天則(リタ)の旋律

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第四章 宿星、集う

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 ここでふたりのことを詳しく知っているのは、上杉甲斐と斉藤結城のふたりだけ。

 それだけでも静羅には救いかもしれないと、チラリと考えた。

 それも伝わったのか、静羅には睨まれたが。

「和哉。学校を出てくるとき、引き止められなかったのか?」

「おまえな。オレより先にさっさと学校を捨てた奴に言えた義理じゃないだろうが。当然止められたよ。振り切ったけど」

「ま。無理もないよな。和哉は東城大付属の期待の星だったわけだし」

 静羅がサラリとそう言ったとき、ひそひそとざわめきが広がっていった。

 東城大付属とは湘南と肩を並べる名門校である。

 幼稚舎から大学院まで一貫した教育で知られているが、入学するためには必ず家柄の有無が問われるため、湘南よりも入学が規制されてしまう。

 つまり東城大付属に通っているということは、名家の生まれ、もしくは財産家の御曹司であることを意味する。

 確かに近寄りがたい雰囲気はあるものの、どちらかといえば砕けた話し方をするふたりが、実は名家の御曹司だったと知ってざわめきが生まれたのだ。

 静羅の実力的には出身校が東城大付属でも全く不思議はないのだが。

「なんでみんな過保護なんだよ?」

 頭を抱えてしまった静羅に東夜と和哉は顔を見合わせて笑った。




「和哉君が? 本当に?」

 驚いた顔で問い返したのは湘南の生徒会長、上杉甲斐だった。

 受け止めて結城が首肯する。

 人気のないところまで甲斐を引っ張ってきて報告を始めたのだ。

「信じられる? あの修羅がそうだったんだって」

「まさか……噂の『高樹の御曹司』?」

 その呼び名を使われるのは跡取りの和哉ではなく、名前も公表されていない次男である。

 父親同士が親しい関係にある甲斐ですら、和哉としか逢ったことはなく、従って弟の名も知らなかった。

『高樹の次男は全世界の財産』

 そこまで言われるほど特別な少年だ。

 全世界の者が静羅を欲しがっている。

 そのため厳しいセキュリティの元で保護されているはずだった。

 それがノコノコ関西の学校に入学してくるなど、一体だれが想像するだろう?

「ねえ、甲斐。ぼくの情報が正しかったら、確か『高樹財閥の御曹司』って世界中に存在するありとあらゆる薬を無効にする特殊な体質を持っていて、どんなウイルスにも影響されないんだよね? あの修羅が?」

 そこまで言われるためには静羅は一度、そういった環境の下に置かれた時期がなければならない。

 ……そう。

 赤ん坊の頃、静羅は生態実験を受けていたのだ。

 生まれたばかりの赤ん坊だった静羅に、科学者たちはありとあらゆる薬を投与し、世界中に存在するウイルスに感染させたと言われている。

 だが、静羅はそれらをすべて無効化させるのだという。

 それがハッキリした当時、静羅の処遇を巡って世界中の人間が暗躍したらしい。

 それを阻止したのが世界的な大財閥、高樹家の当主、和之だった。

 以後、静羅は高樹家のバックアップで全力で保護されてきた。

 和之たちが長男の和哉より静羅を可愛がっているのは公然の秘密だった。

 静羅は常に狙われている。

 その身も、生命も。

 だから、今までその名前すら公表されなかった。

 その静羅が何故ここに?

「身体検査の謎……今頃、理解できた」

「うん。修羅が噂の御曹司だったら普通に身体検査なんてしないよね。ううん。できないんだよ、きっと」

 静羅の肉体そのものが神秘なのだ。

 迂闊な真似はできない。

 素性を知れば今まで疑問に思っていたこと、すべてに答えが出る。

「とりあえず父さんに確かめてみるから、結城は迂闊にそういった話題を出さないようにすること。いいな?」

「うん。それ和哉さんにもクギを刺された」

「ここに通っていることが公になったら、とんでもないことになりかねないからな。無理もない」

 最悪スパイ映画とかサスペンスドラマとか、そういった世界が突如出現してもなんら不思議はない。

 生徒に危険を近付けないためにも、静羅の素性は徹底的に伏せるべきだった。
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