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第四章 宿星、集う
(8)
しおりを挟む10歳のとき、一度だけ和哉に見られた。
満月の夜。押さえきれない変化。
その瞬間を和哉に見られた。
和哉が夜に静羅の部屋を訪れなくなったのはそれからである。
父から制止されたから行かないと、あの後に説明を受けた。
和哉の照れたような顔が忘れられない。
どっち付かずの自分なんてキライだ。
もっと自分を好きになれたらよかったのに。
「嘆いても仕方ねえか」
呟いて帰り支度を始めた。
和哉のために単独でこちらに転校してきた東夜と忍だが、家族は元の街にいるらしく、夏休みは一緒に帰省すると言っていた。
これでは1年中一緒にいるようなものである。
内心でご苦労さんとふたりに苦言を呈する静羅である。
なにか事情はあるのだろうが、よくここまで徹底するなと。
「静羅。用意できたか?」
ノックと同時に扉が開き和哉が顔を出した。
ボストンバックに服をぎゅうぎゅう詰めにしていた静羅が振り返り、ムッとしたように言い返す。
「これができてるように見えんのか、和哉?」
「相変わらずだなあ。まだ片付けできないのか?」
掃除に限らず静羅は片付けもできない。
旅行の準備などもっての他である。
そういうときは大抵母親が支度をやっていた。
丁寧にするのは諦めたのか、クシャクシャの服を詰め込もうとしているのを見て和哉が近寄った。
「貸せよ。オレがやるから」
「なんで和哉はそんなになんでもできるんだ?」
「オレにはこんな簡単なことができない、おまえの方が不思議だよ、静羅」
言い返しながらテキパキと服を畳み、バッグに詰め込んでいく。
「ほら。できた」
「はえー」
ビックリ眼の静羅に和哉が笑う。
「ほら、早く行こうぜ。もう迎えの車がきてるから。東夜たちも先に行って待ってんだ」
「なんであいつらまで送ってやらないといけないんだ?」
「行き先が同じなんだからいいじゃないか。細かいぞ、静羅」
「和哉が親切すぎんだよ」
呆れ顔で言いつつ静羅もバックを手に取った。
2学期まで帰ってくることのない部屋を振り返る。
それでもすこしの間でずいぶん馴染んだ。
懐かしい家に帰る。
それは望郷を誘って嬉しくもあり、嫌なことを思い出して苦い気分にもなった。
東城大付属の皆は元気だろうか。
そう思ったことに自分ですこしビックリした。
静羅と和哉が戻ってきた。
その噂はその日の間に街中に広がった。
伝統ある東城大付属を捨てて、いくら学力では遜色ないとはいえ、庶民の学校である湘南に和哉が転校していったため、静羅は当然の如く押し寄せてきた親戚連中から嫌味の十連発をもらっていた。
静羅は懸命に耐えていたが、これには和哉が言い返した。
これは自分の意思だから静羅を責めるな、と。
和哉が過保護に静羅を庇おうとするので、親戚連中は面白くなさそうだった。
その夜。
静羅は久し振りに地元の街を彷徨っていた。
イライラして落ち着かない。
自分が起こした行動に和哉を巻き込む気なんて更々なかった。
なのに結果的に和哉を巻き込み、静羅の思惑から現状から大きく外れている。
これでは親戚連中から責められても文句は言えない。
静羅の足は一直線にある場所を目指していた。
その自覚もなく。
曲がり角を何度か曲がり、行き止まりに辿り着く。
そこにはなにもなく荒れ果てた土地だけが広がっていた。
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