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第六章 波紋
(1)
しおりを挟む世界は移り変わり神々が居を構える世界、ーーー天界。
帝釈天が戦死し、阿修羅王が相討ちにて果てた後、辛うじて保ってきた平穏が失われる予感に包まれた世界。
夜叉王がいきなり消息を断ち、その行方を探して夜叉の君が下界に降った後、天界は一応の平安の中にあった。
だが、俄に騒がしくなった一族もある。
阿修羅の御子を探して弟王子が下界に降った阿修羅族と、帝釈天を探して東と南の天王たちが下界に降臨している天の一族である。
阿修羅族の動向は全く謎に包まれていたが、天族が俄に騒がしくなってきたことには、すでに竜帝や迦樓羅王、そして乾闥娑王などの主だった王たちは気付いていた。
彼らの動向の意味を王たちはそれぞれに推察している。
動乱が起きる気配を感じとり。
そして年齢的にも中心となる竜帝の下へ、彼らが集まったのは自然な成り行きであった。
「竜帝。どう考えている? 彼らの動向を」
苦い表情で無視の好かない竜帝に問いかけたのは、まだまだ若く感情に正直な迦樓羅王である。
中性的な美貌を不機嫌に歪め、それでも王として問う迦樓羅王に苦労して苦笑を噛み殺し竜帝は柔らかい声を出す。
帝釈天に代わり居を構える天空の城の自室で。
「なにか一族の中で大騒ぎが起きているのは間違いないだろう。かといってそれを表立って証明しても、彼らが説明するとは思えないが。大体東天王と南天王が下界に降っていることさえ、何度問い質しても答えてはこないだろう。それがよい例だ」
冷淡にさえ思える突き放した言い方に迦樓羅王は顔をしかめる。
もう少し可愛いげのある言い方はできないのかと、その顔が訴えているが本人は気付いていない。
竜帝は気付いていたが敢えて態度を改めることも、言い訳を口にすることもなく、黙り込んでいた乾闥娑王を振り向いた。
「そなたはどう思っているのだ、乾闥娑王?」
話題を振られた楽師の君は本来、政治的な思惑には関わらない、部落の王ではあるが竜帝に問われ、友人として琴を触りながら答えた。
「彼らがそれなりの主軸で動いていることは明白ですね。我々ができることと言えば、彼らの思惑が明らかになったときに一体どちらにつくか、それだけではないでしょうか? わたしにはそう思えてなりません。身の振り方を自分で決めるべきだと」
曖昧な表現だったが彼の意見は実に的を射ていた。
彼らは頂に立つべき帝釈天の復活で動いていたのだ。
帝釈天が復活したとき、再び彼の膝元につくか、それとも天帝として認めないか、身の振り方を決めなくてはならない。
それだけを暗示した言葉ではないのだが、事実を掴めない彼らにそれ以上の推測ができるわけもない。
これだけでもかなり核心をついているのだから。
乾闥娑王の言葉に眉をしかめた迦樓羅王が、俯いたまままだ琴を弄っている彼に問いかけた。
「それは一体なにを基準にした身の振り方を言っている? それにその発言の意図は? なにを以てそのような表現を用いるのか、迦樓羅王」
「彼らがこれほどの慌て振りで動きながら、それを悟られぬように警戒する事柄と言えば、わたしには天のことしかあり得ないような気がします」
何気なくさらりと告げた一言に迦樓羅王が息を詰める。
だが、竜帝はある程度予測していた答えなのか、ため息と共に眉をしかめただけだった。
「彼らが天のために動くとすれば、天に復活の予兆があるだけではなく、間違いなく天帝として戻られる意思がある。そう判断した方がよいでしょう。もしもそれが事実なら我々も身の振り方を決めなくてはならないはずです。天に従うか否かを」
「従う以外に選択の余地があるとは思えないが」
苦い口調で迦樓羅王が告げたのは、帝釈天以外に立てるべき帝王が実在しないことを意味していた。
即ち聖戦で失われた阿修羅の御子を暗示している。
阿修羅の御子が生存していたなら、どちらに付くかは決めねばならないことだったが、その御子が存在しない今迷う必要がない、と。
立てるべき帝王が実在しないのだから、と。
それは聖戦の折に迦樓羅族が阿修羅王に従ったことを踏まえた上でなされた発言だった。
仕えるべき帝王が今はいない、と。
受け止めた竜帝は辛く瞳を伏せ、迦樓羅王から顔を背けている。
彼の表情にも気付かないまま、迦樓羅王は己の思考に沈んでいる。
そんなふたりに思わせ振りな迦樓羅王の声が届いた。
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