天則(リタ)の旋律

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第七章 運命の星

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「斉藤。高樹和哉。御影。席を代わってやってくれ」

「でも、先生」

 結城が静羅の事情を気にして渋っている。

 しかしなにも知らない教師には通じなかった。

「授業が始まるぞ。早くしろ」

「はい」

 教師の言葉だ。

 逆らえない。

 仕方なく結城は空いている席に移動した。

 静羅を中心にして3人分の席が空く。

 そこに転校してきた3人が腰掛けた。

 静羅の右隣に夜叉の王子、左隣に柘那。真後ろに志岐の形で。

 高樹の権力も通じない教師では和哉も打つ手がない。

 仕方がないのでラーシャの真後ろの席を確保した。

 これは見張るためである。

 その右隣は偶然東夜、東天王、迦陵の席だった。

「災難だったな、和哉」

「なんであいつが転校してくるんだ?」

「俺は知らないって」

 そんなやり取りを耳にしながら、夜叉の王子が静羅を振り向いた。

「久し振りだな」

「この狸。なにしに来た?」

「それは後で教える。おまえにも無関係じゃないからな」

「……北斗」

「ところで教科書とやらは見せてくれないのか? 俺はまだ貰っていないんだが」

「柘那と志岐は貰ってるぜ?」

 あっちを見ろと指差されて夜叉の王子は困り顔である。

「丁度品切だったんだ。3人も転校生が来ることは珍しいらしくて。俺の前で品切た」

「品切って。まあだったらこれを使えよ」

 差し出したのは入学したときから一度も使われたことのない静羅の教科書である。

 部屋に持って帰っても仕方ないので、静羅は教室の机に入れっぱなしにしていたのだ。

「いや。俺は見せてもらえれば……。なければおまえも困るだろう?」

「別に困らない。内容はすべて暗記してるからな」

「暗記……これ全部?」

 積み上げられた教科書を見て夜叉の王子が感心している。

「凄いな」

「大して凄くないって。コツさえ覚えればだれにでもできるからな」

「そうは思えないが」

 言いながら歴史の教科書を開いて「ウッ」と変な声をあげた。

「どした」

「言いたくないが全然わからない」

「おまえ……どうやってこの偏差値の高い湘南に入り込んだんだ?」

「それはまあ色々と」

 言いにくい方法だなと見当を付けて静羅は呆れ顔だ。

「そもそも文字が読めない。漢字は辛うじて読めるんだが、間に挟んであるのはなんだ?」

「平仮名が読めない? うっそだろぉ」

 素っ頓狂な声をあげそうになって静羅は慌てて声量を抑えた。

 今が授業中だと思い出して。

「ひらがな? それはなんだ?」

「真面目な顔して言わないでくれ。頭痛くなる」

「しょうがねえな」と呟いて静羅は机をくっつけた。

「静羅?」

「指されたら俺が隣で音読してやるから、その通りに読めよ。後は俺のノートを見ろ。答えは全部書いておくから。それも読めなかったら合図してくれ。読んでやるから」

「優しいんだな」

 驚いた顔の夜叉の王子に静羅が呆れて彼を見た。

「世話の焼けるおまえが悪い」

「酷い言い種だな」

 笑いながら夜叉の王子は阿修羅の王子かもしれない静羅の横顔を覗き見た。

 やはり綺麗だ。

 迦樓羅王より綺麗かもしれない。

 あの人より綺麗な人はいないと思ってきたのだが。

 そんなことを思っているとは知らない静羅は、チラリと柘那と志岐の方を見た。

 彼がこの調子では神さまらしいふたりは、更に困っているのではないかと思ったからだ。

 案の定ふたりとも冷や汗を掻いていた。

 困ったことである。

 どこかにいるであろう紫瑠も困っているのだろうか。

 そう思うとため息が止まらなかった。
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