34 / 81
第三章 聖戦ージハードー
(11)
しおりを挟む紫瑠は阿修羅王の遺児である。
聖戦が開始される前に阿修羅王の正妃だった姫君は崩御していた。
王子を産み落とした直後に。
それから聖戦までの間に阿修羅王の下にあがった花嫁が紫瑠の実母であった。
阿修羅王は始め、次の花嫁を迎えることに反対していたらしいが、なにを思ったか、いきなり同意して、その直後に聖戦が開始された。
結果的に聖戦の最中に妃が身籠って、紫瑠は阿修羅王、最後の遺児となった。
まるで己の命運が尽きることを知っていて、花嫁を迎えたような事実である。
従って父の死後に産まれた紫瑠は、伝説の勇将と呼ばれる阿修羅王の顔も知らない。
一族の元で育ったので、肖像画でなら見慣れているが、面識もない実の父である。
面影を知っていても、もうひとつ現実味がなかった。
が、実の父だと疑わせないだけの要素を父の肖像は証明してみせていたが。
紫瑠に瓜二つのその容姿で。
父から譲り受けたのは王族の証とも言える琥珀色の瞳。
この瞳が力を行使する際に黄金色に変化するのは公然の秘密である。
幼い頃に行方を絶った兄は更に印象的であったというが。
その髪は闇よりも深く艶のある漆黒。
その瞳は阿修羅族を象徴すると言われている黄金色。
本来力を行使するときにしか顕現しない瞳の色を生来のものとして持っているのは、歴代の王族の中でも兄が初めてである。
それだけに紫瑠も複雑な気分を抱いている。
一族の位置付けとしては、黄金に近い琥珀の瞳を持つ紫瑠も、決して軽い立場にはない。
もし兄が先に産まれていなければ、みな紫瑠が父の後を継ぐことを、すんなり受け入れただろう。
そのくらい特別なのである。
黄金色の瞳に通じるものが。
兄がどんなふうに姿を消したのか、それは一族の者にとっても謎だったという。
本当にある日突然、忽然と姿を消してしまったのだ。
なんの予兆も感じさせずに。
そのとき紫瑠の母はすでに紫瑠を身籠っていて、一族の者は紫瑠を護るために姿を消すことを決意した。
最後に残った王族。
だが、世継ぎにはなれない第2子だ。
本来なら一族は兄の生死を掴んで、もし亡くなっていたら、後を追う道を選んだだろう。
それでも兄の生存を信じて、一族が姿を消すことで紫瑠も護ろうとしたのだ。
ただこのときの紫瑠は、何故長老方が紫瑠の存在ひとつで、兄の生存を信じて生き延びる道を模索することを選んだのかは知らなかった。
そこには公にされていない伝説の阿修羅の御子の特異性が絡んでいるのだが、この当時の紫瑠はそれを知らずにいた。
周囲に知らされずに育ったので。
まだ赤子の頃に姿を消した兄の話も、生まれる前に戦死した父の話も、紫瑠は沢山聞いてきた。
父がどれほど兄を溺愛していたかも知っている。
小さい頃は比較されるのが嫌で、兄のことはあまり好きではなかった。
それに父が兄を可愛がっていたと言われる度に、子供じみた嫉妬から反発していた頃もあった。
それが消えて純粋に慕えるようになったのは、兄の背負っているものの大きさと重さが理解できたからである。
それだけ兄の背負ったものが大きく重かったのだと理解することで。
逢いたくないと言えば嘘になる。
紫瑠にとっては本当に最後の肉親なのだ。
本音を言えば逢いたくて仕方がない。
でも、紫瑠には見えているのだ。
かつて天界がふたつに分かれ聖戦が起きた。
その意味を知り尽くしているから紫瑠はどうしてもワガママに振る舞えなかった。
それが招くものが見えるので。
だが、一族の者が言っていることも事実で、紫瑠は弟として兄を見逃してやりたくても、それができない立場に立っていた。
すべてを忘れ自分が阿修羅を継ぐ者だということを自覚もしていない兄。
おそらく人として生きているのだろう。
それがいきなり血の宿命だの、逃れられない運命だので、兄を呼び戻せば下手をしたら、兄と真っ向からぶつかることになる。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説



そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる