天則(リタ)の旋律

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第三章 聖戦ージハードー

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 長く重い沈黙が続き、ややあってラーシャが竜帝を振り向いた。

 真っ直ぐに彼の瞳を捉える夜叉の王族である証の真紅の瞳。

 そこに秘められた決意に竜帝は無言で対峙している。

 同じ責任を担う対等な立場の王として。

「一族の元へ帰還する。夜叉王を継ぐ正当な後継者として」

「……そうか」

 はっきりと告げられた宣言に竜帝はその一言だけを返した。

 竜帝は彼にかける慰めの言葉を持っていなかった。

 彼が自ら背負うことを決意した重責は、彼の阿修羅王の代行という座であり、実の父を討伐した果てに得る血塗られた王の座である。

 下手な慰めなど口にする権利はだれにもなかった。

 当事者以外は見守るしかない。

「後一族の問題以外にも託宣が下ったが、ナーガも承知のことか?」

「託宣? 知らぬな。なにが下った?」

 いきなりの問いかけに竜帝が怪訝そうに問い返す。

 彼も知らなかったと言われ、驚いた顔になったラーシャが、さっき下されたばかりの託宣を竜帝に告げた。

「天を捜せ、と」

 たった一言の意味に竜帝が微かな動揺を示した。

 天、とは帝釈天を呼ぶときの略称である。

 以前は「帝」とか「天帝」とも呼ばれていたが、現実は実在しないこともあり、概ね「天」と呼ばれていた。

 天族の王を意味する略称である。

 その現在は実在しない帝釈天を捜せとの託宣が下ったと、夜叉の王子は竜帝に報告したのだった。

 しばらく難しい顔をして黙り込んでしまった竜帝に説明を付け足した。

「天の気配が下界から感じられるとの託宣もあった。従って夜叉王討伐で下界に降るなら、それと平行で天の行方も探れと。
 もちろん天を見つけ出すことが叶えば、夜叉王討伐は後手に回されることになるが。
 承知していたわけではないのか、ナーガ? 天の気配が下界に存在することを」
 真っ直ぐに事実だけを問われ、竜帝はため息と共にかぶりを振った。

「確かに下界から幾つもの強い気を感じることはある。人間たちの世界のはずが、現在はあまりに強い気が多く、すこし均衡を崩しつつあることも知っている。
 だが、それが即座に天の気配だとはわたしには思えなかった。
 何故なら複数の気を感じていたからだ。しかも天に劣らぬ気が幾重にも重なって感じられ、判断するには時期尚早と思っていた。
 その中のひとつが天の気配である可能性は否定できないが、動くにはかなりの危険が伴うのも事実。
 もし疑いが事実なら、天にしてからが人として転生している可能性が高い。
 見つけ出したとしてすぐに天帝として覚醒するものかどうかも怪しい。
 そのためわたしは暗黙の了解で、この件には関わっていないのだ。
 それでもそなたに託宣が下ったか。だれの権限によるものやら」

 独り言のように話し続ける竜帝に、ラーシャはこの託宣が抱える問題の大きさを悟った。

 首を傾げて竜帝の疑問に答えを渡した。

 託宣を受けた当人として知り得た事実で。

「星見の長老からだ」

「星見の長老?」

 神々の世界において星見は重要な意味を持つ予見者である。

 聖域とも称された宮に住む世俗から隔離された聖者。

 彼らを総じて「星見」と呼ぶ。

 星見の長老とは彼らの中で最高権力を誇示する老人のことであった。

 天界の最古老でもあり、竜帝とも親しい間柄である。

「あの狸長老はまた厄介なことを独断で」

 苦虫を噛み潰したような竜帝の口調にラーシャは声を殺して笑う。

 星見の長老を相手にそういう科白が言えるのは、天界広しと言えども竜帝陛下以外にはいないだろう。

 旧知の友だからこそ言える科白なのだから。

 どちらにしても竜帝はこの託宣の意味を知っている。

 知っていて黙認していた事件なのだろう。

 つまり危険だが動くだけの価値は、この託宣に秘められていることを意味する。

 危険と紙一重の現実だが、間違いなく帝釈天は下界に降臨しているのだ。

 ただどのような形で転生しているかがわからず、竜帝は動く時期を見合わせていただけで。

 託宣が下ったなら迷う必要もないだろう。
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