天則(リタ)の旋律

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第五章 赤い狂星

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 学校のある街に戻ってきた当日の夜、静羅はそっと寮を抜け出した。

 軽いものが欲しくなったからである。

 いつものストレス発散のためのお出かけではないので、和哉に声を投げてから。

「和哉」

 トントンと扉をノックする。

 早寝早起きが習慣の和哉である。

 もう寝ているかと思ったが起きていたらしく、部屋から顔を出した。

「どうした? 静羅?」

「寮では違反なんだけどさ。ちょっと軽いものも欲しくなったし、ジュース類も欲しいから、近くのコンビニまで買い物に行ってくる。いいだろ?」

「なんで昼間に済ませておかなかったんだ?」

「だって昼に帰ってきただろ? そんな暇どこにあったんだよ」

 膨れてしまう静羅である。

 こちらで雇っている家政婦に服などを片付けてもらった後は、和哉たちが夕食の準備に走り回っていたので、静羅は言い出せなかったのである。

「しょうがないな。オレもついていくから。ちょっと待ってろ」

「え? いいってっ!! 和哉はもう寝る時間だろ? 俺はただ報告だけはしておこうと思って」

「オレがあのとき怒ったからだろ? だったらついていくのはオレの義務だ。ちょっとだけ待っててくれ。すぐに準備するから」

 言って和哉は部屋に引き上げた。

 和哉を巻き込む気のなかった静羅は困惑顔である。

 実際のところ、和哉は想い人を夜に一人歩きさせるのが嫌だっただけなのだが。

 それに静羅はいつもその身を狙われている。

 警戒というものはしていて困ることはない。

 むしろ無警戒なのが怖い。

 なにか事が起こってから対処しようとするので。

 そういう意味でこの対応は必然だった。

 静羅には意外でも。





 和哉は東夜たちには知らせなかったらしく、ふたりは何事もなくコンビニに辿り着けた。

 寮のすぐ近くにコンビニがあるので。

 静羅がおにぎりなどを物色し、今度はジュースのコーナーに移動するのを目の端に捉えて、和哉は書籍のコーナーに移動した。

 2、3冊買って帰るつもりで。

 そのとき近くにあった扉が開いた。

 現れたのは夜叉の王子である。

 ラーシャは父と帝釈天を捜しているので色んな街に現れる。

 ここにもそのために寄っただけだった。

 そこに静羅の気を感じやってきたのである。

 あのとき色んな疑問を置き去りにしたままだったので。

 静羅の傍に行こうとしてふと和哉の背後で立ち止まった。

 和哉は気付かずに本を選んでいる。

 なにが気になるのかわからないまま、夜叉の王子は静羅に近付いた。

「久し振りだな、世羅」

 急に声を掛けられて振り向けば、あの夜出逢った「北斗」と名乗った少年が立っていた。

 確か本名は「ラーヤ・ラーシャ」だったか。

「あんた」

「逢えてよかった。あれから捜していたんだ」

「なんで? 俺を捜す必要なんてどこにもねえだろ」

「あるんだ。俺には。それより本名を教えてくれないか? 今は夜の仮面とやらはつけていないようだが」

「うるせぇな。修羅とでも世羅とでも好きな名で呼べばいいだろうが」

 そう何気なく返したときだった。

 いきなり肩を掴まれて詰問されたのは。

「修羅? それがおまえの名前なのか。いや。あなたの名前なのかっ」

 言葉遣いまで改めて問われて静羅は面食らう。

 それから和哉が気付いていないのを確かめて夜叉の王子を見上げた。

「それがあんたの捜してる人の名前なのか?」

 穏やかな声にすこし落ち着いてラーシャは肩を落とした。

「俺が捜していた相手じゃないが行方不明の中に、その名を持つ御方がいて、もしかしてと思ったんだ」

「物凄く目上の相手なのか? 言葉遣いが」

「俺たちの頂点に立つはずだった方だ。失礼な言葉遣いで問うわけにはいかないだろう。礼儀は払わなければ」

「そっか」

 よくわからないが彼にとっては大事なことらしい。

「それでもう一度聞くが、それがおまえの名前なのか?」

 苛立って問われて静羅は渋々答えた。

 答えるまで粘ることがわかったから。

「残念ながらそれは俺の通り名のひとつで鬼神の阿修羅から取ってるんだ」

「阿修羅王から?」

 ラーシャの言葉に静羅はまた疑問を感じる。

 普通阿修羅と聞いて阿修羅を名乗る一族の王と受け取る者はいないだろう。

 確かにあれは一族の名前らしいから、その王ならそういう呼び方をされるのだろうが、すぐにそう結び付ける者はそれほど多くないはずだ。

 マンガや小説で雑学的に知識を得ているなら別だが。

「地上ではだれでもその名を名乗れるのか? 本名じゃなくても?」

「はい?」

 彼の言うことは時々理解できない。

 阿修羅のことを阿修羅王と言ったり、地上とかわけのわからないことを突然言い出したり。

 何者なんだろう。

「じゃあおまえの本名を教えてくれ。このまま別れるわけにはいかない」

「俺の本名は高樹静羅。でも、これは拾ってくれた今の両親が名付けてくれた名前だから、産みの親から名付けられた名前じゃない。おまえの訊ねているのがそういう意味なら、悪いがそれを知らない俺に教えることはできない」

「拾ってくれた?」

「捨て子なんだ、俺。だから、自分の本名は知らない」

「……捨て子」

 それは己の出自を知らないということだ。
 本人にも自分がだれなのかわからないということだ。

 天界の出身だと明らかになっている静羅。

 それが人間界では捨て子だという。

 それは可能性が増すことを意味しないか?

 阿修羅の御子?

 だが、この外見では予想と違いすぎる。

 この姿では姫君でも通る。

 阿修羅の御子だとしたら腑に落ちない点もあるが。
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