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第四章 宿星、集う
(1)
しおりを挟む「今日は遅かったね、修羅」
静羅が2時限目も終わってから慌てて教室に顔を出すと、クラスメートにして隣の席の斉藤結城が嫌味と皮肉が混ざった科白を投げた。
ちなみに修羅とは静羅のあだ名である。
ある事情から彼はそういった呼び名を頂戴し、以後、本名は名乗らずこれで通していた。
家族以外には。
ここでも自己紹介のときにそれはクギを刺しておいたので、この反応は当たり前なのだが。
「うるせーよ、斉藤。余計なお世話だ」
ぶすっとしつつ隣の席に落ち着いた静羅を覗き込みつつ結城が笑う。
「今朝も甲斐は無駄かもしれないけど、修羅を起こしに行ったんだよ? 憶えてない?」
「知らねー」
あっさりした返事である。
ここまで見事に無視されたら結城としても笑うしかない。
甲斐というのは結城のひとつ年上の従兄弟で、この学園の生徒会長でもある。
静羅と1番に知り合ったのが、実は甲斐であった。
そのときから静羅を気に入って、色々と世話をしているのだが、今のところ、それはすべて空振りしている。
「修羅。いったいいつになったら教科書を持ってくるわけ? 修羅だけだよ。教科書も持たずに学校にくるのって」
相変わらず適度に軽い静羅のカバンを見て、結城がげんなりと呟いた。
「必要ねえよ」
またまたあっさりした返事だった。
その意味はもう結城もよく知っている。
静羅は貰った教科書をすべてその日の内に暗記したらしいのだ。
そのせいでどんな教科であれ、どのページの何行目から読むように言われても、スラスラと読み上げる。
おまけに一言一句間違っていないという徹底ぶり。
さすがに初めてこれを目の当たりにしたときは、唖然として静羅を凝視してしまったが。
見せる一面のすべてが非常識なくらいにハイレベル。
これだけの逸材はこの伝統ある翔南高校でも初めてだった。
なんで大検を受けずに必要のない高校に通っているのだろう? というのは結城だけでなく静羅を知っている者すべての感想だった。
静羅ならもっと専門的な勉強のために留学するとか、そういうことが普通に思えるので。
「そういえば今日、転校生がくるんだって。なんかまだきてないけど」
「? 転校生がこの時間になってもきてない? そいつ、何年だよ、斉藤?」
「バカだね。このクラスに決まってるよ。だから、きてないっていってるんだけど?」
聞き終わった瞬間、静羅がタラリと冷や汗を掻いた。
この時期、この学年に季節外れの転校生?
おまけにこの時間まで登校してない?
果てしなく嫌な予感がした。
「転校生って男? それとも女?」
「へえ。珍しいね。修羅がそういうことに興味を持つなんて。噂だと男らしいけど」
恐れていた返答に思わず固まる。
が、続いた科白に唖然として振り向いた。
「信じられないことにふたりだって」
「はい?」
「だから、同じ学年の同じクラスに、しかも同じ日にふたりの転校生がくるんだって。甲斐も驚いてたよ。さっきも顔を出しにきてたし」
あれ?
ふたり?
違うのか?
頭の中で疑問符が飛んでいたが、結城が言った言葉で疑問は解けた。
「なんかね。甲斐のクラスにも転校生がくるんだって。珍しいよね。同じ日に3人も転校生がくるなんて」
ボキッと音がして結城が「え?」と静羅の手元を除き込んだ。
次の授業の準備でもしていたのか、ペンを握っていたのだが、それがふたつに折れていた。
思わず青ざめる。
あの女の子でも通るような外見の静羅が、一体どうやってペンを折ったのだろう?
筋肉なんてどこにもついていないように見えるのに。
「……やられた……」
「修羅?」
訊ねる声を上げたけれど静羅は反応しなかった。
ムスッとしたまま頬杖をついて窓の外など見ている。
なんだか拗ねているようだ。
首を傾げた瞬間、ガラッと扉が開く音がした。
つられて視線を動かす。
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