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第六章 波紋
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「阿修羅族がその証たる黄金の瞳を見せるのは、力を使うときだけだと聞いているが?」
「確かに。だが、御子が生まれて初めてその瞳を開いたとき、その瞳は紛れもない黄金だった。それがなにを意味するか、迦樓羅王にもわかるはず」
それは失われた阿修羅の御子が、それほどの価値を持っている証明。
信じられない言葉に迦樓羅王の銀の瞳が揺れている。
「あのとき阿修羅王から受けた説明では、御子は生まれついての黄金の瞳を持っていたらしい。父として阿修羅王も苦笑しておられた。とんでもない御子を得たと。阿修羅族の常識さえ覆しかねないと。それだけに養育には気を使わねばならないと嬉しそうに仰っていた」
「……それはまた……」
他になにも言えず迦樓羅王は絶句してしまう。
まさか阿修羅の御子がそれほど特別だったとは思わなかったのだ。
「御子に名をつけてほしいと言われたときは、さすがのわたしも焦ったが」
思い出し笑いをする竜帝に迦樓羅王がひっくり返った声を出した。
「御子の名を名付けたのはあなたなのか、竜帝殿!!」
失礼な驚き方だと言いたげに睨んでから、竜帝は教えてやった。
自らが名付けた名を。
「御子の幼名はアーディティア」
「アーディティア……『申し子』……か。なんともまあ暗示的な」
「そう。暗示的だ。まだわからぬか、迦樓羅王?」
竜帝の言葉の意味がわからず、迦樓羅王は眉をしかめている。
その様子に竜帝は苦笑した。
どこまでも真っ直ぐな人柄だと。
「御子が生まれ落ちるとき星が流れた」
天界において星が流れるという言葉はとても重い意味を持つ。
もう何度目かわからぬ絶句をして、迦樓羅王はじっと竜帝を見ていた。
「御子の抱く宿星は天空の星。即ち天上の運命星さだめぼし」
「それは」
青ざめて目を見開く迦樓羅王に竜帝はやるせない息を吐く。
「そう。天の覇権の交代を意味する。御子は次期天帝として生まれたのだ。それが聖戦の真実の理由よ、迦樓羅王」
「……天が御子を次期天帝を殺そうとしたと?」
「天はそれほど覇権に執着していなかったはずなのだが、何故かそれが公になってから正式に阿修羅族に身柄の引き渡しを要求した。
世継ぎとして引き取るのならまだしも、天の要求は身柄の保護ではなく、暗殺を目的とするものだった。だが、誇り高い闘神の一族が自らの王を引き渡すはずがない。
ましてや最強と謳われたお父上である阿修羅王がご健在なのだ。そのような無体な要求を呑むはずもなく、結果として聖戦は起こった。
わかるか、迦樓羅王? 今更天が戻ってきたところで、天の覇権は既に交代している。今の天帝は他ならぬ阿修羅の御子。いや。阿修羅王なのだ」
「確かに御子が天空の星を得て生まれたのなら、覇権は既に交代していると見るべきだ。なにしろ天は一度崩御している。天族の王として生きているなら認められるが、今更天帝として戻ってこられても無意味。御子が今もどこかで生きているなら、天の帰還は新たな聖戦を呼ぶだろう。楽師の君が暗示していたのはそのことか」
人が悪いと迦樓羅王は苦い笑みを口許に刻む。
これだけの重要事項を伏せられて決断を望まれても答えなど渡せない。
本当に楽師の君は策略家だ。
「それで判断の材料にはなったか、迦樓羅王?」
皮肉にもならぬ穏やかな問いかけに迦樓羅王は初めて素直に苦笑してみせた。
「判断する必要もなかろうに。元々我等は阿修羅王に仕える者。その阿修羅王が天空の星を得た新たな天帝であったなら、我等が取る道はひとつ。問題は御子の生死にあるのだが」
ここまで言ったとき、竜帝は辛く目を伏せ、どこから聞いていたのやら。
乾闥娑王が割り込んだ。
「御子は生きていますよ、迦樓羅王」
「だから、なにを根拠に言えるのか教えてくれないか、乾闥娑王」
不確定な情報では動けないと迦樓羅王が訴える。
「ひとつ目の確信は御子のお父上であられる阿修羅王が、亡くなる前に新たなお妃を迎えられたこと」
この言葉には竜帝も反応を見せて、苦い顔で知己の友の落ち着いた美貌を凝視した。
「阿修羅王にはふたりお妃がいらしたのか?」
「竜帝殿が大切にされていた妹姫は、御子を産み落としてすぐに亡くなっているのですよ、迦樓羅王。その後長い間阿修羅王は次のお妃を迎えようとはなさらなかった。とても大切にされていたのですよ」
友人の言葉に竜帝はやるせなく目を伏せる。
迦樓羅王も複雑な顔で竜帝を見ていた。
「確かに。だが、御子が生まれて初めてその瞳を開いたとき、その瞳は紛れもない黄金だった。それがなにを意味するか、迦樓羅王にもわかるはず」
それは失われた阿修羅の御子が、それほどの価値を持っている証明。
信じられない言葉に迦樓羅王の銀の瞳が揺れている。
「あのとき阿修羅王から受けた説明では、御子は生まれついての黄金の瞳を持っていたらしい。父として阿修羅王も苦笑しておられた。とんでもない御子を得たと。阿修羅族の常識さえ覆しかねないと。それだけに養育には気を使わねばならないと嬉しそうに仰っていた」
「……それはまた……」
他になにも言えず迦樓羅王は絶句してしまう。
まさか阿修羅の御子がそれほど特別だったとは思わなかったのだ。
「御子に名をつけてほしいと言われたときは、さすがのわたしも焦ったが」
思い出し笑いをする竜帝に迦樓羅王がひっくり返った声を出した。
「御子の名を名付けたのはあなたなのか、竜帝殿!!」
失礼な驚き方だと言いたげに睨んでから、竜帝は教えてやった。
自らが名付けた名を。
「御子の幼名はアーディティア」
「アーディティア……『申し子』……か。なんともまあ暗示的な」
「そう。暗示的だ。まだわからぬか、迦樓羅王?」
竜帝の言葉の意味がわからず、迦樓羅王は眉をしかめている。
その様子に竜帝は苦笑した。
どこまでも真っ直ぐな人柄だと。
「御子が生まれ落ちるとき星が流れた」
天界において星が流れるという言葉はとても重い意味を持つ。
もう何度目かわからぬ絶句をして、迦樓羅王はじっと竜帝を見ていた。
「御子の抱く宿星は天空の星。即ち天上の運命星さだめぼし」
「それは」
青ざめて目を見開く迦樓羅王に竜帝はやるせない息を吐く。
「そう。天の覇権の交代を意味する。御子は次期天帝として生まれたのだ。それが聖戦の真実の理由よ、迦樓羅王」
「……天が御子を次期天帝を殺そうとしたと?」
「天はそれほど覇権に執着していなかったはずなのだが、何故かそれが公になってから正式に阿修羅族に身柄の引き渡しを要求した。
世継ぎとして引き取るのならまだしも、天の要求は身柄の保護ではなく、暗殺を目的とするものだった。だが、誇り高い闘神の一族が自らの王を引き渡すはずがない。
ましてや最強と謳われたお父上である阿修羅王がご健在なのだ。そのような無体な要求を呑むはずもなく、結果として聖戦は起こった。
わかるか、迦樓羅王? 今更天が戻ってきたところで、天の覇権は既に交代している。今の天帝は他ならぬ阿修羅の御子。いや。阿修羅王なのだ」
「確かに御子が天空の星を得て生まれたのなら、覇権は既に交代していると見るべきだ。なにしろ天は一度崩御している。天族の王として生きているなら認められるが、今更天帝として戻ってこられても無意味。御子が今もどこかで生きているなら、天の帰還は新たな聖戦を呼ぶだろう。楽師の君が暗示していたのはそのことか」
人が悪いと迦樓羅王は苦い笑みを口許に刻む。
これだけの重要事項を伏せられて決断を望まれても答えなど渡せない。
本当に楽師の君は策略家だ。
「それで判断の材料にはなったか、迦樓羅王?」
皮肉にもならぬ穏やかな問いかけに迦樓羅王は初めて素直に苦笑してみせた。
「判断する必要もなかろうに。元々我等は阿修羅王に仕える者。その阿修羅王が天空の星を得た新たな天帝であったなら、我等が取る道はひとつ。問題は御子の生死にあるのだが」
ここまで言ったとき、竜帝は辛く目を伏せ、どこから聞いていたのやら。
乾闥娑王が割り込んだ。
「御子は生きていますよ、迦樓羅王」
「だから、なにを根拠に言えるのか教えてくれないか、乾闥娑王」
不確定な情報では動けないと迦樓羅王が訴える。
「ひとつ目の確信は御子のお父上であられる阿修羅王が、亡くなる前に新たなお妃を迎えられたこと」
この言葉には竜帝も反応を見せて、苦い顔で知己の友の落ち着いた美貌を凝視した。
「阿修羅王にはふたりお妃がいらしたのか?」
「竜帝殿が大切にされていた妹姫は、御子を産み落としてすぐに亡くなっているのですよ、迦樓羅王。その後長い間阿修羅王は次のお妃を迎えようとはなさらなかった。とても大切にされていたのですよ」
友人の言葉に竜帝はやるせなく目を伏せる。
迦樓羅王も複雑な顔で竜帝を見ていた。
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