天則(リタ)の旋律

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第三章 聖戦ージハードー

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「彼の御子は……宿星そのままに騒乱ですね」

 微かな呟きが揺れる。

 振り向いた竜帝の色の変わる瞳に竪琴を奏でる乾闥娑王の姿が目に入る。

 楽師の君が奏でる曲は、

『聖戦ージハードー』

 天界の運命を左右したあの聖戦の曲である。

 阿修羅の御子を偲ぶ曲としては、あまりに暗示的であった。

 妙なる調べに耳を傾けて竜帝は遥かなるよき時代に想いを馳せる。

 二度とは帰らぬ幸福な時代に。




 同じ頃、夜叉族の元へ帰還したラーシャのところへ客人が訪れていた。

 夜叉族の王子帰還の噂を耳にした迦樓羅王である。

 ラーシャの私室に通された迦樓羅王は、甲冑姿ではなく普段着姿であったが、それでも眩しいほどに美しかった。

 長く真っ直ぐに伸びた銀の髪に同じ色の瞳。

 美形で名高い迦樓羅の直系に相応しいその凛とした美貌。

 中性的な印象が強いが、それも当たり前。

 迦樓羅の王族はみなが両性具有体である。

 選ぶ伴侶の性別で己の性別を変化させる類稀な存在であった。

 代替わりしたばかりの若い王で、年齢が近いこともありラーシャとは親しかった。

 幼い頃から姉代わりというか、兄代わりというか、親しくしてくれた迦樓羅王が、実はラーシャの憧れの人なのである。

 迦樓羅王の方はトンとそういう方面には疎いのだが。

 美形を多く排出することで知られる乾闥娑族と並び称される乾闥娑王にも劣らない。

 もちろん部族の王はみなが美形であり、その中でもそういう意味で名高い一族の代表としてではあるが。

 竜帝も羅刹王もみながタイプは違うが類稀な美形である。

 もちろん夜叉を継ぐ王子であるラーシャ自身も。

 向い合わせで腰掛けているとラーシャは、それだけで幸福な気分になれる。

 姫君になればさぞ美しいだろうと、常々思っているが本人に打ち明ける勇気はなかった。

 絶対に逆鱗に触れて決闘騒ぎである。

 それだけはごめんだった。

 向い合わせで座し、杯を片手に迦樓羅王が感慨深げに話しかけた。

「全く。夜叉の君も災難を一身に背負ったものだ。気の毒すぎて慰めも口をついて出ないぞ。竜帝の詐欺師は一体なにを考えているのやら」

 呟いて杯を傾ける。

 かなりきつい酒なのだが、楽々と空けていっているから、ラーシャは多少呆れている。

 大事を控えている身なので、自分では控えながら、同じように杯を傾けて迦樓羅王の言葉に応えを返す。

「そうナーガを責めないでくれないか、迦樓羅王。ナーガはこの託宣には関わっていないんだ。
 本人からそう聞いたし、打ち明けたときに頼まれもしたから。それで責められたらいくらなんでもナーガが気の毒だろう?」

 言いつつ杯を唇に乗せ、少量だけ酒を口に含む。

 今の発言に呆れたのか、グイッと酒を煽ると迦樓羅王が憤ったように言い返した。

「あなたはあの詐欺師に甘すぎる。いくら養育されたからとはいえ、もう少し自分が被った災難に目を向けたら如何か? あの優しげな顔に騙されたら終わりだぞ、夜叉の君」

「あんたほどナーガを目の敵にできなくてね」

 苦笑して口に出された科白に迦樓羅王はムッとしたまま黙り込み、乱暴に杯を煽っている。

 困ったように髪を掻き乱し、ラーシャが独り言のように呟いた。

「竜と迦樓羅の争いにも困ったものだな。もう少し仲良くできないものか。一族の王が仲違いしていては示しがつかないだろうに」

「無理な注文だな。身に流れる血の影響とでもいうか。ほとんど本能で毛嫌いしているんだ。わたしにもどうにもできん」

「宿星に繋がれた天敵、ね。他に意味が隠されているような気はするけど」

 意味ありげに呟かれた科白に迦樓羅王は黙したまま答えなかった。

 ただその眼は夜叉の王子に向けられていて、胸の内では彼の言葉に答えていたけれど。

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