天則(リタ)の旋律

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第三章 聖戦ージハードー

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 東天王たちのように「迦陵」や「祗柳」という名は一般的なものである。

 一族の名を冠することが許されるのは歴代の王のみであり、その王子は名を受け継ぐまでは幼名を名乗る。

「ラーヤ・ラーシャ」や竜帝の幼名である「ナーガ・ラージャ」のような響きを持つ名は、一族の世継ぎの王子以外には名乗ることを許されぬ名であった。

 誕生と同時に「ラーヤ・ラーシャ」と名付けられた彼は、生まれながらの夜叉の名を継ぐ存在だった。

 阿修羅王が存在しない今、彼はやがて闘神を統べる座につくことになる。

 闘神として名を馳せた阿修羅王の代行として。

 あまりに重すぎる重責である。

 伝説という十字架をその生まれと同時に背負うことになったラーシャにとっては。




 甲冑のような物を身に纏い、主のいない城の廊下を早足に歩いているのは、まだ幼い夜叉の王子である。

 夜叉の君という異名で知られる彼は、その生まれによって竜帝の近くで育った。

 阿修羅王の代行を努める夜叉王は、その役目が決まったときから、竜帝の近くで養育されるのが唯一の決め事であった。

 竜帝が四大元素を操る現存する最強の王だからである。

 竜帝の下で力を磨き、いつか闘神の王となるべく養育されるのだ。

 ある意味で竜帝が鬼神軍に属していたから可能になった事柄でもあったが。

 竜帝は今は亡き阿修羅王にとって義理の兄に当たる。

 阿修羅王の迎えた妃が竜族の姫君だったのである。

 そのため聖戦においても竜帝は阿修羅王の側についた。

 今となっては公然の秘密である。

 帝釈天の代行も兼ね、城に居を構える竜帝の近くで育ったラーシャが、天空城に詳しいのも当然のことだった。

「ナーガッ。いないのかっ!?」

 声を荒げてラーシャが竜帝を呼んでいる。

 竜帝はただひとりラーシャだけに幼名で呼ぶことを許していた。

 それだけ溺愛されているわけだが、この不遜な呼びつけ方に竜帝が呆れた声を返した。

「そなたは一体どこでそういう言葉遣いを覚えてくるのだろうな。わたしの身近にいてそう口が悪くては、わたしが粗雑だ乱暴だと疑われるやも知れぬな」

 呆れた声に曲がり角を慌てて曲がり、そこに見つけ出した竜帝の姿に、ラーシャが呆れた顔を返した。

 栗色の長髪を背中に垂らし青い瞳をした美青年がそこにいる。

 言わずと知れた竜帝である。

 天界の最長老のひとりのくせに長命種の特徴で、やたらと外見が若い口の悪い竜帝は未だ独身であった。

 妃の候補には事欠かないはずだが、この性格の悪さでは早々身を固めるわけがないと、常々ラーシャは思っていた。

「あんたも相変わらず口が悪い。俺がこういう性格や話し方をするようになったのは、全部あんたの影響だろう。責任放棄してるんじゃないっ」

「忘れてもらっては困るな。竜は気紛れと相場が決まっているものだ、夜叉の君」

 悪びれもせずに言われ、ラーシャがどっと脱力して肩から力を抜いた。

 確かに元来竜族の者はみな気紛れである。

 縛られることをなによりも厭い、気位の高い扱いにくい一族なのだ。

 頂点に立つ竜帝がこういう性格なのは自然の摂理と言う他ない。

 呆れた顔を浮かべ、せめてもの反撃を言ってみる。

「こういう性格じゃあ迦樓羅王が突っ掛かってくるのも当たり前だよな。あの方も気の毒に」

 ラーヤ・ラーシャの言い返しに竜帝は笑っただけで特に言い返しはしなかった。

 確かに竜と迦樓羅は天敵なのだが、今のところ竜帝は迦樓羅王を相手にしていない。

 元々気紛れな竜のこと。

 対立することもあるが、全く意に介さないこともある。

 それに竜帝は確かに気紛れで、自由奔放に振る舞う厄介な青年だが、あまり争いを好まない一面もあるのだ。

 迦樓羅が3代代替わりする間、常に竜帝の座にいた彼が一々歴代の迦樓羅王を相手にしなくなったのは当然かもしれない。

 竜帝は悠々自適に構えているところがあり、迦樓羅王がなにを突っ掛かってこようと余裕で片付けている。

 そうやって片手間にあしらわれる迦樓羅が、悔し紛れに口に出すのが「年寄りのくせして外見だけは若い詐欺師が可愛いげのない」であった。

 このときだけは竜帝は本心から苦笑いを浮かべるのだが。

 ラーシャの憎まれ口に笑ってみせた未だ竜族としては若い竜帝が、表情を改めると夜叉の王子に問いかけた。



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