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第二章 新たなる土地で
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認めたくはないが幼児体型なのである。
静羅は中性的で女の子でも通る顔立ちや体格の持ち主だが、結城は下手をすれば中学生でも通る。
そのせいで静羅を引き摺って、じたばたしているところへ甲斐がやってきて、これほどの騒ぎの中でも、まだ夢の住人らしい静羅を抱き上げて逃げたのだった。
後でこれがすべて間違いだったとわかったときには、ふたりしてドッと脱力したものである。
おまけにこれには後日談があって、グラウンドに全校生徒が集まって騒いでいる中、不意にスイッチが切り替わったらしい静羅が、キョトンとした声を上げた。
『あれ? なんかあったのか? なんで俺、こんなところにいるんだ?』
キョトンとそう言って周囲にいて、耳にすることのできたすべての生徒を驚愕の渦に巻き込んだ。
苦労した甲斐と結城などは、締め上げたい気分になったほどだ。
しかも事情を聞いた静羅が一言、言った。
『火災報知器? 鳴った? いつ?』
これを聞いて耳を疑った者は両手でも足りないほどいるだろう。
『大体これのどこが燃えてるって? ガスだって漏れてねえし、それ絶対にだれかのイタズラだって。調べてみろよ。どこにも異常はねえから』
やけに自信満々に言う静羅に、生徒会長として動いた甲斐は、しばらくしてその言葉が正しかったことを知る。
甲斐と結城、ついでに言うなら三枝の、静羅に関する関心を高めるには十分すぎるエピソードだった。
そうして入学式からたった1週間が過ぎようとしているだけなのに、やけに波瀾万丈だったと思わせるのは、静羅がそれだけ変わっているからか。
今日もなんとか静羅から、なんらかの反応を引き出そうと躍起になっている結城は放って、静羅は相変わらず我関せずを貫いている。
それから1日のスケジュールのすべてが済むと、静羅はいきなり帰り支度を始めた。
人との関わりを避けている節のある静羅は、学校が終わるとすぐに寮に帰り、後は部屋から出てこない。
日課のわかっている結城は慌てて静羅を追いかけた。
「ねえ。修羅っ。ちょっとぐらい待ってくれてもいいんじゃない?」
テキパキと動き、寮を目指して上履きを履き替え、更に追い縋る結城を放って歩く静羅という構図は、どういうわけかやけに目立つ。
目前に迫った「5月祭」の準備に追われている甲斐も、週末だけはのんびり過ごすことにしていて、ちょうど下校途中のそんなふたりを見つけ呆れたような顔をしていた。
ここまで注目を集めていながら無視できる静羅はすごい、と。
すこし走ってふたりを追いかけて、声を投げようとしたところで、いきなり静羅が立ち止まり、駆け足で追いかけていた結城が「ぶっ」と声をあげた。
痛そうにしている結城に近付いて甲斐がそっと労る。
そこで静羅が突然、不機嫌そうな声を出した。
「てめえ。一体なにしにきやがった?」
ふたりして静羅の正面に回ると、やけに印象的な二人組が立っていた。
ひとりは顔立ちは整っているのだが、どこか悪ガキがそのまま大きくなりましたといった印象を与える少年。
もうひとりは彼よりはすこし大人びて見え、髪や瞳の色がすこし薄いため、優しげな印象を纏う落ち着いた年上らしい青年。
ニヤニヤと笑う少年と控えめな笑顔を浮かべている青年。
なんとも対照的なふたりであった。
「元気そうじゃん。静羅?」
「本名で呼ぶんじゃねーよ。一体何度言ったら直るんだ、てめえは?」
「相変わらずの毒舌を聞いてホッとしました。お久しぶりですね、静羅さん」
「久しぶりって……俺には10日ほど前に逢った記憶があるぜ、忍?」
「10日も前なら十分昔ですよ」
端正な顔で落ち着きを保ったまま、そう宣う姿は一種の聴覚と視覚の暴力である。
甲斐と結城のふたりは呆気に取られたまま、会話に割り込むこともできなかった。
「どうせあいつの差し金だろ? 入学してまだ1週間だぜ? 過保護にも程があるぜ、ほんと」
うんざりそう吐き出す静羅に、どういう繋がりかは知らないが、少年が屈託なく笑う。
「それだけおまえのことが心配なんだよ、静羅。週末毎に様子を見に行くという条件で成立した話なんだって?
でも、今週はどうしても抜け出せない用事ができたらしくてさ。俺と忍に行ってくれって。
おまえが転出していってからの、あいつの落胆振りは凄かったからな。
あんまり落胆してるから、学園中が騒ぎだすっていう前代未聞の事態を引き起こしたし。ほんと……」
ここまで言いかけたとき、静羅がいきなり声を張り上げた。
静羅は中性的で女の子でも通る顔立ちや体格の持ち主だが、結城は下手をすれば中学生でも通る。
そのせいで静羅を引き摺って、じたばたしているところへ甲斐がやってきて、これほどの騒ぎの中でも、まだ夢の住人らしい静羅を抱き上げて逃げたのだった。
後でこれがすべて間違いだったとわかったときには、ふたりしてドッと脱力したものである。
おまけにこれには後日談があって、グラウンドに全校生徒が集まって騒いでいる中、不意にスイッチが切り替わったらしい静羅が、キョトンとした声を上げた。
『あれ? なんかあったのか? なんで俺、こんなところにいるんだ?』
キョトンとそう言って周囲にいて、耳にすることのできたすべての生徒を驚愕の渦に巻き込んだ。
苦労した甲斐と結城などは、締め上げたい気分になったほどだ。
しかも事情を聞いた静羅が一言、言った。
『火災報知器? 鳴った? いつ?』
これを聞いて耳を疑った者は両手でも足りないほどいるだろう。
『大体これのどこが燃えてるって? ガスだって漏れてねえし、それ絶対にだれかのイタズラだって。調べてみろよ。どこにも異常はねえから』
やけに自信満々に言う静羅に、生徒会長として動いた甲斐は、しばらくしてその言葉が正しかったことを知る。
甲斐と結城、ついでに言うなら三枝の、静羅に関する関心を高めるには十分すぎるエピソードだった。
そうして入学式からたった1週間が過ぎようとしているだけなのに、やけに波瀾万丈だったと思わせるのは、静羅がそれだけ変わっているからか。
今日もなんとか静羅から、なんらかの反応を引き出そうと躍起になっている結城は放って、静羅は相変わらず我関せずを貫いている。
それから1日のスケジュールのすべてが済むと、静羅はいきなり帰り支度を始めた。
人との関わりを避けている節のある静羅は、学校が終わるとすぐに寮に帰り、後は部屋から出てこない。
日課のわかっている結城は慌てて静羅を追いかけた。
「ねえ。修羅っ。ちょっとぐらい待ってくれてもいいんじゃない?」
テキパキと動き、寮を目指して上履きを履き替え、更に追い縋る結城を放って歩く静羅という構図は、どういうわけかやけに目立つ。
目前に迫った「5月祭」の準備に追われている甲斐も、週末だけはのんびり過ごすことにしていて、ちょうど下校途中のそんなふたりを見つけ呆れたような顔をしていた。
ここまで注目を集めていながら無視できる静羅はすごい、と。
すこし走ってふたりを追いかけて、声を投げようとしたところで、いきなり静羅が立ち止まり、駆け足で追いかけていた結城が「ぶっ」と声をあげた。
痛そうにしている結城に近付いて甲斐がそっと労る。
そこで静羅が突然、不機嫌そうな声を出した。
「てめえ。一体なにしにきやがった?」
ふたりして静羅の正面に回ると、やけに印象的な二人組が立っていた。
ひとりは顔立ちは整っているのだが、どこか悪ガキがそのまま大きくなりましたといった印象を与える少年。
もうひとりは彼よりはすこし大人びて見え、髪や瞳の色がすこし薄いため、優しげな印象を纏う落ち着いた年上らしい青年。
ニヤニヤと笑う少年と控えめな笑顔を浮かべている青年。
なんとも対照的なふたりであった。
「元気そうじゃん。静羅?」
「本名で呼ぶんじゃねーよ。一体何度言ったら直るんだ、てめえは?」
「相変わらずの毒舌を聞いてホッとしました。お久しぶりですね、静羅さん」
「久しぶりって……俺には10日ほど前に逢った記憶があるぜ、忍?」
「10日も前なら十分昔ですよ」
端正な顔で落ち着きを保ったまま、そう宣う姿は一種の聴覚と視覚の暴力である。
甲斐と結城のふたりは呆気に取られたまま、会話に割り込むこともできなかった。
「どうせあいつの差し金だろ? 入学してまだ1週間だぜ? 過保護にも程があるぜ、ほんと」
うんざりそう吐き出す静羅に、どういう繋がりかは知らないが、少年が屈託なく笑う。
「それだけおまえのことが心配なんだよ、静羅。週末毎に様子を見に行くという条件で成立した話なんだって?
でも、今週はどうしても抜け出せない用事ができたらしくてさ。俺と忍に行ってくれって。
おまえが転出していってからの、あいつの落胆振りは凄かったからな。
あんまり落胆してるから、学園中が騒ぎだすっていう前代未聞の事態を引き起こしたし。ほんと……」
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