17 / 81
第二章 新たなる土地で
(7)
しおりを挟む
『彼は一体何者なんだろうね、上杉? ぼくはどうも絡んだ相手が悪かったというような臭いを感じるんだけど。例えば相手がきみだったときみたいに』
たしかに甲斐に理不尽に絡んだ場合、その生徒が処罰の対象になるだろう。
いやがろうとなにをしようと、甲斐が上杉グループの後継者であるという現実は変えようがないから。
あまりに的確すぎる表現に甲斐はなにも言えない。
そうしてそれとなくふたりで静羅に探りを入れたのだが、これもまた不発に終わった。
余程かわすことに長けているのか、静羅は尻尾も掴ませなかったのである。
『あ? このあいだの? ってなんかあったっけ?』
真顔でわけがわからないといった感じだった。
これには唖然として、
『おまえはあれだけの乱闘騒ぎを起こしておいて、もう忘れたっていうのか、高樹!!』
と、突っ込めば静羅は本気でキョトンとして、
『乱闘って……ああ。あのコバエが集ったやつか』
と、言った。
『コバエ……』
あっけらかんとそう言われて、温厚で知られる切れ者三枝も唖然としたものだ。
『あまりに些末事だったんで忘れてた』
『些末事だなんてきみ、いくらなんでも負傷者を出しておいて、その言い種はないんじゃないのかい、高樹君?』
『負傷者? なに? あんたらあの程度の、くっだらねえ問題を事件だとでも思ってんの?』
この不遜な口調にはふたりとも唖然としたまま声もなかった。
外見にはあまりに不釣り合いな言動。
何故彼が「修羅」と呼ばれるのか、ようやくわかったような気がした。
『虎と猫の区別もつかねえような阿呆が、どんな無謀な勝負を挑もうが、それは当事者の責任だろ? 大体先に絡んできたのはあっちだぜ?
俺は売られたケンカを買っただけだ。自分で起こした言動の責任は自分で取る。当たり前のことだろ? ガキでも知ってるぜ、そんなこと。その結果火傷しようが、打ち所が悪くて死のうが、俺の知ったことかよ』
『正当防衛でもやりすぎれば過剰防衛になるんだぞ、高樹?』
『知らねえよ』
あっさりした口調だった。
そうして自分の部屋の扉に手をかけて振り向いた。
『仕掛けてきた奴らは全部敵だ。情けをかける義理はねえな。悪いが俺も自分の身を護るので精一杯なんだ。絡んだ相手が悪かったと諦めてもらうしかねえよ。ま。敵にもなりきれないクズだったみたいだから、ちょっとは悪かったかもしれねえけど』
『敵って高樹君……』
『その一言で乱闘騒ぎを起こしておきながら、当事者の一方であるおまえには、なんのお咎めもないことを納得しろって?』
『は? なんで俺が責められないといけないんだ?』
『あのなあっ!!』
『力の差ってものは色んな意味であるんだぜ? 軽く済んでよかったと思ってほしいくらいだぜ。その程度に抑えるの苦労したんだからな、俺も』
漏らすつもりのない本音だったのか、言った後で「しまった」と言いたげな顔をして、さっさと部屋に引っ込んでしまった。
追及を恐れて逃げたことは確実だった。
その後何度もノックしてみたが、居直りを決め込んだのか、静羅は顔を出しもしなかった。
たぶん最初忘れていたのは本当なのだろう。
だが、その後を知らぬ存ぜぬで押し通したのは演技だったのだ。
彼は裏からすべて操っていた。
どこから絡んだのかは知らないが、処罰がきつくなりそうなのを知って、軽くするために自ら動いた。
そんなことを言えば不審がられるから知らないフリをしたのだ。
理解できたときは、さすがに息を飲んだ。
静羅に絡んだ。
その事実ひとつで、そこまで問題が大きくなるのもそうだし、それを沈静化させるために動く必要がある、静羅の立場や権力もまた予想外だったので。
甲斐も似たような立場にはいるが、それでも常識の枠を越えた事態にはならない。
今度のこれは静羅に対して敵対した者には、弁護する権利もないような、圧倒的な「なにか」を感じたのである。
それは三枝も感じたのか、甲斐を振り向いて問い掛けた。
『もしかして彼……きみのお仲間じゃないのかい、上杉?』
『いや。あれはおれたちの上をいくと思いますよ、三枝さん。いくらおれが上杉の後継者でも、それこそあいつが言ったみたいに、あの程度の小競り合いで、ここまで事は大きくならないから』
『たしかに常軌を逸している感じはするね』
なにか心当たりはないのか? と、三枝薫に問われて、甲斐はこのとき、三枝が静羅のことをすっかり財閥関係者だと思っていることを知った。
