63 / 78
第六章 波紋
(3)
しおりを挟む
「あなたはどうしますか?」
柔らかい声を傍らの楽師の君から投げられて、迦樓羅王は顔をしかめ、答えずに踵を返した。
最後に残された乾闥娑王は可笑しそうに笑う。
琴を奏でながら動き出す運命の流れを紡ぎ出す。
稀有なその調べの中に。
「宿命の星を背負う天空をその身に抱く運命の子。赤い流星は出逢う。そして流れを変える変事が起きる。既に予兆は見えているのだから」
呟きながら想いを馳せる。
この天の行く末に。
その鍵を握る美しく気高い闘神の王を継ぐ者に。
「竜帝っ。少し待たれよっ!!」
若々しく快活な声は若き王、迦樓羅王のものである。
別にどこへという宛のある行動ではなかったが、早足に回廊を移動していた竜帝は、呼び声にふと背後を振り向いた。
いつもなら立てない靴音を立てながら、勢いよく近付いてくるその様子につい苦笑が浮かぶ。
「確か竜帝殿は阿修羅の御子の伯父上であられたな」
不躾とも言える問いである。
今では禁句となったその言葉を微塵の迷いもなく口に出す様子は、いっそ小気味がいい。
影でこそこそ言われるよりも余程。
頷くこともせずにじっと見返していると、迦樓羅王はイライラと髪を掻き乱しながら問うた。
「率直に問う。阿修羅の御子とはどのような御方だ?」
「迦樓羅王?」
「楽師の君の言い分はわかる。それが現実となったとき、王としての身の振り方を決めなくてはならぬことも、だが、わたしには判断を下すべき基準がない。なにしろわたしは阿修羅王どころか阿修羅族すら知らぬ身。それで判断を下すのは早計。個人的に知りたい。次期阿修羅王を名乗るはずだった御子のことを」
その言い分は筋が通っていた。
確かに竜帝は阿修羅の御子と数度とはいえ、対面した経験を持っている。
だが、なにしろ神族のこと。
知っているのは赤子の頃の御子で、それを判断の基準にするのもどうかと思えた。
勿論赤子とはいえ阿修羅の御子である。
どれほどの期待を寄せていたか、それを思い返せば王としての資質など考えるまでもなく見抜ける。
伯父の贔屓目ではなく。
阿修羅の名を継ぐということは身内の感傷を許さない。
「阿修羅王がどのようなお人柄だったか、迦樓羅王はそのことをご存じか?」
「無論。今ではほとんど禁句となっているとはいえ、彼の君は憧れの君だ。どれほどの伝承で伝え聞いたか、今ではわからぬほどそのお人柄、容姿など様々な噂を聞いた。
天界一と言わしめた楽師の君をも凌ぐその美貌と闘神の王として相応しき力量を持つ類稀な方だったとか。本当にもう少し早く生まれたかったものだ。一目でもいい。阿修羅王に御目にかかりたかった」
感情を隠すことをしない迦樓羅王は、憤りや怒りをぶつけてくるときも、真っ直ぐにぶつかってくるが、それはこういうときも変わらないようだった。
憧れをその瞳に浮かべる迦樓羅王に竜帝はやりきれない笑みを浮かべる。
遠い昔に想いを馳せて。
「阿修羅王は歴代の王の中でも最も優れた王だった。すべての面において歴代の阿修羅王を凌ぐ御方だった」
「……本当に残念だ。何故それほどの御方を失わねばならぬのか……」
俯いて唇を噛む迦樓羅王に竜帝も同意のため息をつく。
「だが、わたしは初めて御子と対面したとき、この御子ならば必ずお父上を凌ぐ阿修羅王になられるだろうと確信した」
聞いたこともないほど優しい声だった。
驚いて顔を上げた迦樓羅王は、そこに見たこともないような、意外な竜帝の優しい笑顔を見て絶句した。
「言っておくが身内の贔屓目などではないぞ? 阿修羅の名を継ぐということは、そういった甘い感傷を許さない。これは竜帝としてのわたしの予感。わたしの感覚による確信。御子があのまま阿修羅王を名乗っていたら、今頃天界は元の穏やかで幸せな時代を取り戻していただろう」
もう御子の生命を狙う帝釈天はいないのだからと、竜帝の言葉の影に隠されていた。
聖戦の火種の意味を知らぬ迦樓羅王には伝わらなかったが。
「御子は……どのような御方だった?」
「闇よりも深い黒い髪。そしてただ一度見たその瞳の色は黄金」
小首を傾げて迦樓羅王は問う。
ただひとり御子の外見を知る竜帝に。
柔らかい声を傍らの楽師の君から投げられて、迦樓羅王は顔をしかめ、答えずに踵を返した。
最後に残された乾闥娑王は可笑しそうに笑う。
琴を奏でながら動き出す運命の流れを紡ぎ出す。
稀有なその調べの中に。
「宿命の星を背負う天空をその身に抱く運命の子。赤い流星は出逢う。そして流れを変える変事が起きる。既に予兆は見えているのだから」
呟きながら想いを馳せる。
この天の行く末に。
その鍵を握る美しく気高い闘神の王を継ぐ者に。
「竜帝っ。少し待たれよっ!!」
若々しく快活な声は若き王、迦樓羅王のものである。
別にどこへという宛のある行動ではなかったが、早足に回廊を移動していた竜帝は、呼び声にふと背後を振り向いた。
いつもなら立てない靴音を立てながら、勢いよく近付いてくるその様子につい苦笑が浮かぶ。
「確か竜帝殿は阿修羅の御子の伯父上であられたな」
不躾とも言える問いである。
今では禁句となったその言葉を微塵の迷いもなく口に出す様子は、いっそ小気味がいい。
影でこそこそ言われるよりも余程。
頷くこともせずにじっと見返していると、迦樓羅王はイライラと髪を掻き乱しながら問うた。
「率直に問う。阿修羅の御子とはどのような御方だ?」
「迦樓羅王?」
「楽師の君の言い分はわかる。それが現実となったとき、王としての身の振り方を決めなくてはならぬことも、だが、わたしには判断を下すべき基準がない。なにしろわたしは阿修羅王どころか阿修羅族すら知らぬ身。それで判断を下すのは早計。個人的に知りたい。次期阿修羅王を名乗るはずだった御子のことを」
その言い分は筋が通っていた。
確かに竜帝は阿修羅の御子と数度とはいえ、対面した経験を持っている。
だが、なにしろ神族のこと。
知っているのは赤子の頃の御子で、それを判断の基準にするのもどうかと思えた。
勿論赤子とはいえ阿修羅の御子である。
どれほどの期待を寄せていたか、それを思い返せば王としての資質など考えるまでもなく見抜ける。
伯父の贔屓目ではなく。
阿修羅の名を継ぐということは身内の感傷を許さない。
「阿修羅王がどのようなお人柄だったか、迦樓羅王はそのことをご存じか?」
「無論。今ではほとんど禁句となっているとはいえ、彼の君は憧れの君だ。どれほどの伝承で伝え聞いたか、今ではわからぬほどそのお人柄、容姿など様々な噂を聞いた。
天界一と言わしめた楽師の君をも凌ぐその美貌と闘神の王として相応しき力量を持つ類稀な方だったとか。本当にもう少し早く生まれたかったものだ。一目でもいい。阿修羅王に御目にかかりたかった」
感情を隠すことをしない迦樓羅王は、憤りや怒りをぶつけてくるときも、真っ直ぐにぶつかってくるが、それはこういうときも変わらないようだった。
憧れをその瞳に浮かべる迦樓羅王に竜帝はやりきれない笑みを浮かべる。
遠い昔に想いを馳せて。
「阿修羅王は歴代の王の中でも最も優れた王だった。すべての面において歴代の阿修羅王を凌ぐ御方だった」
「……本当に残念だ。何故それほどの御方を失わねばならぬのか……」
俯いて唇を噛む迦樓羅王に竜帝も同意のため息をつく。
「だが、わたしは初めて御子と対面したとき、この御子ならば必ずお父上を凌ぐ阿修羅王になられるだろうと確信した」
聞いたこともないほど優しい声だった。
驚いて顔を上げた迦樓羅王は、そこに見たこともないような、意外な竜帝の優しい笑顔を見て絶句した。
「言っておくが身内の贔屓目などではないぞ? 阿修羅の名を継ぐということは、そういった甘い感傷を許さない。これは竜帝としてのわたしの予感。わたしの感覚による確信。御子があのまま阿修羅王を名乗っていたら、今頃天界は元の穏やかで幸せな時代を取り戻していただろう」
もう御子の生命を狙う帝釈天はいないのだからと、竜帝の言葉の影に隠されていた。
聖戦の火種の意味を知らぬ迦樓羅王には伝わらなかったが。
「御子は……どのような御方だった?」
「闇よりも深い黒い髪。そしてただ一度見たその瞳の色は黄金」
小首を傾げて迦樓羅王は問う。
ただひとり御子の外見を知る竜帝に。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
室長サマの憂鬱なる日常と怠惰な日々
慎
BL
SECRET OF THE WORLD シリーズ《僕の名前はクリフェイド・シュバルク。僕は今、憂鬱すぎて溜め息ついている。なぜ、こうなったのか…。
※シリーズごとに章で分けています。
※タイトル変えました。
トラブル体質の主人公が巻き込み巻き込まれ…の問題ばかりを起こし、周囲を振り回す物語です。シリアスとコメディと半々くらいです。
ファンタジー含みます。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる