天則(リタ)の旋律

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第二章 新たなる土地で

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 突っ込まれたくないことには突っ込まない。

 そういう自然な気遣いのできる奴らしい。

 実際のところ、校則違反がどうのといっても、所詮は一般人の常識。

 高樹の跡取りの和哉が一言言えば屁理屈は理屈に化けるし、非常識も常識の中に入る。

 そういう意味で兄の力で護られた環境から抜けたかったのも本当である。

『おまえの気持ちは知ってるつもりだよ、静羅。だけどオレはおまえにそういう一面のすべてを捨て去ってほしくない。忘れないでほしいんだ。だから、髪は伸ばせよ。それに似合うんだし、おまえは』

 そう言ったのは幾つの時だっただろうか。

 すべてが変わったのは、あの5歳の誕生日を迎えた後の運命の日。

 遠く懐かしく思い出すあの日。

 そこにすべての始まりがあった。




 特別室は3階にあって、一応最上階に位置することになる。

 3階は所謂特権を持つ者だけが住める階で、言ってみれば生徒会の役員や寮内の役員など、なんらかの肩書きを持つ者ばかりで構成されていた。

 その中でも開校以来一度も使われたことのない特別室というのがある。

 使われたことがないので、当然中がどうなっているのか、そういうことも生徒の興味の的だった。

 くる途中で甲斐に聞いた話によると、例年夏休みに寮に残った者たちで、この部屋の中がどうなっているのかを、寮監の目を盗んで調べる恒例の肝試しがあったのだという。

 それも今年からはできそうにないと笑っていたが。

 二部屋構造になっている問題のその部屋に入ってくると、静羅はすぐに甲斐を追い出してひとりポツンと佇んでいた。

 開けて閉めたばかりの扉に背を預けて。

「和哉の仕業だな。外観と中身が合ってないぜ、この部屋」

 中を見たがる甲斐を追い出しておいて正解だった。

 個人の荷物はあるにせよ、部屋の家具などは備え付けの物を使うのが規則なのだ。

 なのに。

 入ってすぐのところには、フランス王朝を基調にしたらしい優美な家具が、理想的に配置されていて、居心地の良さを最優先させたのがみてとれた。

 後は大きい机や寛ぐためのテーブルや椅子が配置されている。

 勉強部屋といったところだろう。

 一体いつの間にやったのやら。

 頭を抱えたくなる現実として、壁際に設置された書棚がある。

 ありとあらゆる書物が無造作に並んでいる。

 もうひとつの部屋を見ると脱力してしまった。

「おいおい。どこの高校に天蓋付きのベッドが置いてあるんだ? 和哉の奴ブラコンもここまでくると凄いぜ」

 一見すると男の子の部屋か女の子の部屋か判断に迷う。

 何故ならすべてが白で統一されていて、カーテンの類いもすべてレースである。

 天蓋だって女の子を意識させるものだし、これで男子寮だと思えと言われても難しいものがあるに違いない。

 壁にかかっている絵画に手を当てる。

 さりげなく持ち上げればスイッチがあるのが見えた。

 やはり防犯面でも意識されているらしい。

 目立つところにあるスイッチは常にひとつ。

 それだけで本当はどこにスイッチがあるのかわかるようになっている。

「まさかとは思うけど盗聴器なんて仕掛けてねえだろうな、和哉の奴」

 不安になって調べ回ってみたが、とりあえず見つからなくてホッとした。

 やることをすべて終えると急に疲れが出てくる。

 グタッとベッドに倒れ込む。

 見上げた天井はおそらくこれから馴染むだろう馴染みのない天蓋。

 和哉の心尽くし。

「さっき違和感なかっただろうな、俺? 上手く演技したつもりだけど」

 和哉の前以外であれほど上機嫌に喋ったことはない。

 相手が上杉の御曹司だったから、疑いを持たれないために、それなりに演技が必要だった。

 できれば今までのように人と関わりを持ちたくない。

 でも、これまでのように他人を拒絶して排他的で通せるだろうか。

 ちょっと不安になる。

 変わろうと思った。

 変わりたいと思った。

 いつまでも好き放題言わせたくなかった。

 独立できるのだと証明したかった。

 そしてなによりも和哉の重荷だと言われている現実から……逃げたかったのだ。

 自分ひとりくらいどうとでもなる。

 闘うことも護ることも、ひとりならそれなりにやる。

 でも、あの家にいるかぎり、そんな主張は認めてくれないのだ。

 だから……。

「ごめんな、和哉」

 自分にも隠れて他校を受験していたこと。

 もう手の打ちようがなくなってから知らされた現実に傷付いた和哉の顔が忘れられない。

 それでも重荷だなんて言われたくなかった。

 これ以上和哉を縛りたくなかった。

 悔やむこともできない。

 前を見据えて生きていくだけ。

 それだけが静羅に許されたことだった。




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