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第五章 赤い狂星
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「ちょっと付き合ってくれ。このまま別れることはできない」
いきなり二の腕を掴んで引き摺られ、静羅が握っていた缶コーヒーが落ちて高い音を立てた。
その音に和哉が振り返る。
さっき見た場所に静羅がいなくて、店内に視線を走らせる。
すると入り口の辺りで揉めているのが目に入った。
「冗談じゃないっ。人違いだったらっ。大体連れがいるんだぜ、俺にはっ!!」
「後で探すのは付き合う。それで妥協してくれ。このまま別れるわけにはいかないんだ。はっきりさせなければ」
「冗談っ」
なんとか逆らっていたが一瞬の隙を突かれ、静羅は店外に連れ出された。
手に持っていた本を戻し和哉が駆け出す。
しかし店の外にもう静羅たちの姿はなかった。
「静羅っ」
たったひとつの方向へ和哉が駆け出す。
静羅の気を感じる方向へ。
「北斗っ。腕を放せよっ」
近くの空き地に連れ込まれてから、静羅はラーシャの腕を振り切った。
間近で対峙する。
その様子を近くから見守る影があった。
「祗柳、どうする? 助けるか?」
「もうすこし様子を見ましょう、迦陵。相手の少年がなんだか気になりますから」
東夜と忍、いや、迦陵と祗柳のふたりだった。
ふたりは静羅と和哉が出掛けるのに気付き、ずっと後を追っていたのだ。
ふたりはずっと和哉を見守っているから、どんなときも目を離さない。
静羅が見知らぬ少年に引き摺られ、連れ去られるところもしっかり見ていた。
しかし和哉が絡んでくるのはわかっていたので、今まで見守っていたのである。
ふたりは夜叉の君の顔は知っている。
しかし彼がそうだとは気付いていなかった。
それは闘神の帝王を代行する地位にいる夜叉の王族たる彼と、天族の一武将に過ぎないふたりとの身分と実力の差だった。
反対から言えばラーシャになら、ふたりの変装は見抜けるのである。
「でも、あいつどこかで見たことあるような……」
「迦陵」
「ごめん。上手く言えないや」
迦陵はその名でわかるように迦陵頻伽と呼ばれる、幻の歌唄いの一族の王族の血を引いている。
しかし王族が王位を継ぐための条件は純血。
他族から王族を迎えたのなら話は変わるが、天族の一武将に過ぎなかった人を母に持つため、迦陵は王位を継げなかった。
王位を賭けた恋の果てに迦陵は生まれたのである。
しかし迦陵本人はこの事実を知らない。
自分の名前の意味すらも。
知っているのは幼なじみの祗柳だけだった。
ただ迦陵は歌は好きだった。
迦陵頻伽の血が騒ぐのか、音楽には通じている。
天界の楽士の君、乾闥娑王と張り合うほどに。
乾闥娑王の伴奏でよく宴の折りに歌を披露するのだ。
迦陵頻伽の血は迦陵の中で、確実に生きていた。
もし迦陵がどこかの王族と結ばれたら、その子は幻の一族、迦陵頻伽の王位を継げるかもしれない。
もちろん迦陵は天族の武将としても優れている。
幼くして四天王のひとりになったこともそうだが、その中でも実力を認められ最強と呼ばれていること。
すべて彼の実力である。
今、なんとなくでも夜叉の君の変装に気づいたのも、迦陵の中に流れる迦陵頻伽の王族の血のなせる技だった。
「迦陵頻伽の血が教えるんでしょうか……」
「ん?なにか言ったか、祗柳?」
「なんでもありませんよ。それよりあれ」
目の前で静羅は膝をついていた。
どこか信じられないといった顔をしている。
ふたりのいる位置からは、ふたりの様子はよく見えないのだが。
静羅の目の前には赤い瞳があった。
さっきまでは黒かった瞳が、今は真紅に染まっている。
それと同時に抵抗できないほど強烈な力を感じ、静羅は抑え込まれていた。
「参ったな。こうなるともっとよく習っておくんだった。習った事柄だけでは身体のどの部分に痣が浮き出るかわからないし。取り敢えず額、か」
