天則(リタ)の旋律

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第六章 波紋

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「御子の封印はおそらく15年前に解けたのでしょう。そのせいで気配を感じるようになった。そう考えれば辻褄は合います」

「だが、先程そなたはヴェール越しに感じるような曖昧な気配だと」

「だから、あなたに降臨して頂きたいのですよ、竜帝陛下」

「……」

「御子の封印はおそらくまだ完全には解けていない。わたしにはそう思えるのです。あの曖昧な気配の意味は封印が完全には解けていないせいではないかと」

「なるほどな」

 難しい顔で黙り込んでしまう竜帝に代わって今度は迦樓羅王が口を開いた。

「状況は大体飲み込めてきたが、そこで何故この詐欺師に降臨せよと?」

 悩むのも忘れて呆れた目を向ける竜帝に乾闥娑王は苦笑する。

 本当にこのふたりは見ていて飽きないと。

「竜帝殿は現存する最後の肉親。阿修羅王の第二子が生まれていようといまいて1番近い血縁は間違いなく竜帝殿です。何故なら阿修羅王が封印を決意なさった段階で、第二子は生まれていない。それで計算に入れることはできませんから、御子と1番深い関わりを持てる立場にある竜帝陛下に封印解除の鍵を定めていても不思議はない。違いますか?」

「雲を掴むような話だな」

 思わず天井を仰いでしまう竜帝をふたりの部族の王が見詰めている。

「阿修羅王ほどの御方の掛けた封印をわたしに解けと? 確かに状況的に考えれば乾闥娑王の意見には賛成できる。だが、どのような封印かもわからぬわたしに果たして解けるのだろうか? そもそもどうやって御子を判別するのだ? 覚えているのは赤子の頃の姿なのに」

 だれよりも逢いたい。

 それだけを願ってきた。

 無事ならば生きているならば逢いたい。

 それは確かだ。

 だが……。

「時間は……あまり残されていませんよ、竜帝陛下」

 弾かれるように振り向いた竜帝に乾闥娑王は言いにくそうに告げた。

「天はもう復活している。どこにいるのかは知りません。ですが東天王と南天王が降臨しているのがその証拠です。半封印状態の御子が天に見付かったらどうなりますか?」

 青ざめたその顔を直視したまま、尚も告げる。

 自分でも痛々しいと感じながら。

「今の御子は孤立無援なのですよ、竜帝陛下」

「アテはあるのか、乾闥娑王? その言い方は幾らなんでも竜帝が気の毒だ。最後の肉親なのだろう? もう少し気遣って言えないものか」

 珍しく竜帝を庇う迦樓羅王にふたりとも驚いたが乾闥娑王がすぐに微笑んだ。

「アテがなければ申しませんよ。ただわたしにも御子を判別する方法はわかりません。ここは竜帝陛下ご自身を頼る他はないでしょうね」

「そんな曖昧な」

「迦樓羅王。あなたはご自分の血族を見誤りますか」

 苦笑して言われ返事に詰まった。

 確かに肉親には肉親にしかわからないものがある。

「乾闥娑王」

 穏やかな声を投げてきた友人を振り向いて乾闥娑王が小首を傾げる。

 どちらも長髪で甲乙つけがたいほどに美しい。

 これで性格がよければ、とは、ふたりが見詰め合うのを見ていた乾闥娑王の感想だった。

 どこまでも正直者である。

「そこまで御子を気遣うというのなら、そなたは……乾闥娑王は御子に真の天帝に仕えると思ってよいのだな?」

「はじめから御子以外に仕えるつもりなどありませんよ。でなければここまで危ない橋を綿って探りを入れたりは致しません」

「それもそうだ」

「それにあなたに背くつもりもありませんしね」

 付け足された揶揄ういに竜帝が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「これで御子が女性ならよかったのですが」

「乾闥娑王? いきなりなにを」

 呆れて言い返そうとする迦樓羅王を振り向いて、性格に難ありと発覚した乾闥娑王はケロリといった。

「竜帝陛下がこれほど焦がれる御方です。女性ならよかったとは思いませんか? 竜帝陛下なら天帝のご夫君として不足はありませんし」

 揶揄うようなこの言葉に迦樓羅王は絶対に竜帝は怒ると思ったのだが、振り向いた竜帝はなにやら気まずそうな顔をしていた。

「どうしたんだ、竜帝? 変な顔をしているぞ?」

「いや……わたしは一度も言わなかっただろうか?」

「は?」

 迦樓羅王だけでなく珍しく迦樓羅王も不思議そうな顔をしている。

「御子は王子ではないのだが」

 ギョッとしたふたりに本当に言っていなかったらしいと、竜帝はこめかみなど掻いている。

「では王女?」

「一般に阿修羅の御子は王子で通っているはずですが」

 悩むふたりに竜帝は益々困った顔になる。
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