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第六章 波紋
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「本当にそうでしょうか?」
「……なっ」
呆気に取られて迦樓羅王が見返す視線の先で、乾闥娑王は意味ありげな微笑を浮かべている。
あるかなしかの。
眉を潜めた竜帝が乾闥娑王にその真意を問いかける。
内心の訝しさを隠すこともできずに。
「なにを言っているのだ、乾闥娑王?」
「御子の御遺体はまだ発見されておりません。亡くなったと判断されるのは早計でしょう」
「何時のことだと思ってるんだ、乾闥娑王」
呆れた口調の迦樓羅王。
乾闥娑王は小さく微笑んで近くに見える空を振り仰ぐ。
窓から見える空はあまりにも近い。
それでいて手に触れることもできない孤高の空。
まるで阿修羅の御子のようである。
「御子は亡くなっていないでしょう。わたしはそう信じます」
「「……」」
彼のこの発言には二の句が継げず、珍しく竜帝と迦樓羅王はお互いに顔を見合わせた。
「御子が本当に亡くなったのなら、阿修羅族の動向が納得できません。わたしは始めから信じていなかったのです。御子の崩御も阿修羅族の滅亡も」
きっぱりと小気味いいくらいに乾闥娑王が微塵の迷いもなく告げる。
迦樓羅王は何度か息を呑み込んで、穏やかに問題発言をする乾闥娑王に問いかけた。
「どう納得できないと? わたしは阿修羅族を知らない。指摘されてもとても信じることなど」
「では、迦樓羅王。あなたに問い返しますが、一族の滅亡をかけた戦いの後、もしも王であるあなたが、いえ、王になる前のあなたでも、一族を背負うべき者が崩御した後、一族はどうするとお思いになりますか? 全く騒ぐことなく遺体すら残さず、いきなり滅亡するでしょうか? あなたが亡くなった後になんの問題も起こさず速やかに」
いきなり深い問いをされ、迦樓羅王は答えられずに唇を噛む。
それは阿修羅族が行方を消したときの情景だった。
阿修羅族は王子の行方不明が発覚するといきなり姿を消していた。
跡形もなく。
まるで王子の後を追ったような印象を受けたと迦樓羅王は習ったが、それは同じ一族の王として考えるなら不自然な成り行きでもあった。
その場合は一族すべての亡骸が発見されなければおかしい。
王の後を追ったのなら一族はみなが自決しているはずである。
遺体を始末するなど不可能に近い。
つまり不自然なのだ。
乾闥娑王が指摘する通り。
「あなたも阿修羅族ほどではなくとも、闘いを生業とする一族の王。おわかりになるでしょう? あまりにも不自然です。あれは御子の後を追ったと考えるよりも、御子が行方を消した以上、一族を存続させるために敢えて消息を絶ったと考えるべきです。
もしもそうなら一族は御子の生存を隠している、或いはその証を掴んでいることになる。御子が生存しているなら、天の復活はこの天界を揺るがすでしょう。
もしも天の復活と同時に御子もこの天界に戻られたなら、一体どうなるでしょうね。かつて天を二分したおふたりが、御子が成人することで父上の後を継がれ、闘神の帝王となられた後で相見えたとしたら」
薄く微笑んで告げた言葉には明確なものが込められていた。
迦樓羅王は二の句が継げず、意外な乾闥娑王の一面に息を殺して見上げている。
乾闥娑王の言葉には闘神の帝王と呼ばれる、最強の阿修羅王となるべくして生まれた御子が、父の仇を許すわけがないと、そんな含みがあった。
そして帝釈天もまた天の覇権を争って、聖戦を仕掛けた頃のように阿修羅の御子を見逃すことはないだろうと。
物騒な指摘を薄く微笑んで告げる乾闥娑王に迦樓羅王もかなり本気で驚いていた。
(どうもこの美しくなよやかに見える楽師の君をわたしは誤解していたらしい。大した豪傑だ)
ほとんど感心したように迦樓羅王は美しき楽師の君を眺めている。
「もしもそうなら」
不意に思い詰めた風情で話し出した竜帝にふたりは視線を注いだ。
そこに見出だしたいつになく真摯な眼差しの竜帝に迦樓羅王は息を呑む。
ふたりが見守る前で竜帝はどこか淡々と言を継いだ。
「わたしは今度こそ」
続くはずの言葉は竜帝の唇から零れ落ちることはなかった。
だが、ふたりともその先に続く言葉を知っている。
竜帝の決意がその瞳を覗き込むだけで理解できるからだ。
そのまま無言で踵を返した竜帝に見送った乾闥娑王が苦笑した。
「全く。ここまで言わなければ素直に言えないのですから厄介な方ですね、あの人は」
振り向いた視線の先に可笑しそうに笑う楽師の君の銀の瞳がある。
掴みどころのない青年である。
思わず眉をしかめた迦樓羅王は嘆息を漏らした。
「……なっ」
呆気に取られて迦樓羅王が見返す視線の先で、乾闥娑王は意味ありげな微笑を浮かべている。
あるかなしかの。
眉を潜めた竜帝が乾闥娑王にその真意を問いかける。
内心の訝しさを隠すこともできずに。
「なにを言っているのだ、乾闥娑王?」
「御子の御遺体はまだ発見されておりません。亡くなったと判断されるのは早計でしょう」
「何時のことだと思ってるんだ、乾闥娑王」
呆れた口調の迦樓羅王。
乾闥娑王は小さく微笑んで近くに見える空を振り仰ぐ。
窓から見える空はあまりにも近い。
それでいて手に触れることもできない孤高の空。
まるで阿修羅の御子のようである。
「御子は亡くなっていないでしょう。わたしはそう信じます」
「「……」」
彼のこの発言には二の句が継げず、珍しく竜帝と迦樓羅王はお互いに顔を見合わせた。
「御子が本当に亡くなったのなら、阿修羅族の動向が納得できません。わたしは始めから信じていなかったのです。御子の崩御も阿修羅族の滅亡も」
きっぱりと小気味いいくらいに乾闥娑王が微塵の迷いもなく告げる。
迦樓羅王は何度か息を呑み込んで、穏やかに問題発言をする乾闥娑王に問いかけた。
「どう納得できないと? わたしは阿修羅族を知らない。指摘されてもとても信じることなど」
「では、迦樓羅王。あなたに問い返しますが、一族の滅亡をかけた戦いの後、もしも王であるあなたが、いえ、王になる前のあなたでも、一族を背負うべき者が崩御した後、一族はどうするとお思いになりますか? 全く騒ぐことなく遺体すら残さず、いきなり滅亡するでしょうか? あなたが亡くなった後になんの問題も起こさず速やかに」
いきなり深い問いをされ、迦樓羅王は答えられずに唇を噛む。
それは阿修羅族が行方を消したときの情景だった。
阿修羅族は王子の行方不明が発覚するといきなり姿を消していた。
跡形もなく。
まるで王子の後を追ったような印象を受けたと迦樓羅王は習ったが、それは同じ一族の王として考えるなら不自然な成り行きでもあった。
その場合は一族すべての亡骸が発見されなければおかしい。
王の後を追ったのなら一族はみなが自決しているはずである。
遺体を始末するなど不可能に近い。
つまり不自然なのだ。
乾闥娑王が指摘する通り。
「あなたも阿修羅族ほどではなくとも、闘いを生業とする一族の王。おわかりになるでしょう? あまりにも不自然です。あれは御子の後を追ったと考えるよりも、御子が行方を消した以上、一族を存続させるために敢えて消息を絶ったと考えるべきです。
もしもそうなら一族は御子の生存を隠している、或いはその証を掴んでいることになる。御子が生存しているなら、天の復活はこの天界を揺るがすでしょう。
もしも天の復活と同時に御子もこの天界に戻られたなら、一体どうなるでしょうね。かつて天を二分したおふたりが、御子が成人することで父上の後を継がれ、闘神の帝王となられた後で相見えたとしたら」
薄く微笑んで告げた言葉には明確なものが込められていた。
迦樓羅王は二の句が継げず、意外な乾闥娑王の一面に息を殺して見上げている。
乾闥娑王の言葉には闘神の帝王と呼ばれる、最強の阿修羅王となるべくして生まれた御子が、父の仇を許すわけがないと、そんな含みがあった。
そして帝釈天もまた天の覇権を争って、聖戦を仕掛けた頃のように阿修羅の御子を見逃すことはないだろうと。
物騒な指摘を薄く微笑んで告げる乾闥娑王に迦樓羅王もかなり本気で驚いていた。
(どうもこの美しくなよやかに見える楽師の君をわたしは誤解していたらしい。大した豪傑だ)
ほとんど感心したように迦樓羅王は美しき楽師の君を眺めている。
「もしもそうなら」
不意に思い詰めた風情で話し出した竜帝にふたりは視線を注いだ。
そこに見出だしたいつになく真摯な眼差しの竜帝に迦樓羅王は息を呑む。
ふたりが見守る前で竜帝はどこか淡々と言を継いだ。
「わたしは今度こそ」
続くはずの言葉は竜帝の唇から零れ落ちることはなかった。
だが、ふたりともその先に続く言葉を知っている。
竜帝の決意がその瞳を覗き込むだけで理解できるからだ。
そのまま無言で踵を返した竜帝に見送った乾闥娑王が苦笑した。
「全く。ここまで言わなければ素直に言えないのですから厄介な方ですね、あの人は」
振り向いた視線の先に可笑しそうに笑う楽師の君の銀の瞳がある。
掴みどころのない青年である。
思わず眉をしかめた迦樓羅王は嘆息を漏らした。
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