天則(リタ)の旋律

文字の大きさ
上 下
64 / 78
第六章 波紋

(4)

しおりを挟む
「阿修羅族がその証たる黄金の瞳を見せるのは、力を使うときだけだと聞いているが?」

「確かに。だが、御子が生まれて初めてその瞳を開いたとき、その瞳は紛れもない黄金だった。それがなにを意味するか、迦樓羅王にもわかるはず」

 それは失われた阿修羅の御子が、それほどの価値を持っている証明。

 信じられない言葉に迦樓羅王の銀の瞳が揺れている。

「あのとき阿修羅王から受けた説明では、御子は生まれついての黄金の瞳を持っていたらしい。父として阿修羅王も苦笑しておられた。とんでもない御子を得たと。阿修羅族の常識さえ覆しかねないと。それだけに養育には気を使わねばならないと嬉しそうに仰っていた」

「……それはまた……」

 他になにも言えず迦樓羅王は絶句してしまう。

 まさか阿修羅の御子がそれほど特別だったとは思わなかったのだ。

「御子に名をつけてほしいと言われたときは、さすがのわたしも焦ったが」

 思い出し笑いをする竜帝に迦樓羅王がひっくり返った声を出した。

「御子の名を名付けたのはあなたなのか、竜帝殿!!」

 失礼な驚き方だと言いたげに睨んでから、竜帝は教えてやった。

 自らが名付けた名を。

「御子の幼名はアーディティア」

「アーディティア……『申し子』……か。なんともまあ暗示的な」

「そう。暗示的だ。まだわからぬか、迦樓羅王?」

 竜帝の言葉の意味がわからず、迦樓羅王は眉をしかめている。

 その様子に竜帝は苦笑した。

 どこまでも真っ直ぐな人柄だと。

「御子が生まれ落ちるとき星が流れた」

 天界において星が流れるという言葉はとても重い意味を持つ。

 もう何度目かわからぬ絶句をして、迦樓羅王はじっと竜帝を見ていた。

「御子の抱く宿星は天空の星。即ち天上の運命星さだめぼし」

「それは」

 青ざめて目を見開く迦樓羅王に竜帝はやるせない息を吐く。

「そう。天の覇権の交代を意味する。御子は次期天帝として生まれたのだ。それが聖戦の真実の理由よ、迦樓羅王」

「……天が御子を次期天帝を殺そうとしたと?」

「天はそれほど覇権に執着していなかったはずなのだが、何故かそれが公になってから正式に阿修羅族に身柄の引き渡しを要求した。
 世継ぎとして引き取るのならまだしも、天の要求は身柄の保護ではなく、暗殺を目的とするものだった。だが、誇り高い闘神の一族が自らの王を引き渡すはずがない。
 ましてや最強と謳われたお父上である阿修羅王がご健在なのだ。そのような無体な要求を呑むはずもなく、結果として聖戦は起こった。
 わかるか、迦樓羅王? 今更天が戻ってきたところで、天の覇権は既に交代している。今の天帝は他ならぬ阿修羅の御子。いや。阿修羅王なのだ」

「確かに御子が天空の星を得て生まれたのなら、覇権は既に交代していると見るべきだ。なにしろ天は一度崩御している。天族の王として生きているなら認められるが、今更天帝として戻ってこられても無意味。御子が今もどこかで生きているなら、天の帰還は新たな聖戦を呼ぶだろう。楽師の君が暗示していたのはそのことか」

 人が悪いと迦樓羅王は苦い笑みを口許に刻む。

 これだけの重要事項を伏せられて決断を望まれても答えなど渡せない。

 本当に楽師の君は策略家だ。

「それで判断の材料にはなったか、迦樓羅王?」

 皮肉にもならぬ穏やかな問いかけに迦樓羅王は初めて素直に苦笑してみせた。

「判断する必要もなかろうに。元々我等は阿修羅王に仕える者。その阿修羅王が天空の星を得た新たな天帝であったなら、我等が取る道はひとつ。問題は御子の生死にあるのだが」

 ここまで言ったとき、竜帝は辛く目を伏せ、どこから聞いていたのやら。

 乾闥娑王が割り込んだ。

「御子は生きていますよ、迦樓羅王」

「だから、なにを根拠に言えるのか教えてくれないか、乾闥娑王」

 不確定な情報では動けないと迦樓羅王が訴える。

「ひとつ目の確信は御子のお父上であられる阿修羅王が、亡くなる前に新たなお妃を迎えられたこと」

 この言葉には竜帝も反応を見せて、苦い顔で知己の友の落ち着いた美貌を凝視した。

「阿修羅王にはふたりお妃がいらしたのか?」

「竜帝殿が大切にされていた妹姫は、御子を産み落としてすぐに亡くなっているのですよ、迦樓羅王。その後長い間阿修羅王は次のお妃を迎えようとはなさらなかった。とても大切にされていたのですよ」

 友人の言葉に竜帝はやるせなく目を伏せる。

 迦樓羅王も複雑な顔で竜帝を見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

室長サマの憂鬱なる日常と怠惰な日々

BL
SECRET OF THE WORLD シリーズ《僕の名前はクリフェイド・シュバルク。僕は今、憂鬱すぎて溜め息ついている。なぜ、こうなったのか…。 ※シリーズごとに章で分けています。 ※タイトル変えました。 トラブル体質の主人公が巻き込み巻き込まれ…の問題ばかりを起こし、周囲を振り回す物語です。シリアスとコメディと半々くらいです。 ファンタジー含みます。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...