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第四章 宿星、集う
(11)
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「俺の名はラーヤ・ラーシャ」
名乗ったのを聞いたとき、すぐにはわからなかった。
音楽でも聞いたような気分だったのだ。
しばらく考えて名乗ったことに気付いたくらい、不思議な韻律の言葉だった。
(ラーヤ・ラーシャか。やっぱり日本人じゃないらしいな。どこの名前か特定できないけど。アジア系みたいな気はする。無国籍的な名付けというべきか?)
「日本人じゃねーのか?」
「違うな。というかあり得ない」
「ほんとに胡散臭い奴だな」
「余計なお世話だ」
すんなり名前を聞き取られて、ラーシャは、夜叉の君は複雑な顔になる。
(同族だな、こいつは。どこの種族の者か特定できないが、間違いなく天界に属する者だ。でなければ俺の名前を聞き分けることなんてできないんだから。夜叉の王族の証たる真紅の瞳。それを夜目に見抜いた眼力といい並大抵の奴じゃない。何者だ?)
「あんた笑ってる方がいいな」
「……え?」
「あんたは笑ってる方が好きだって言ったんだよ、俺は」
不意にそう告げた静羅は言葉を続けようとして、朝陽を目にして固まった。
(まずい。和哉が起き出すかも。朝陽が昇る頃が和哉の起床時間なんだ。これ以上遅くなったら、絶対にバレるっ!!)
ラーシャのことも気になったが、今は和哉の方が優先だった。
「じゃあ俺は帰るから」
「おいっ」
さっきから意外なことばかり言われて、振り回された夜叉の君が追いすがる。
「世羅は夜の生き物だからな。朝には消えるんだ。おまえもいつまでも夜の顔をしてるんじゃないぜ? 目立つからな。昼に夜の顔は」
「昼の顔と夜の顔?」
「仮面舞踏会マスカレードっていうのは、そういうもんだろ? あんたは夜ですら変に目立つからな。それを指摘してんのさ」
言いながら静羅は背を向けて片手を振った。
歩みを止めることのない後ろ姿をラーシャはいつまでも見送っていた。
「人間も意外と大変なんだな」
夜と昼を使い分ける。
そう言いたげな静羅の主張にラーシャは見送りながら、そんなことを呟いた。
「っ!!」
家に帰ると不機嫌そうな和哉が、ベッドの上でどっかりと待ち構えていた。
屋敷が大騒ぎになっていないところを見ると、和哉ひとりの胸の内に秘めていてくれたのだろう。
おそらくいつも通り静羅を起こしにきて、無人の部屋を見つけたのだ。
和哉はめっきり不機嫌そうな顔をしていた。
「遅かったな、静羅」
「和哉」
困ったように名を呼びながら、周囲に気付かれるわけにはいかないと扉を閉める。
帽子とグラサンを取ると上着を脱ぎながら机に近付いた。
部屋の中央にあるキングサイズのベッドの上に和哉がいて、そんな静羅の一挙一動をじっと見守っていた。
ひとりで我慢していた和哉の怒りが静羅は怖い。
ここまで和哉を怒らせることなんて滅多になかったし。
「言い訳は?」
高圧的な言い回しに静羅が眉をしかめる。
それからかぶりを振りながら答えた。
「ムシャクシャしていたから街に出てた。和哉に言わなかったのは寝てたからだ。それだけなんだから、そんなに怒るなよ」
ただのストレス発散だったと静羅は言う。
だが、立ち上がった和哉は嫌味な路線は崩さないまま、上から下まで静羅の全身を検分した。
「唐突に決心したにしては、ずいぶん慣れてるじゃないか。それにどこのモデルだよ? やればできるじゃないか、静羅。いつものトドのおまえはどこに消えたんだ?」
「和哉? どうしたんだよ? 不機嫌すぎるぜ」
不安そうな静羅が和哉を見上げる。
早朝の静羅の瞳はすこし綺麗だ。
黒い瞳に光が反射して。
なにを苛々しているんだろう?
慣れているように振る舞っているということは、静羅が和哉にも秘密を持っていたということだ。
それが気に入らない。
ただのストレス発散だったというなら、これからは注意するように言えば、それで済む。
それなのになにを苛々しているんだろう?
和哉の内心の戸惑いに気付いたのか、静羅が髪を括った紐を解きながら慰める声を投げた。
名乗ったのを聞いたとき、すぐにはわからなかった。
音楽でも聞いたような気分だったのだ。
しばらく考えて名乗ったことに気付いたくらい、不思議な韻律の言葉だった。
(ラーヤ・ラーシャか。やっぱり日本人じゃないらしいな。どこの名前か特定できないけど。アジア系みたいな気はする。無国籍的な名付けというべきか?)
「日本人じゃねーのか?」
「違うな。というかあり得ない」
「ほんとに胡散臭い奴だな」
「余計なお世話だ」
すんなり名前を聞き取られて、ラーシャは、夜叉の君は複雑な顔になる。
(同族だな、こいつは。どこの種族の者か特定できないが、間違いなく天界に属する者だ。でなければ俺の名前を聞き分けることなんてできないんだから。夜叉の王族の証たる真紅の瞳。それを夜目に見抜いた眼力といい並大抵の奴じゃない。何者だ?)
「あんた笑ってる方がいいな」
「……え?」
「あんたは笑ってる方が好きだって言ったんだよ、俺は」
不意にそう告げた静羅は言葉を続けようとして、朝陽を目にして固まった。
(まずい。和哉が起き出すかも。朝陽が昇る頃が和哉の起床時間なんだ。これ以上遅くなったら、絶対にバレるっ!!)
ラーシャのことも気になったが、今は和哉の方が優先だった。
「じゃあ俺は帰るから」
「おいっ」
さっきから意外なことばかり言われて、振り回された夜叉の君が追いすがる。
「世羅は夜の生き物だからな。朝には消えるんだ。おまえもいつまでも夜の顔をしてるんじゃないぜ? 目立つからな。昼に夜の顔は」
「昼の顔と夜の顔?」
「仮面舞踏会マスカレードっていうのは、そういうもんだろ? あんたは夜ですら変に目立つからな。それを指摘してんのさ」
言いながら静羅は背を向けて片手を振った。
歩みを止めることのない後ろ姿をラーシャはいつまでも見送っていた。
「人間も意外と大変なんだな」
夜と昼を使い分ける。
そう言いたげな静羅の主張にラーシャは見送りながら、そんなことを呟いた。
「っ!!」
家に帰ると不機嫌そうな和哉が、ベッドの上でどっかりと待ち構えていた。
屋敷が大騒ぎになっていないところを見ると、和哉ひとりの胸の内に秘めていてくれたのだろう。
おそらくいつも通り静羅を起こしにきて、無人の部屋を見つけたのだ。
和哉はめっきり不機嫌そうな顔をしていた。
「遅かったな、静羅」
「和哉」
困ったように名を呼びながら、周囲に気付かれるわけにはいかないと扉を閉める。
帽子とグラサンを取ると上着を脱ぎながら机に近付いた。
部屋の中央にあるキングサイズのベッドの上に和哉がいて、そんな静羅の一挙一動をじっと見守っていた。
ひとりで我慢していた和哉の怒りが静羅は怖い。
ここまで和哉を怒らせることなんて滅多になかったし。
「言い訳は?」
高圧的な言い回しに静羅が眉をしかめる。
それからかぶりを振りながら答えた。
「ムシャクシャしていたから街に出てた。和哉に言わなかったのは寝てたからだ。それだけなんだから、そんなに怒るなよ」
ただのストレス発散だったと静羅は言う。
だが、立ち上がった和哉は嫌味な路線は崩さないまま、上から下まで静羅の全身を検分した。
「唐突に決心したにしては、ずいぶん慣れてるじゃないか。それにどこのモデルだよ? やればできるじゃないか、静羅。いつものトドのおまえはどこに消えたんだ?」
「和哉? どうしたんだよ? 不機嫌すぎるぜ」
不安そうな静羅が和哉を見上げる。
早朝の静羅の瞳はすこし綺麗だ。
黒い瞳に光が反射して。
なにを苛々しているんだろう?
慣れているように振る舞っているということは、静羅が和哉にも秘密を持っていたということだ。
それが気に入らない。
ただのストレス発散だったというなら、これからは注意するように言えば、それで済む。
それなのになにを苛々しているんだろう?
和哉の内心の戸惑いに気付いたのか、静羅が髪を括った紐を解きながら慰める声を投げた。
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