最も神聖な場だと言われる額に片手を当てる。
静羅の髪が逆立ち、咄嗟に静羅は叫んでいた。
いきなり二の腕を掴んで引き摺られ、静羅が握っていた缶コーヒーが落ちて高い音を立てた。
その音に和哉が振り返る。
さっき見た場所に静羅がいなくて、店内に視線を走らせる。
すると入り口の辺りで揉めているのが目に入った。
「冗談じゃないっ。人違いだったらっ。大体連れがいるんだぜ、俺にはっ!!」
「後で探すのは付き合う。それで妥協してくれ。このまま別れるわけにはいかないんだ。はっきりさせなければ」
「冗談っ」
なんとか逆らっていたが一瞬の隙を突かれ、静羅は店外に連れ出された。
手に持っていた本を戻し和哉が駆け出す。
しかし店の外にもう静羅たちの姿はなかった。
「静羅っ」
たったひとつの方向へ和哉が駆け出す。
静羅の気を感じる方向へ。
「北斗っ。腕を放せよっ」
近くの空き地に連れ込まれてから、静羅はラーシャの腕を振り切った。
間近で対峙する。
その様子を近くから見守る影があった。
「祗柳、どうする? 助けるか?」
「もうすこし様子を見ましょう、迦陵。相手の少年がなんだか気になりますから」
東夜と忍、いや、迦陵と祗柳のふたりだった。
ふたりは静羅と和哉が出掛けるのに気付き、ずっと後を追っていたのだ。
ふたりはずっと和哉を見守っているから、どんなときも目を離さない。
静羅が見知らぬ少年に引き摺られ、連れ去られるところもしっかり見ていた。
しかし和哉が絡んでくるのはわかっていたので、今まで見守っていたのである。
ふたりは夜叉の君の顔は知っている。
しかし彼がそうだとは気付いていなかった。
それは闘神の帝王を代行する地位にいる夜叉の王族たる彼と、天族の一武将に過ぎないふたりとの身分と実力の差だった。
反対から言えばラーシャになら、ふたりの変装は見抜けるのである。
「でも、あいつどこかで見たことあるような……」
「迦陵」
「ごめん。上手く言えないや」
迦陵はその名でわかるように迦陵頻伽と呼ばれる、幻の歌唄いの一族の王族の血を引いている。
しかし王族が王位を継ぐための条件は純血。
他族から王族を迎えたのなら話は変わるが、天族の一武将に過ぎなかった人を母に持つため、迦陵は王位を継げなかった。
王位を賭けた恋の果てに迦陵は生まれたのである。
しかし迦陵本人はこの事実を知らない。
自分の名前の意味すらも。
知っているのは幼なじみの祗柳だけだった。
ただ迦陵は歌は好きだった。
迦陵頻伽の血が騒ぐのか、音楽には通じている。
天界の楽士の君、乾闥娑王と張り合うほどに。
乾闥娑王の伴奏でよく宴の折りに歌を披露するのだ。
迦陵頻伽の血は迦陵の中で、確実に生きていた。
もし迦陵がどこかの王族と結ばれたら、その子は幻の一族、迦陵頻伽の王位を継げるかもしれない。
もちろん迦陵は天族の武将としても優れている。
幼くして四天王のひとりになったこともそうだが、その中でも実力を認められ最強と呼ばれていること。
すべて彼の実力である。
今、なんとなくでも夜叉の君の変装に気づいたのも、迦陵の中に流れる迦陵頻伽の王族の血のなせる技だった。
「迦陵頻伽の血が教えるんでしょうか……」
「ん?なにか言ったか、祗柳?」
「なんでもありませんよ。それよりあれ」
目の前で静羅は膝をついていた。
どこか信じられないといった顔をしている。
ふたりのいる位置からは、ふたりの様子はよく見えないのだが。
静羅の目の前には赤い瞳があった。
さっきまでは黒かった瞳が、今は真紅に染まっている。
それと同時に抵抗できないほど強烈な力を感じ、静羅は抑え込まれていた。
「参ったな。こうなるともっとよく習っておくんだった。習った事柄だけでは身体のどの部分に痣が浮き出るかわからないし。取り敢えず額、か」
最も神聖な場だと言われる額に片手を当てる。
静羅の髪が逆立ち、咄嗟に静羅は叫んでいた。
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