天則(リタ)の旋律

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第二章 新たなる土地で

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『彼は一体何者なんだろうね、上杉? ぼくはどうも絡んだ相手が悪かったというような臭いを感じるんだけど。例えば相手がきみだったときみたいに』

 たしかに甲斐に理不尽に絡んだ場合、その生徒が処罰の対象になるだろう。

 いやがろうとなにをしようと、甲斐が上杉グループの後継者であるという現実は変えようがないから。

 あまりに的確すぎる表現に甲斐はなにも言えない。

 そうしてそれとなくふたりで静羅に探りを入れたのだが、これもまた不発に終わった。

 余程かわすことに長けているのか、静羅は尻尾も掴ませなかったのである。

『あ? このあいだの? ってなんかあったっけ?』

 真顔でわけがわからないといった感じだった。

 これには唖然として、

『おまえはあれだけの乱闘騒ぎを起こしておいて、もう忘れたっていうのか、高樹!!』

 と、突っ込めば静羅は本気でキョトンとして、

『乱闘って……ああ。あのコバエが集ったやつか』

 と、言った。

『コバエ……』

 あっけらかんとそう言われて、温厚で知られる切れ者三枝も唖然としたものだ。

『あまりに些末事だったんで忘れてた』

『些末事だなんてきみ、いくらなんでも負傷者を出しておいて、その言い種はないんじゃないのかい、高樹君?』

『負傷者? なに? あんたらあの程度の、くっだらねえ問題を事件だとでも思ってんの?』

 この不遜な口調にはふたりとも唖然としたまま声もなかった。

 外見にはあまりに不釣り合いな言動。

 何故彼が「修羅」と呼ばれるのか、ようやくわかったような気がした。

『虎と猫の区別もつかねえような阿呆が、どんな無謀な勝負を挑もうが、それは当事者の責任だろ? 大体先に絡んできたのはあっちだぜ?
 俺は売られたケンカを買っただけだ。自分で起こした言動の責任は自分で取る。当たり前のことだろ? ガキでも知ってるぜ、そんなこと。その結果火傷しようが、打ち所が悪くて死のうが、俺の知ったことかよ』

『正当防衛でもやりすぎれば過剰防衛になるんだぞ、高樹?』

『知らねえよ』

 あっさりした口調だった。

 そうして自分の部屋の扉に手をかけて振り向いた。

『仕掛けてきた奴らは全部敵だ。情けをかける義理はねえな。悪いが俺も自分の身を護るので精一杯なんだ。絡んだ相手が悪かったと諦めてもらうしかねえよ。ま。敵にもなりきれないクズだったみたいだから、ちょっとは悪かったかもしれねえけど』

『敵って高樹君……』

『その一言で乱闘騒ぎを起こしておきながら、当事者の一方であるおまえには、なんのお咎めもないことを納得しろって?』

『は? なんで俺が責められないといけないんだ?』

『あのなあっ!!』

『力の差ってものは色んな意味であるんだぜ? 軽く済んでよかったと思ってほしいくらいだぜ。その程度に抑えるの苦労したんだからな、俺も』

 漏らすつもりのない本音だったのか、言った後で「しまった」と言いたげな顔をして、さっさと部屋に引っ込んでしまった。

 追及を恐れて逃げたことは確実だった。

 その後何度もノックしてみたが、居直りを決め込んだのか、静羅は顔を出しもしなかった。

 たぶん最初忘れていたのは本当なのだろう。

 だが、その後を知らぬ存ぜぬで押し通したのは演技だったのだ。

 彼は裏からすべて操っていた。

 どこから絡んだのかは知らないが、処罰がきつくなりそうなのを知って、軽くするために自ら動いた。

 そんなことを言えば不審がられるから知らないフリをしたのだ。

 理解できたときは、さすがに息を飲んだ。

 静羅に絡んだ。

 その事実ひとつで、そこまで問題が大きくなるのもそうだし、それを沈静化させるために動く必要がある、静羅の立場や権力もまた予想外だったので。

 甲斐も似たような立場にはいるが、それでも常識の枠を越えた事態にはならない。

 今度のこれは静羅に対して敵対した者には、弁護する権利もないような、圧倒的な「なにか」を感じたのである。

 それは三枝も感じたのか、甲斐を振り向いて問い掛けた。

『もしかして彼……きみのお仲間じゃないのかい、上杉?』

『いや。あれはおれたちの上をいくと思いますよ、三枝さん。いくらおれが上杉の後継者でも、それこそあいつが言ったみたいに、あの程度の小競り合いで、ここまで事は大きくならないから』

『たしかに常軌を逸している感じはするね』

 なにか心当たりはないのか? と、三枝薫に問われて、甲斐はこのとき、三枝が静羅のことをすっかり財閥関係者だと思っていることを知った。
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