62 / 81
第六章 波紋
(2)
しおりを挟む
「本当にそうでしょうか?」
「……なっ」
呆気に取られて迦樓羅王が見返す視線の先で、乾闥娑王は意味ありげな微笑を浮かべている。
あるかなしかの。
眉を潜めた竜帝が乾闥娑王にその真意を問いかける。
内心の訝しさを隠すこともできずに。
「なにを言っているのだ、乾闥娑王?」
「御子の御遺体はまだ発見されておりません。亡くなったと判断されるのは早計でしょう」
「何時のことだと思ってるんだ、乾闥娑王」
呆れた口調の迦樓羅王。
乾闥娑王は小さく微笑んで近くに見える空を振り仰ぐ。
窓から見える空はあまりにも近い。
それでいて手に触れることもできない孤高の空。
まるで阿修羅の御子のようである。
「御子は亡くなっていないでしょう。わたしはそう信じます」
「「……」」
彼のこの発言には二の句が継げず、珍しく竜帝と迦樓羅王はお互いに顔を見合わせた。
「御子が本当に亡くなったのなら、阿修羅族の動向が納得できません。わたしは始めから信じていなかったのです。御子の崩御も阿修羅族の滅亡も」
きっぱりと小気味いいくらいに乾闥娑王が微塵の迷いもなく告げる。
迦樓羅王は何度か息を呑み込んで、穏やかに問題発言をする乾闥娑王に問いかけた。
「どう納得できないと? わたしは阿修羅族を知らない。指摘されてもとても信じることなど」
「では、迦樓羅王。あなたに問い返しますが、一族の滅亡をかけた戦いの後、もしも王であるあなたが、いえ、王になる前のあなたでも、一族を背負うべき者が崩御した後、一族はどうするとお思いになりますか? 全く騒ぐことなく遺体すら残さず、いきなり滅亡するでしょうか? あなたが亡くなった後になんの問題も起こさず速やかに」
いきなり深い問いをされ、迦樓羅王は答えられずに唇を噛む。
それは阿修羅族が行方を消したときの情景だった。
阿修羅族は王子の行方不明が発覚するといきなり姿を消していた。
跡形もなく。
まるで王子の後を追ったような印象を受けたと迦樓羅王は習ったが、それは同じ一族の王として考えるなら不自然な成り行きでもあった。
その場合は一族すべての亡骸が発見されなければおかしい。
王の後を追ったのなら一族はみなが自決しているはずである。
遺体を始末するなど不可能に近い。
つまり不自然なのだ。
乾闥娑王が指摘する通り。
「あなたも阿修羅族ほどではなくとも、闘いを生業とする一族の王。おわかりになるでしょう? あまりにも不自然です。あれは御子の後を追ったと考えるよりも、御子が行方を消した以上、一族を存続させるために敢えて消息を絶ったと考えるべきです。
もしもそうなら一族は御子の生存を隠している、或いはその証を掴んでいることになる。御子が生存しているなら、天の復活はこの天界を揺るがすでしょう。
もしも天の復活と同時に御子もこの天界に戻られたなら、一体どうなるでしょうね。かつて天を二分したおふたりが、御子が成人することで父上の後を継がれ、闘神の帝王となられた後で相見えたとしたら」
薄く微笑んで告げた言葉には明確なものが込められていた。
迦樓羅王は二の句が継げず、意外な乾闥娑王の一面に息を殺して見上げている。
乾闥娑王の言葉には闘神の帝王と呼ばれる、最強の阿修羅王となるべくして生まれた御子が、父の仇を許すわけがないと、そんな含みがあった。
そして帝釈天もまた天の覇権を争って、聖戦を仕掛けた頃のように阿修羅の御子を見逃すことはないだろうと。
物騒な指摘を薄く微笑んで告げる乾闥娑王に迦樓羅王もかなり本気で驚いていた。
(どうもこの美しくなよやかに見える楽師の君をわたしは誤解していたらしい。大した豪傑だ)
ほとんど感心したように迦樓羅王は美しき楽師の君を眺めている。
「もしもそうなら」
不意に思い詰めた風情で話し出した竜帝にふたりは視線を注いだ。
そこに見出だしたいつになく真摯な眼差しの竜帝に迦樓羅王は息を呑む。
ふたりが見守る前で竜帝はどこか淡々と言を継いだ。
「わたしは今度こそ」
続くはずの言葉は竜帝の唇から零れ落ちることはなかった。
だが、ふたりともその先に続く言葉を知っている。
竜帝の決意がその瞳を覗き込むだけで理解できるからだ。
そのまま無言で踵を返した竜帝に見送った乾闥娑王が苦笑した。
「全く。ここまで言わなければ素直に言えないのですから厄介な方ですね、あの人は」
振り向いた視線の先に可笑しそうに笑う楽師の君の銀の瞳がある。
掴みどころのない青年である。
思わず眉をしかめた迦樓羅王は嘆息を漏らした。
「……なっ」
呆気に取られて迦樓羅王が見返す視線の先で、乾闥娑王は意味ありげな微笑を浮かべている。
