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第二章 新たなる土地で
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初対面では散々貶されたし、こちらも猫を被った状態しか見せていないが、実は甲斐は学園を牛耳るような、圧倒的な存在感を持つ生徒だった。
前生徒会長が三枝薫で、彼が寮長をやることになったので、生徒会長選に出てくれないかと口説かれて、見事当選した強者である。
空手部主将にして学年トップの成績を誇る優等生。
甲斐の前では不良生徒も猫を被る。
が、それだけに無意識に人を威圧してしまう面もあって、甲斐は初対面のときは特にそういうことには気を付けていた。
無意識に相手を威嚇して怯えさせないように。
学校が始まれば静羅もそれを知るだろう。
『この猫の皮を被ったタヌキヤロー』
そう毒づく姿が脳裏に浮かぶ。
「同じクラスだといいのになあ」
アジの開きって食べるの難しい……なんて呟きながら、結城がそんなことを言った。
あの絶世の美少女の外見を持つ静羅の傍に、このマスコットみたいな結城。
想像するとなんだかげっそりする甲斐だった。
「今日も天気がいいよね、修羅?」
ニコニコと話しかけてくるのはクラスメイトの斉藤結城だった。
クラスメイトにして同じ(といっても静羅は特別室なので3年生の寮棟なのだが)寮生ということもあって、どういうわけか、教師陣から静羅の隣の席を仰せつかった相手だ。
入学式の前の事件のせいか、腫れ物でも触るような接し方で、おまけに周囲の生徒もみんな一歩引いている。
そんな中でクラスのマスコット的人気者の斉藤結城が、どうして選ばれたのかというと、一言で言えば生徒会長として、だれもが一目置くあの上杉財閥の後継者、上杉甲斐の従弟だからである。
結城の母親と甲斐の父親が兄妹らしいのだ。
そのせいで子供の頃から、甲斐を慕って大きくなったらしい。
つまり湘南を受験し必要のない入寮をしたのも、すべて甲斐を追いかけてきたせいらしい。
なんだか無邪気に和哉を慕っていた頃の自分を見ているようでちょっと辛い。
入学式から早1週間。
ようやく金曜日がきてくれてホッとしているところだった。
やけに耳許で騒ぐ結城の声は無視して、静羅はボウッとしている。
クラスメイトの評判はそれほど悪くなかったが、静羅がちょっと常識はずれな生徒だったので、実は密かな注目の的だった。
とにかく遅刻せずに登校したためしがなく、登校しても下校時間が近づくまで、どこかボケーッとして過ごす。
そのあいだ彼の傍でなにをしようが、全く反応しない。
あまりに無反応なので一度、結城が玉砕覚悟で静羅の目の前(きちんと彼の視線を確保してから)派手に転んでみせたが、静羅はそれさえも無視した。
まるで目の前でなにも起きなかったみたいな、それは見事なシカトだった。
せめて視線だけでも動けば……と、痛い思いをして転んでみせた結城も、このときばかりは呆れて静羅の美貌を眺めていたものである。
普通人間には条件反射というものがあり、静羅が意図的に黙殺していて、周囲との関わりを断っていたとする。
そういう場合には、結城が派手に注目を集める形で―――意図的であれ―――転んでみせたときには、つい視線が動く。
人の視線というものは動くものに気を取られ、勝手に見てしまう。
この反応は動体視力が優れていたら、もっと顕著だ。
が、静羅は全く動じなかった。
本当に見えていないかのように。
呆気に取られて結城が固まったとき、不意にスイッチが切り替わったように、静羅の表情がはっきりして、そうして目の前で座り込んでいる結城を見て、一言。
『なにやってんだ、おまえ?』
不思議そうにそう言った。
これには当人の結城だけでなく、成り行きを興味津々で見守っていたクラスメイトも唖然とし、しばらくどよめいていた。
事と次第を結城が説明すると、静羅はなんとも説明しづらい顔をしてこう言った。
『あー。そりゃ悪かったな、斉藤。俺ちょっとばかし人より寝起き悪いんだ』
そういう問題かっ!?
