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第三章 聖戦ージハードー
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しおりを挟む須弥山(しゅみせん)を世界の中心に頂くことで知られている神々の世界。
その実態は伝説に彩られ、決して明らかではない。
多くは人間たちによって捏造された伝承に近い。
だが、神々は実在している。
彼らの頂点に立っていたのは天族の頂点に立っていた王、帝釈天である。
神々は主に八部衆と呼ばれる部族に別れるが、その中でも最も名の知られているのが、帝釈天を頂く天の部族と鬼神と呼ばれ、闘神とも呼ばれる阿修羅族である。
阿修羅族は4人の王を抱くが、その頂点に立つ長がいて、その王を主に阿修羅王と呼んだ。
王が幾人存在しようと纏める者は必要とされる。
それ故に彼の影響力は阿修羅族で最大と目されていた。
また阿修羅王は帝釈天のよき友であった。
どちらもが天を構成する上において重要な役割を担う王である。
お互いに闘神としての荒ぶる魂を秘めているため、だれよりも分かり合うことができた。
だが、あるとき、この天を二分する神々が聖戦を開始した。
天界の歴史で最大の戦いの幕が切って落とされたのである。
一方は帝釈天を主と仰ぐ天軍。
もう一方は阿修羅王を主と仰ぐ鬼神軍である。
この聖戦は日常化するほど長期化したと伝説で語られている。
神々の戦は短期にして終わらず、と、それ以後教訓のように繰り返されるようになった。
詳しくは語られぬ戦の詳細は不明であるが、この聖戦は双方の相討ちで終戦を迎えている。
最後は天を二分した神々の相討ちにて終わったのだ。
このときから天界は帝王不在の時代へと突入する。
長き戦乱の世の始まりであった──────
創世の頃より繁栄してきた部族の名を竜族という。
その頂点に君臨する王を一族の者は竜王と呼び、外部の者は敬意を込めて竜帝と呼んだ。
竜族はそれぞれに四大元素を司るが、歴代で王位を継ぐ者だけが、そのすべてを操る司なのだという。
従って竜王は風、火、水、土のすべてを象徴する司であり、天の要とも言うべき存在であった。
その一点が永続されるかぎり、竜族の繁栄は揺るぎないものなのだ。
遠い昔には竜族は恐れられ、異端とされていた時代もある。
竜族は天界最強と言われるほど力の強い一族であった。
個人、個人が持つ戦闘能力は天界一とも言われていて、それ故に恐れられた時代もある。
だが、あるとき同じ境遇にある阿修羅族の王が竜族に生き残る道を指し示した。
長命である宿命を利点とし、天界の他の部族の王たちを導く存在になれるならば、人々の畏怖の感情は尊敬に変わるだろう。
そう言ったのだ。
指摘した阿修羅王とて闘神としては最強の一族で、それ故に竜族と似た立場にいた。
天界一を競う相手として。
お互いの立場が似ているから出た答えなのか。
これ以後、竜族は竜帝を要として天界要とも呼ばれる立場へと変化していく。
竜族は確かに阿修羅族を省けば、間違いなく天界一と言われる実力を秘めた一族である。
だが、長命のその宿命故に種としての繁栄が難しいという、宿命的な条件も背負っていた。
従って一族の総員数は天界で最低ラインのところにいる。
それでなお天界一と言わしめるほどの実力者揃いだったのだ。
人々に警戒するなと言っても無理である。
人数の圧倒的な不利さを克服して、更には少数精鋭を地でいく竜族は、ほんの一握りの人数で数々の戦いに勝利してきた。
畏怖の対象となるには十分すぎる特徴だった。
もし阿修羅王が妥協案を出してくれなければ、竜族は異端者として追われていたかもしれない。
そうなったら誇り高く気紛れな竜が、それを受け入れるわけもなく、戦が起きるのは必然だった。
もしそうなっていたら今頃、どれほどの犠牲者が出ていたか。
それだけに阿修羅王の指摘には、だれもが感謝していた。
その他の部族に鬼神に連なる戦いを生業とする一族がある。
阿修羅に代表される闘神の部族で他には夜叉や羅刹といった神々が存在する。
それに連なる武将として竜族の天敵と言われる迦樓羅族(かるらぞく)がある。
竜は迦樓羅の守護聖獣である金翅鳥(ガルーダ)を食し、迦樓羅は竜を喰うと言われた天敵同士であった。
但しそれが実際にはどういう意味なのかは杳として知られず、あくまでも一族同士の相性を表現するに止まっていた。
天界に彩りを添える楽士の君の異名を持つ乾闥婆族(けんだっぱぞく)。
部族名を数え上げれば、それこそキリがない。
闘神たちを率いるは代々帝釈天の懐刀とも片翼とも言われた阿修羅王。
その配下の筆頭を名乗るは夜叉王である。
彼が纏めるのが武将として名を馳せる迦樓羅王や羅刹王であった。
乾闥婆王は戦いには赴かず、ただその妙なる調べを奏で続ける。
不思議な調和の保たれていた頃、天は至福の時代を極めていた。
阿修羅王と帝釈天が聖戦を引き起こし、相討ちにて果てるまで。
帝釈天が崩御した後。
天界は統率者を二重の意味で失い、戦乱の時代へと突入していた。
天の覇権を争って戦は尽きることがない。
大局にこそ臨まぬが、いつ果てるとも知れぬ戦いは、頂を得るまでは持続されるとだれもが知っていた。
統べる者が現れぬかぎり戦乱の世は終わらない……と。
世代交代が繰り返されるほどの時代の流れの果てに天界は現在に至る。
帝釈天を一族の主としていた天族は、統率者を求め帝釈天の魂の行方を追っていた。
彼の私軍の将と言われる四天王。
東を護る東天王、南を護る南天王、西を護る西天王、北を守護する北天王の4人である。
東の守神と呼ばれる東天王は最年少の天王であるが、その実力は最強と目される勇猛果敢な勇将として知られている。
苛烈の気性をしていることで有名な少年で、その気さくな人柄故に民からの支持を集めている。
その東天王を支えるのが幼なじみの南天王であり、南の守護は知恵袋の異名を持っていた。
このふたりを東天王、迦陵(かりょう)と南天王、祗柳(きりゅう)と呼ぶ。
天族を代表する武将である。
彼らとは違い天界に属する四天王として帝釈天に仕えていたのが、多聞天、広目天、持国天、増長天の四将軍。
彼らの上位に立っていたのが毘沙門天であり、その武将すべてを率いるのが阿修羅王だったのだ。
東天王を始めとする四天王は、あくまでも天族においての帝釈天・私軍の将なのである。
もちろん実力の問題ではないが。
この縦と横の関係もふたりの帝王の相討ちで意味のないものへと転じた。
帝釈天と阿修羅王。
このふたりの神々はまさに天を統べる覇王であった。
その存在が失われ、天界は混乱の直中にある。
阿修羅王が帝釈天と相討ちで果て残された一族の者は、生誕したばかりの王子を守護しかろうじて生き延びていたが、あるとき、この一族の命運を担う王子が、その行方を闇に消してしまった。
阿修羅族は滅亡の危機を迎え、その消息が掴めなくなったまま現在に至っている。
その骸さえ発見されぬまま、阿修羅族は人々の前から姿を消したのだ。
そうして偉大なる阿修羅王の代行を務めるようになったのが、彼の下に就いていた夜叉王であった。
かつての纏まりを失ったまま、なんとか立て直そうとする神々の努力の甲斐あってか、一応の平定はみているが、未だ戦の火は燻り続けている。
ラーヤ・ラーシャが夜叉一族の王子として生まれたのは、最後の阿修羅の王子が消息を絶って更に何百年かが過ぎた後だった。
現夜叉王を父に略奪された囚われの姫君を母に持つ、生まれながらの夜叉の君としてラーヤ・ラーシャは生まれた。
夜叉の名を継ぐ者として一族の王子だけに許される名を受け継いで。
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