あるかなしかの。
眉を潜めた竜帝が乾闥娑王にその真意を問いかける。
内心の訝しさを隠すこともできずに。
「なにを言っているのだ、乾闥娑王?」
「御子の御遺体はまだ発見されておりません。亡くなったと判断されるのは早計でしょう」
「何時のことだと思ってるんだ、乾闥娑王」
呆れた口調の迦樓羅王。
乾闥娑王は小さく微笑んで近くに見える空を振り仰ぐ。
窓から見える空はあまりにも近い。
それでいて手に触れることもできない孤高の空。
まるで阿修羅の御子のようである。
「御子は亡くなっていないでしょう。わたしはそう信じます」
「「……」」
彼のこの発言には二の句が継げず、珍しく竜帝と迦樓羅王はお互いに顔を見合わせた。
「御子が本当に亡くなったのなら、阿修羅族の動向が納得できません。わたしは始めから信じていなかったのです。御子の崩御も阿修羅族の滅亡も」
きっぱりと小気味いいくらいに乾闥娑王が微塵の迷いもなく告げる。
迦樓羅王は何度か息を呑み込んで、穏やかに問題発言をする乾闥娑王に問いかけた。
「どう納得できないと? わたしは阿修羅族を知らない。指摘されてもとても信じることなど」
「では、迦樓羅王。あなたに問い返しますが、一族の滅亡をかけた戦いの後、もしも王であるあなたが、いえ、王になる前のあなたでも、一族を背負うべき者が崩御した後、一族はどうするとお思いになりますか? 全く騒ぐことなく遺体すら残さず、いきなり滅亡するでしょうか? あなたが亡くなった後になんの問題も起こさず速やかに」
いきなり深い問いをされ、迦樓羅王は答えられずに唇を噛む。
それは阿修羅族が行方を消したときの情景だった。
阿修羅族は王子の行方不明が発覚するといきなり姿を消していた。
跡形もなく。
まるで王子の後を追ったような印象を受けたと迦樓羅王は習ったが、それは同じ一族の王として考えるなら不自然な成り行きでもあった。
その場合は一族すべての亡骸が発見されなければおかしい。
王の後を追ったのなら一族はみなが自決しているはずである。
遺体を始末するなど不可能に近い。
つまり不自然なのだ。
乾闥娑王が指摘する通り。
「あなたも阿修羅族ほどではなくとも、闘いを生業とする一族の王。おわかりになるでしょう? あまりにも不自然です。あれは御子の後を追ったと考えるよりも、御子が行方を消した以上、一族を存続させるために敢えて消息を絶ったと考えるべきです。
もしもそうなら一族は御子の生存を隠している、或いはその証を掴んでいることになる。御子が生存しているなら、天の復活はこの天界を揺るがすでしょう。
もしも天の復活と同時に御子もこの天界に戻られたなら、一体どうなるでしょうね。かつて天を二分したおふたりが、御子が成人することで父上の後を継がれ、闘神の帝王となられた後で相見えたとしたら」
薄く微笑んで告げた言葉には明確なものが込められていた。
迦樓羅王は二の句が継げず、意外な乾闥娑王の一面に息を殺して見上げている。
乾闥娑王の言葉には闘神の帝王と呼ばれる、最強の阿修羅王となるべくして生まれた御子が、父の仇を許すわけがないと、そんな含みがあった。
そして帝釈天もまた天の覇権を争って、聖戦を仕掛けた頃のように阿修羅の御子を見逃すことはないだろうと。
物騒な指摘を薄く微笑んで告げる乾闥娑王に迦樓羅王もかなり本気で驚いていた。
(どうもこの美しくなよやかに見える楽師の君をわたしは誤解していたらしい。大した豪傑だ)
ほとんど感心したように迦樓羅王は美しき楽師の君を眺めている。
「もしもそうなら」
不意に思い詰めた風情で話し出した竜帝にふたりは視線を注いだ。
そこに見出だしたいつになく真摯な眼差しの竜帝に迦樓羅王は息を呑む。
ふたりが見守る前で竜帝はどこか淡々と言を継いだ。
「わたしは今度こそ」
続くはずの言葉は竜帝の唇から零れ落ちることはなかった。
だが、ふたりともその先に続く言葉を知っている。
竜帝の決意がその瞳を覗き込むだけで理解できるからだ。
そのまま無言で踵を返した竜帝に見送った乾闥娑王が苦笑した。
「全く。ここまで言わなければ素直に言えないのですから厄介な方ですね、あの人は」
振り向いた視線の先に可笑しそうに笑う楽師の君の銀の瞳がある。
掴みどころのない青年である。
思わず眉をしかめた迦樓羅王は嘆息を漏らした。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。



【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる