天則(リタ)の旋律

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第四章 宿星、集う

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「俺の名はラーヤ・ラーシャ」

 名乗ったのを聞いたとき、すぐにはわからなかった。

 音楽でも聞いたような気分だったのだ。

 しばらく考えて名乗ったことに気付いたくらい、不思議な韻律の言葉だった。

(ラーヤ・ラーシャか。やっぱり日本人じゃないらしいな。どこの名前か特定できないけど。アジア系みたいな気はする。無国籍的な名付けというべきか?)

「日本人じゃねーのか?」

「違うな。というかあり得ない」

「ほんとに胡散臭い奴だな」

「余計なお世話だ」

 すんなり名前を聞き取られて、ラーシャは、夜叉の君は複雑な顔になる。

(同族だな、こいつは。どこの種族の者か特定できないが、間違いなく天界に属する者だ。でなければ俺の名前を聞き分けることなんてできないんだから。夜叉の王族の証たる真紅の瞳。それを夜目に見抜いた眼力といい並大抵の奴じゃない。何者だ?)

「あんた笑ってる方がいいな」

「……え?」

「あんたは笑ってる方が好きだって言ったんだよ、俺は」

 不意にそう告げた静羅は言葉を続けようとして、朝陽を目にして固まった。

(まずい。和哉が起き出すかも。朝陽が昇る頃が和哉の起床時間なんだ。これ以上遅くなったら、絶対にバレるっ!!)

 ラーシャのことも気になったが、今は和哉の方が優先だった。

「じゃあ俺は帰るから」

「おいっ」

 さっきから意外なことばかり言われて、振り回された夜叉の君が追いすがる。

「世羅は夜の生き物だからな。朝には消えるんだ。おまえもいつまでも夜の顔をしてるんじゃないぜ? 目立つからな。昼に夜の顔は」

「昼の顔と夜の顔?」

「仮面舞踏会マスカレードっていうのは、そういうもんだろ? あんたは夜ですら変に目立つからな。それを指摘してんのさ」

 言いながら静羅は背を向けて片手を振った。

 歩みを止めることのない後ろ姿をラーシャはいつまでも見送っていた。

「人間も意外と大変なんだな」

 夜と昼を使い分ける。

 そう言いたげな静羅の主張にラーシャは見送りながら、そんなことを呟いた。




「っ!!」

 家に帰ると不機嫌そうな和哉が、ベッドの上でどっかりと待ち構えていた。

 屋敷が大騒ぎになっていないところを見ると、和哉ひとりの胸の内に秘めていてくれたのだろう。

 おそらくいつも通り静羅を起こしにきて、無人の部屋を見つけたのだ。

 和哉はめっきり不機嫌そうな顔をしていた。

「遅かったな、静羅」

「和哉」

 困ったように名を呼びながら、周囲に気付かれるわけにはいかないと扉を閉める。

 帽子とグラサンを取ると上着を脱ぎながら机に近付いた。

 部屋の中央にあるキングサイズのベッドの上に和哉がいて、そんな静羅の一挙一動をじっと見守っていた。

 ひとりで我慢していた和哉の怒りが静羅は怖い。

 ここまで和哉を怒らせることなんて滅多になかったし。

「言い訳は?」

 高圧的な言い回しに静羅が眉をしかめる。

 それからかぶりを振りながら答えた。

「ムシャクシャしていたから街に出てた。和哉に言わなかったのは寝てたからだ。それだけなんだから、そんなに怒るなよ」

 ただのストレス発散だったと静羅は言う。

 だが、立ち上がった和哉は嫌味な路線は崩さないまま、上から下まで静羅の全身を検分した。

「唐突に決心したにしては、ずいぶん慣れてるじゃないか。それにどこのモデルだよ? やればできるじゃないか、静羅。いつものトドのおまえはどこに消えたんだ?」

「和哉? どうしたんだよ? 不機嫌すぎるぜ」

 不安そうな静羅が和哉を見上げる。

 早朝の静羅の瞳はすこし綺麗だ。

 黒い瞳に光が反射して。

 なにを苛々しているんだろう?

 慣れているように振る舞っているということは、静羅が和哉にも秘密を持っていたということだ。

 それが気に入らない。

 ただのストレス発散だったというなら、これからは注意するように言えば、それで済む。

 それなのになにを苛々しているんだろう?

 和哉の内心の戸惑いに気付いたのか、静羅が髪を括った紐を解きながら慰める声を投げた。
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