と、一斉にブーイングが起こったが、その後もそれ証明するように、静羅は表情がはっきりしたものに変わるまでなにが起ころうと、それこそだれかが間違って火災報知器のスイッチを鳴らしたときでさえ、無反応だった。
このときばかりは結城も焦って、完全無視を貫いている静羅を引き摺って逃げたわけだが。
が、体格では結城は静羅よりも劣る。
静羅だって決して恵まれた方ではないし、女の子と間違えられても不思議はない。
が、結城は違った意味で体格が劣っているのだ。
前生徒会長が三枝薫で、彼が寮長をやることになったので、生徒会長選に出てくれないかと口説かれて、見事当選した強者である。
空手部主将にして学年トップの成績を誇る優等生。
甲斐の前では不良生徒も猫を被る。
が、それだけに無意識に人を威圧してしまう面もあって、甲斐は初対面のときは特にそういうことには気を付けていた。
無意識に相手を威嚇して怯えさせないように。
学校が始まれば静羅もそれを知るだろう。
『この猫の皮を被ったタヌキヤロー』
そう毒づく姿が脳裏に浮かぶ。
「同じクラスだといいのになあ」
アジの開きって食べるの難しい……なんて呟きながら、結城がそんなことを言った。
あの絶世の美少女の外見を持つ静羅の傍に、このマスコットみたいな結城。
想像するとなんだかげっそりする甲斐だった。
「今日も天気がいいよね、修羅?」
ニコニコと話しかけてくるのはクラスメイトの斉藤結城だった。
クラスメイトにして同じ(といっても静羅は特別室なので3年生の寮棟なのだが)寮生ということもあって、どういうわけか、教師陣から静羅の隣の席を仰せつかった相手だ。
入学式の前の事件のせいか、腫れ物でも触るような接し方で、おまけに周囲の生徒もみんな一歩引いている。
そんな中でクラスのマスコット的人気者の斉藤結城が、どうして選ばれたのかというと、一言で言えば生徒会長として、だれもが一目置くあの上杉財閥の後継者、上杉甲斐の従弟だからである。
結城の母親と甲斐の父親が兄妹らしいのだ。
そのせいで子供の頃から、甲斐を慕って大きくなったらしい。
つまり湘南を受験し必要のない入寮をしたのも、すべて甲斐を追いかけてきたせいらしい。
なんだか無邪気に和哉を慕っていた頃の自分を見ているようでちょっと辛い。
入学式から早1週間。
ようやく金曜日がきてくれてホッとしているところだった。
やけに耳許で騒ぐ結城の声は無視して、静羅はボウッとしている。
クラスメイトの評判はそれほど悪くなかったが、静羅がちょっと常識はずれな生徒だったので、実は密かな注目の的だった。
とにかく遅刻せずに登校したためしがなく、登校しても下校時間が近づくまで、どこかボケーッとして過ごす。
そのあいだ彼の傍でなにをしようが、全く反応しない。
あまりに無反応なので一度、結城が玉砕覚悟で静羅の目の前(きちんと彼の視線を確保してから)派手に転んでみせたが、静羅はそれさえも無視した。
まるで目の前でなにも起きなかったみたいな、それは見事なシカトだった。
せめて視線だけでも動けば……と、痛い思いをして転んでみせた結城も、このときばかりは呆れて静羅の美貌を眺めていたものである。
普通人間には条件反射というものがあり、静羅が意図的に黙殺していて、周囲との関わりを断っていたとする。
そういう場合には、結城が派手に注目を集める形で―――意図的であれ―――転んでみせたときには、つい視線が動く。
人の視線というものは動くものに気を取られ、勝手に見てしまう。
この反応は動体視力が優れていたら、もっと顕著だ。
が、静羅は全く動じなかった。
本当に見えていないかのように。
呆気に取られて結城が固まったとき、不意にスイッチが切り替わったように、静羅の表情がはっきりして、そうして目の前で座り込んでいる結城を見て、一言。
『なにやってんだ、おまえ?』
不思議そうにそう言った。
これには当人の結城だけでなく、成り行きを興味津々で見守っていたクラスメイトも唖然とし、しばらくどよめいていた。
事と次第を結城が説明すると、静羅はなんとも説明しづらい顔をしてこう言った。
『あー。そりゃ悪かったな、斉藤。俺ちょっとばかし人より寝起き悪いんだ』
そういう問題かっ!?
と、一斉にブーイングが起こったが、その後もそれ証明するように、静羅は表情がはっきりしたものに変わるまでなにが起ころうと、それこそだれかが間違って火災報知器のスイッチを鳴らしたときでさえ、無反応だった。
このときばかりは結城も焦って、完全無視を貫いている静羅を引き摺って逃げたわけだが。
が、体格では結城は静羅よりも劣る。
静羅だって決して恵まれた方ではないし、女の子と間違えられても不思議はない。
が、結城は違った意味で体格が劣っているのだ。
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