天則(リタ)の旋律

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第三章 聖戦ージハードー

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 紫瑠は阿修羅王の遺児である。

 聖戦が開始される前に阿修羅王の正妃だった姫君は崩御していた。

 王子を産み落とした直後に。

 それから聖戦までの間に阿修羅王の下にあがった花嫁が紫瑠の実母であった。

 阿修羅王は始め、次の花嫁を迎えることに反対していたらしいが、なにを思ったか、いきなり同意して、その直後に聖戦が開始された。

 結果的に聖戦の最中に妃が身籠って、紫瑠は阿修羅王、最後の遺児となった。

 まるで己の命運が尽きることを知っていて、花嫁を迎えたような事実である。

 従って父の死後に産まれた紫瑠は、伝説の勇将と呼ばれる阿修羅王の顔も知らない。

 一族の元で育ったので、肖像画でなら見慣れているが、面識もない実の父である。

 面影を知っていても、もうひとつ現実味がなかった。

 が、実の父だと疑わせないだけの要素を父の肖像は証明してみせていたが。

 紫瑠に瓜二つのその容姿で。

 父から譲り受けたのは王族の証とも言える琥珀色の瞳。

 この瞳が力を行使する際に黄金色に変化するのは公然の秘密である。

 幼い頃に行方を絶った兄は更に印象的であったというが。

 その髪は闇よりも深く艶のある漆黒。

 その瞳は阿修羅族を象徴すると言われている黄金色。

 本来力を行使するときにしか顕現しない瞳の色を生来のものとして持っているのは、歴代の王族の中でも兄が初めてである。

 それだけに紫瑠も複雑な気分を抱いている。

 一族の位置付けとしては、黄金に近い琥珀の瞳を持つ紫瑠も、決して軽い立場にはない。

 もし兄が先に産まれていなければ、みな紫瑠が父の後を継ぐことを、すんなり受け入れただろう。

 そのくらい特別なのである。

 黄金色の瞳に通じるものが。

 兄がどんなふうに姿を消したのか、それは一族の者にとっても謎だったという。

 本当にある日突然、忽然と姿を消してしまったのだ。

 なんの予兆も感じさせずに。

 そのとき紫瑠の母はすでに紫瑠を身籠っていて、一族の者は紫瑠を護るために姿を消すことを決意した。

 最後に残った王族。

 だが、世継ぎにはなれない第2子だ。

 本来なら一族は兄の生死を掴んで、もし亡くなっていたら、後を追う道を選んだだろう。

 それでも兄の生存を信じて、一族が姿を消すことで紫瑠も護ろうとしたのだ。

 ただこのときの紫瑠は、何故長老方が紫瑠の存在ひとつで、兄の生存を信じて生き延びる道を模索することを選んだのかは知らなかった。

 そこには公にされていない伝説の阿修羅の御子の特異性が絡んでいるのだが、この当時の紫瑠はそれを知らずにいた。

 周囲に知らされずに育ったので。

 まだ赤子の頃に姿を消した兄の話も、生まれる前に戦死した父の話も、紫瑠は沢山聞いてきた。

 父がどれほど兄を溺愛していたかも知っている。

 小さい頃は比較されるのが嫌で、兄のことはあまり好きではなかった。

 それに父が兄を可愛がっていたと言われる度に、子供じみた嫉妬から反発していた頃もあった。

 それが消えて純粋に慕えるようになったのは、兄の背負っているものの大きさと重さが理解できたからである。

 それだけ兄の背負ったものが大きく重かったのだと理解することで。

 逢いたくないと言えば嘘になる。

 紫瑠にとっては本当に最後の肉親なのだ。

 本音を言えば逢いたくて仕方がない。

 でも、紫瑠には見えているのだ。

 かつて天界がふたつに分かれ聖戦が起きた。

 その意味を知り尽くしているから紫瑠はどうしてもワガママに振る舞えなかった。

 それが招くものが見えるので。

 だが、一族の者が言っていることも事実で、紫瑠は弟として兄を見逃してやりたくても、それができない立場に立っていた。

 すべてを忘れ自分が阿修羅を継ぐ者だということを自覚もしていない兄。

 おそらく人として生きているのだろう。

 それがいきなり血の宿命だの、逃れられない運命だので、兄を呼び戻せば下手をしたら、兄と真っ向からぶつかることになる。
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