35 / 81
第三章 聖戦ージハードー
(12)
しおりを挟む
人として生きる兄にも、今を大切にしている生き方も、大切な人々もいるだろう。
その平穏を壊して引き戻して、重責を背負わせることが果たして兄のためになるのか。
そしてそれを強いられた兄が、素直に受け入れてくれるのか。
紫瑠には自信がなかった。
できれば兄に背かれたくないのだが。
ため息が止まらない。
自分でもどうにもできない運命の歯車に翻弄されて。
そうして兄の生死が明らかにならぬまま時は流れ、その生存が確認されるまで、紫瑠は兄の代行を努めてきた。
伝説色の強い兄。
片親の違う実の兄。
けれど、神族において片親が違うと、兄妹意識はずいぶん薄れる。
特に第1子と第2子の間で母親が異なっていると、ほとんど他人と変わらない。
血の違いだとも言われているが、片親が違う兄弟は親戚的な関わりしか持たない。
従って異性であれば婚礼も可能なのである。
それだけに第1子を迎える際の伴侶は、慎重に選ばねばならず、下手に第1子で王女を儲けたりすれば、最悪、弟と婚礼という可能性もあった。
第2子が後継者となるため、その花嫁は当然ながら実の姉となる。
神々の奇妙な伝統であった。
もちろん親戚的な遺伝しか持たないため、現実面で問題はないが、それでも兄弟間での婚礼は避けるのが常識とされ、第1子と第2子における立場の差が、更に明確なものへと変わったのである。
ただしこの慣例が適用されるのには条件があり、だれにでもわかることだと思うが、第1子と第2子の母親が異なること、という絶対的な条件がある。
母親を同じくする場合、王女は他の一族の王か、あるいは一族の中でも重要な位置に立つ者の元に嫁ぐことになる。
その場合にかぎって第2子が男子の場合は、第2子が世継ぎの王子を名乗ることになる。
母親が正妃ですらない第2子は、普通とても肩身が狭い思いをすることになるのだが、紫瑠は幸か不幸か、一般的な第2子とは決定的に違っていた。
その出生の背景故に紫瑠は、どの前例にも当てはまらない生き方を強いられたのである。
そのせいだろうか。
紫瑠は従来の第二王子とは、どこかが異なっている。
その容貌に阿修羅王の想影を色濃く残す、現存する阿修羅の王子は。
実の父を凌ぐ美貌を持つと語られる実の兄。
面影はいつも胸にあった。
面影だけしかなくても慕い続けた兄に、背かれるかもしれない現実に、紫瑠は気付いている。
逃げるわけにはいかない己の立場を、彼は知っているけれども。
天の覇権を握って誕生した阿修羅の御子。
その名をアーディティア。
実の伯父である天界最強と言われた竜帝に名付けられたというあまりにも暗示的な名前。
竜族の王族の血と阿修羅の王族の血を等しく受ける奇跡の御子。
伝説を背負った阿修羅の王子。
幼名を名乗る必要のない現在は、阿修羅、或いは阿修羅王と呼ばれる立場にある。
父の後を継げば間違いなく阿修羅王を名乗る存在。
天空をその身に抱く運命の子。
天の行く末を握る者。
アーディティア――――申し子――――の名に相応しく。
夜叉王の正式なる討伐者である夜叉の王子、ラーヤ・ラーシャが下界へと降ったのは、下界が春先の出来事である。
それを追うように下界の知識を頭に叩き込んだ阿修羅の王子、紫瑠が共の者を連れ下界に降臨した。
これは夏のことである。
静羅はそれらが自分に関わってくることも知らず平穏の直中にいた。
東夜が迦陵と呼ばれ、忍が祗柳と呼ばれていたふたりが人間ではないことは、今はまだだれも知らない。
そして彼らが「天」と呼んだ和哉。
その存在の意味すらも。
すべてが明らかになるには、まだしばらくの時が必要だった。
その平穏を壊して引き戻して、重責を背負わせることが果たして兄のためになるのか。
そしてそれを強いられた兄が、素直に受け入れてくれるのか。
紫瑠には自信がなかった。
できれば兄に背かれたくないのだが。
ため息が止まらない。
自分でもどうにもできない運命の歯車に翻弄されて。
そうして兄の生死が明らかにならぬまま時は流れ、その生存が確認されるまで、紫瑠は兄の代行を努めてきた。
伝説色の強い兄。
片親の違う実の兄。
けれど、神族において片親が違うと、兄妹意識はずいぶん薄れる。
特に第1子と第2子の間で母親が異なっていると、ほとんど他人と変わらない。
血の違いだとも言われているが、片親が違う兄弟は親戚的な関わりしか持たない。
従って異性であれば婚礼も可能なのである。
それだけに第1子を迎える際の伴侶は、慎重に選ばねばならず、下手に第1子で王女を儲けたりすれば、最悪、弟と婚礼という可能性もあった。
第2子が後継者となるため、その花嫁は当然ながら実の姉となる。
神々の奇妙な伝統であった。
もちろん親戚的な遺伝しか持たないため、現実面で問題はないが、それでも兄弟間での婚礼は避けるのが常識とされ、第1子と第2子における立場の差が、更に明確なものへと変わったのである。
ただしこの慣例が適用されるのには条件があり、だれにでもわかることだと思うが、第1子と第2子の母親が異なること、という絶対的な条件がある。
母親を同じくする場合、王女は他の一族の王か、あるいは一族の中でも重要な位置に立つ者の元に嫁ぐことになる。
その場合にかぎって第2子が男子の場合は、第2子が世継ぎの王子を名乗ることになる。
母親が正妃ですらない第2子は、普通とても肩身が狭い思いをすることになるのだが、紫瑠は幸か不幸か、一般的な第2子とは決定的に違っていた。
その出生の背景故に紫瑠は、どの前例にも当てはまらない生き方を強いられたのである。
そのせいだろうか。
紫瑠は従来の第二王子とは、どこかが異なっている。
その容貌に阿修羅王の想影を色濃く残す、現存する阿修羅の王子は。
実の父を凌ぐ美貌を持つと語られる実の兄。
面影はいつも胸にあった。
面影だけしかなくても慕い続けた兄に、背かれるかもしれない現実に、紫瑠は気付いている。
逃げるわけにはいかない己の立場を、彼は知っているけれども。
天の覇権を握って誕生した阿修羅の御子。
その名をアーディティア。
実の伯父である天界最強と言われた竜帝に名付けられたというあまりにも暗示的な名前。
竜族の王族の血と阿修羅の王族の血を等しく受ける奇跡の御子。
伝説を背負った阿修羅の王子。
幼名を名乗る必要のない現在は、阿修羅、或いは阿修羅王と呼ばれる立場にある。
父の後を継げば間違いなく阿修羅王を名乗る存在。
天空をその身に抱く運命の子。
天の行く末を握る者。
アーディティア――――申し子――――の名に相応しく。
夜叉王の正式なる討伐者である夜叉の王子、ラーヤ・ラーシャが下界へと降ったのは、下界が春先の出来事である。
それを追うように下界の知識を頭に叩き込んだ阿修羅の王子、紫瑠が共の者を連れ下界に降臨した。
これは夏のことである。
静羅はそれらが自分に関わってくることも知らず平穏の直中にいた。
東夜が迦陵と呼ばれ、忍が祗柳と呼ばれていたふたりが人間ではないことは、今はまだだれも知らない。
そして彼らが「天」と呼んだ和哉。
その存在の意味すらも。
すべてが明らかになるには、まだしばらくの時が必要だった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる