらを裏付けるように、特殊な力を生来宿した一族として和宮一門は、太古の時代より日本の政治に関わりつづけて、歴史の裏で暗躍したのも事実。

 どんな術にも揺り返しというものがあるといいのに、和宮一門にはそれがない。

 人にはあらざる力を行使できる術者の集団。

 これを公表すれば、どうしてそういう力を得ることになったのか、その裏側で歴史になにが隠されているのか。

 歴史の闇の部分まで公表することになる。

 その結果、生じるのは先に述べた大パニック状態であり、一門の力を悪用しようとする者も現れないとも限らない。

 だから、和宮一門は歴史の表舞台から姿を消し、裏で暗躍しつづけてきたのだ。

 けれどその一門にとっても「和宮文書」の存在は極秘事項。

 何故ならそれはただ歴史にあった事実を記しているだけでなく、彼らにとって断罪を意味する「予言書」でもあったのだから。

 元々人間たちの争いや生存などに、惺夜はなんの興味もなかった。

 人々が守護神と仰ぐふたりの少年たちのひとりだが、惺夜が自分から戦に出て人間を庇うことは稀だった。

 彼の力は戦うための力。

 なにかを護るために発揮される絶大な攻撃力を秘めている。

 しかし彼がそれを発揮するのは、常にただひとりの少年のためだけだった。

 人間たちを愛し自然を愛し、そして魔物たちをも偏見の目で見ない希有な少年。

 神と呼ばれたもうひとりの少年、紫苑を護るためだけに惺夜の力は発揮されていた。

 彼が戦に出陣するときも、紫苑が危なくなったときに限られたというのだから、その徹底ぶりはすごいものがあっただろう。

 影のように常に紫苑の傍に付き従い、戦を繰り返し人間たちの被害も魔物たちの被害も、最小限に抑えようと努力する彼の傍にいて、彼がその優しさ故に窮地に立ったら、初めて惺夜が動き出す。

 人間たちの切り札は紫苑だが、その紫苑の切り札というか、彼個人の守護神は惺夜であった。

 魔物たちも人間も「紫苑」という、たったひとつのかけがえのない「宝」によって、微妙な均衡が保たれていた。

 彼がいなければ魔物たちは、人間たちとは相容れない宿命に、下手すれば大虐殺を行ったりして、自滅の道を辿ったかもしれない。

 何故なら種族が違っても、彼らの生命の糧は鬼族も幻族も魔族も、みな人間だからである。

 人間たちにしても、滅びようがどうしようが一切、関知しない惺夜しかいなかったら、間違いなく魔物に絶滅させられていただろう。

 どちらの種族も生存の鍵を握っているのは、間違いなく「紫苑」であった。

 これはまだ平穏だった頃の最後の想い出。

 紫苑と惺夜が生きていて、まだ終焉の予感もない頃、後の悲劇を決定する出来事があった。

 中心となっていたのは惺夜だが、彼の動機には紫苑が深く関わっていた。

 今は惺夜自身もはっきりとは思い出していない想い出。

 それは……とても辛い記憶であった。




 紫苑と惺夜がこちらにきて200年と半分ほど過ぎた頃。

 村長に娘が産まれ、その皇女の名付けを紫苑と惺夜が頼まれ、紫苑の要望で皇女の名は惺夜が名付けた。

 ――――蓮華、 と。

 赤ん坊が成長し、やがて少女へと変わっていく頃、紫苑や惺夜を兄とも慕っていた少女は、すこしずつ大人へと成長していた。

 変わらない紫苑や惺夜を残して、周囲の者すべてが成長し、やがて年老いていく。

 赤ん坊があどけない子供に成長し、自我が大人びていく。

 それは思いがけない事件を招いた。 

「紫苑さまはいいなあ」

 惺夜が村長に呼ばれているあいだに、息抜きとばかりに散歩していた紫苑に、そんな声がかかった。

 振り向けば幼児からすこし成長し、少女へと差し掛かっている蓮華の姿が映った。

 艶やかな黒髪も美しく、皇女らしい愛すべきワガママを見せる蓮華のことは、紫苑も気に入っていたが、いきなりの発言に困ったように小首を傾げた。

「いいってなにが?」

 問いかけると蓮華は頬をうっすらと染めた。

 おや? と思う。

 こんな蓮華の顔は初めてみる。

 照れているような、とは、こういう愛らしい表情をいうのだろうか。

「だってね、惺夜さまっていつも紫苑さまを優先するでしょ? とっても大切にしているし、紫苑さまのことをいつも気にしてるし。いいなあ。いいなあ」

 見上げながら「いいなあ」を連発され、紫苑は苦笑した。

 故郷ではごく当たり前のことだ。

 守護者が己の継承者を優先し、だれよりも大切にするのは運命的な必然であり、惺夜の場合は更に出逢った幼い頃の約束を常に意識している節がある。

 惺夜は有言実行型だから、幼い頃の口約束とはいえ、絶対に破らないと心に決めているのだろう。

 そんなことを言っても、そもそも住み世界が違い、そのため常識も違う者にわかってくれとは言えない。

 まして蓮華は子供だ。

 紫苑には慰めることしか思い浮かばなかった。

「おれと惺夜は兄弟みたいに育ったからな。惺夜にしてみれば心配で放っておけないだけじゃないか? あれは兄貴の態度だから、あんまり気にするなよ、蓮華」

「う~と。でも」

「おれのことは気にしないで、惺夜のことが気になるなら、なんとなくでも好きなんだなあって思うなら、振り向いてもらえるように自分を磨いたほうがいいんじゃないのか? 羨んでばかりいてもなにも変わらないし、できることを精一杯やらないと後で蓮華が後悔するから」

「紫苑さま」

「蓮華のことは蓮華にしかどうすることもできない。諦めることも想いを成就することも。もちろん成就しても後でダメになることはあるかもしれないけど、やれることやった後なら感じる後悔だって、ずっと軽いはずだから」

 紫苑の真摯な説得を聞いて、やがて納得したのか、蓮華は明るく笑い「うんっ」と元気に頷くと走り去っていった。

 このとき、紫苑も蓮華もやがてはすべてが壊れ、蓮華は紫苑に敵意、いや、憎悪ともいえるほどの激情を抱くようになることになろうとは、ふたりは想像もしていなかった。

 それらの引き金を引くのは惺夜。

 過去の悲劇の幕開けである事件は、まだ起きる気配もなかった。

「なんだい? なんだかすごくご機嫌に蓮華が走っていったけど」

 顔に疑問符を飛ばしながら惺夜がやってきた。

 視線だけは遠ざかる蓮華を見ている。

 惺夜は中性的すぎる自分の容姿をきらっているが、そのわりに少女と間違われそうなほど髪を長く伸ばしていた。

 理由は紫苑も知らないのだが。

「ん~? なんかいいことでもあったんじゃないのか?」

 紫苑はにこにこしながら、そんなふうにごまかした。

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