天則(リタ)の旋律

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第三章 聖戦ージハードー

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(確かに天敵と称されるには、なんらかの意味はあったはず。
 かつて天界最大の天敵と言われた阿修羅族と夜叉族が、いつの頃からか友好を結び、天界の要となったように。
 それだけの宿星が秘められた繋がりを意味している。まあ阿修羅族と夜叉族の逸話と我々の関係はかなり異なっているようだが)

 言い返しつつもその意味は迦樓羅王自身も知らなかった。

 歴史を振り返り、そうではないかと仮定しているだけで、産まれる前から続いている確執の意味など迦樓羅王は知らない。

 阿修羅族と夜叉族にしても、両部族が手を結ぶまでには、かなりの戦乱があったと言われている。

 迦樓羅と竜の関係とは異なっていて、彼らは殺し合うほど相手に対する執着が凄まじかったという話だったが。

 当時の阿修羅王が夜叉王を制したことが、すべてを覆す切っ掛けとなったのだという。

 夜叉王が阿修羅王に生涯の忠誠を誓うことで。

 知られているのは表面的な事実だけで、実際には荒々しい闘神たちの間で、どれほどの確執があったかは、後に生まれた迦樓羅王や直系のラーシャにも推し量りようはないのだが。

 黙々と杯を傾ける迦樓羅王が不意に黙り込んだまま、付き合ってくれているラーシャに話しかけた。

「天敵という表現を用いられたが、夜叉の君。あなたは阿修羅の御子が見付かったときに、以前と同じ友好関係を保てるか?
 かつては天界最大の天敵と言われた直系同士。その事実が無効になった現在に友好を保てるものか?
 本能的な反発や征服欲を己で制御して。如何か? 夜叉を背負う御子は?」

 淡々とした問いだった嫌味でもあり、紛れもない迦樓羅王の本音だった。

 本能的な反感をどうすることもできないと身を以て知っているからこそ、同じ天敵を宿命付けられた夜叉の王子に訊ねたのだ。

 あなたにはできるのかと。

 同じ立場に立つ直系として問われ、ラーシャはしばらく黙り込んだ。

「正直自信はないな、俺にも」

「やはりな」

 苦い口調の同意にラーシャも同じ苦さを含ませて笑う。

「迦樓羅王が納得したのと意味は違っているけど」

「どう違う?」

 首を傾げて問う迦樓羅王にラーシャは、杯を持った手を膝の上に置き、そっと目を閉じる。

 内面に意識を沈めるように。

「阿修羅族に対する反感という言葉を知っていても、俺はそれを実感できないんだ。
 何故って反感を抱くべき相手が、現実に存在しないからわからないんだ。
 一言で反感と言っても色々あるだろう? 俺にはそれが理解できないから、できるともできないとも言えないんだ。阿修羅族を知らない俺には」

「一族の伝承にも詳しいことは残っていないのか?」

 何気ない迦樓羅王の問いかけに途端にラーシャの顔が険しくなった。

 なにやら問題のあることを訊いたらしいと悟って、迦樓羅王が黙り込む。

 答えなくていいという意思表示を込めて。

 だが、ラーシャは苦々しい口調で一言だけ答えた。

「殺しても飽きたらない相手とだけあるな」

「……ほう」

 感心したような迦樓羅王の呟き。

「奪って魂まで束縛し手に入れるか、だれにも奪われぬように殺すか、そのどちらかしかあり得ない相手、とも」

「なんだ。それは」

 眉を潜め迦樓羅王が問う。

「そこまで執着を極めると奪って独占するか、だれにも奪われぬように殺すか、どちらかでないと満足できないという意味らしい。俺にも理解できない表現だが」

「確かに。それではまるで」

 言いかけた言葉を濁し、迦樓羅王は二の句が継げず、そのまま俯いてしまった。

 迦樓羅王がなにを言いたかったのか、薄々悟っているラーシャは苦い表情で返答を避けた。

『それではまるで運命に繋がれた相手のようだ』

『生命さえも賭けられるほど焦がれる相手のようだ』

 この伝承を知る者の、ほとんどの感想がそれだった。

 ラーシャも知ったときには、そう思ったものである。

 夜叉の者はそれほどに阿修羅の者に焦がれるのか、と。

 結果的に阿修羅に屈したのは夜叉であった。

 荒ぶる闘神に屈し生涯を捧げたのは夜叉であった。

 その意味をラーシャは知らない。

 闘神と呼ばれる者は元々の気性が荒い。

 戦場での略奪、凌辱はさほど珍しくはない。
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