たしかに甲斐に理不尽に絡んだ場合、その生徒が処罰の対象になるだろう。
いやがろうとなにをしようと、甲斐が上杉グループの後継者であるという現実は変えようがないから。
あまりに的確すぎる表現に甲斐はなにも言えない。
そうしてそれとなくふたりで静羅に探りを入れたのだが、これもまた不発に終わった。
余程かわすことに長けているのか、静羅は尻尾も掴ませなかったのである。
『あ? このあいだの? ってなんかあったっけ?』
真顔でわけがわからないといった感じだった。
これには唖然として、
『おまえはあれだけの乱闘騒ぎを起こしておいて、もう忘れたっていうのか、高樹!!』
と、突っ込めば静羅は本気でキョトンとして、
『乱闘って……ああ。あのコバエが集ったやつか』
と、言った。
『コバエ……』
あっけらかんとそう言われて、温厚で知られる切れ者三枝も唖然としたものだ。
『あまりに些末事だったんで忘れてた』
『些末事だなんてきみ、いくらなんでも負傷者を出しておいて、その言い種はないんじゃないのかい、高樹君?』
『負傷者? なに? あんたらあの程度の、くっだらねえ問題を事件だとでも思ってんの?』
この不遜な口調にはふたりとも唖然としたまま声もなかった。
外見にはあまりに不釣り合いな言動。
何故彼が「修羅」と呼ばれるのか、ようやくわかったような気がした。
『虎と猫の区別もつかねえような阿呆が、どんな無謀な勝負を挑もうが、それは当事者の責任だろ? 大体先に絡んできたのはあっちだぜ?
俺は売られたケンカを買っただけだ。自分で起こした言動の責任は自分で取る。当たり前のことだろ? ガキでも知ってるぜ、そんなこと。その結果火傷しようが、打ち所が悪くて死のうが、俺の知ったことかよ』
『正当防衛でもやりすぎれば過剰防衛になるんだぞ、高樹?』
『知らねえよ』
あっさりした口調だった。
そうして自分の部屋の扉に手をかけて振り向いた。
『仕掛けてきた奴らは全部敵だ。情けをかける義理はねえな。悪いが俺も自分の身を護るので精一杯なんだ。絡んだ相手が悪かったと諦めてもらうしかねえよ。ま。敵にもなりきれないクズだったみたいだから、ちょっとは悪かったかもしれねえけど』
『敵って高樹君……』
『その一言で乱闘騒ぎを起こしておきながら、当事者の一方であるおまえには、なんのお咎めもないことを納得しろって?』
『は? なんで俺が責められないといけないんだ?』
『あのなあっ!!』
『力の差ってものは色んな意味であるんだぜ? 軽く済んでよかったと思ってほしいくらいだぜ。その程度に抑えるの苦労したんだからな、俺も』
漏らすつもりのない本音だったのか、言った後で「しまった」と言いたげな顔をして、さっさと部屋に引っ込んでしまった。
追及を恐れて逃げたことは確実だった。
その後何度もノックしてみたが、居直りを決め込んだのか、静羅は顔を出しもしなかった。
たぶん最初忘れていたのは本当なのだろう。
だが、その後を知らぬ存ぜぬで押し通したのは演技だったのだ。
彼は裏からすべて操っていた。
どこから絡んだのかは知らないが、処罰がきつくなりそうなのを知って、軽くするために自ら動いた。
そんなことを言えば不審がられるから知らないフリをしたのだ。
理解できたときは、さすがに息を飲んだ。
静羅に絡んだ。
その事実ひとつで、そこまで問題が大きくなるのもそうだし、それを沈静化させるために動く必要がある、静羅の立場や権力もまた予想外だったので。
甲斐も似たような立場にはいるが、それでも常識の枠を越えた事態にはならない。
今度のこれは静羅に対して敵対した者には、弁護する権利もないような、圧倒的な「なにか」を感じたのである。
それは三枝も感じたのか、甲斐を振り向いて問い掛けた。
『もしかして彼……きみのお仲間じゃないのかい、上杉?』
『いや。あれはおれたちの上をいくと思いますよ、三枝さん。いくらおれが上杉の後継者でも、それこそあいつが言ったみたいに、あの程度の小競り合いで、ここまで事は大きくならないから』
『たしかに常軌を逸している感じはするね』
なにか心当たりはないのか? と、三枝薫に問われて、甲斐はこのとき、三枝が静羅のことをすっかり財閥関係者だと思っていることを知った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。



【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる