天則(リタ)の旋律

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第二章 新たなる土地で

(3)

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 兄貴がそっち方面ではそうとう有名人だったので、そういう見分け方には慣れていた。

 それに頭も良さそうだ。

 眼を見れば頭の出来がわかるので。

 私服だから学年まではわからないが、新入生の入寮日に寮にいるところを見ると、なにか役についているのかもしれない。

「おまえ翔南の噂を知らないのか?」

「翔南の噂?」

 手招きされたので、そのまま突っ立っているのも飽きたし、誘われるまま門を潜る。

 なんか鬱蒼としたまるで森みたいな感じがした。

 そのずっと先に3つの建物に別れた寮がある。

 言うまでもないかもしれないが、1年生寮と2年生寮、そして中央にあるのが最上級生のための寮である。

 学年別で寮が違うのだ。

 そういう説明は書類で読んで知っていたが、さすがに有名な高校というべきか。

 そういう寮は普通はありえないらしい。

 大抵は全学年の寮生が、ひとつの建物に纏まって住むもの、らしいので。

 そのくせ、この体たらく……。

 修理ぐらいしたらいいのに……とさすがに呆れていた。

「翔南はなあ、まあ通ってるおれらがいうのもなんだけど、結構な名門だからな。翔南に通うために全国からやってくるんだ。そのせいで生粋の関西人っていうのは少ないんだ。で、おれは関東人。おまえは?」

「ん。どっちかっていうと関東、かな?」

 本音をいえば1年中、日本にいるわけでもなかったので、こういう区別はしづらいのだが、説明する気もなかったので、その一言で終わらせた。

 上級生らしい生徒に案内されるまま歩いているとふと気づいた。

 3年生のための中央の寮は、他のふたつに比べて立派な佇まいをしていることに。

(なるほどねえ。これだけは修理くらいはしてるってことか。だから、特別室もここにあるんだな、きっと)

「新入生だとは思うけど、おまえ、名前は? 名前を聞かないと部屋に案内できないからな」

「あんた寮長とかいう奴?」

「いや。寮長は3年の三枝(さえぐさ)さんなんだが、三枝さんは用事があるとかで、おれに押しつけて消えたんだ。まだ帰ってきてない」

「ふうん。でもさ、人に名前を訊ねるときは、まず自分が名乗れよな、先輩?」

 ニヤッと笑うと意外だったのか、眼を見開いてこっちを見ていた。

 こういう反応には慣れっこだ。

 外見とのギャップが激しいのか、穏やかな初対面というのには縁遠かったので。

「まあそれもそうだな。おれは甲斐(かい)だ。上杉(うえすぎ)甲斐。新2年生。一応、先輩だな」

 甲斐?

 上杉甲斐?

 それってもしかして上杉財閥の?

 たしか上杉グループの会長の孫がそういう名前だったはずだけど。

 そういえば俺よりひとつ年上だって聞いてたっけ。

 そっか。

 翔南に通ってたんだ?

 もしかして……素性、バレるかな?

 ここでは伏せておくつもりだったんだけど。

 まあ一か八か懸けるか。

 俺のことは一応、徹底的に伏せるように、これまでを生きてきたし。

 上杉財閥の会長や社長が、バラしていなければ伝わっていないはずだからな。

 バラしていたら、それなりに報復するか。

「で、おまえは?」

「修羅」

「え?」

 唖然としたらしい相手に皮肉を混ぜた笑みを投げる。

「あだ名だよ。基本的に俺はこっちのあだ名で通してるけど。本名は静羅。高樹静羅」

「静羅? あだ名よりあってる気がするけどな、おれには」

「そのうちわかると思うぜ? どうしてみんなが俺に『修羅』なんて、物騒なあだ名をつけたのかが」

「そうか? 元は仏教の守護神であり鬼神とも言われている阿修羅から取っているんだろう? おれには程遠く思えるけどな。こんなほそっこい腕して背だって低いし」

「一々うるせぇよ。気力が萎えてなけりゃやり返してるとこだぜ」

「気力が萎えてるって……どうして?」

「ちょっとな」

 全く。

 当日になっても、あーだ、こーだと引き留めて、外国へ行くわけでもないのに、自家用ジェットのお世話だったんだ。

 過保護な家族にも困りもんだよな、ホント。

「しかし高樹静羅?」

 歩きながら書類を捲っていた手がピタリと止まる。

「?」

「ああ。今年の新入生総代さまかあ」

「は? なんてった、今?」

「だから、おまえが新入生総代だって言ったんだ。入試ぶっちぎりでトップだったみたいだな、おまえ。全科目満点か。凄いな、これ」

「ちくしょう。聞いてねえぞ。新入生総代なんてっ」

「聞いてないっておまえ」

「いい。後で手を加えてバックレるから、俺は」

「おいおい。生徒会長の前でそういう物騒な発言はやめてくれ」

「生徒会長? アンタが?」

「なりたてほやほやだけどな」

「ふうん」

 しっかしうっかりしてた。

 片割れがいないから、別に手を抜く必要を感じなくて、ついうっかり真面目にやってしまったんだ、入試。

 首席生徒になんてなれば厄介な事態になるのは目に見えてるのに。

 あんまり目立ちたくないし、やっぱり後で理事長に掛け合って、総代は次席の生徒にやらせるべきだろう。

 さすがにこういうのどかな風景の場所で、いきなりピストルやライフルが出てきたり、どこかのスパイが潜り込んできたりしたら、他の生徒たちに悪いしな。

「あれ? おまえって特別室?」

 唖然としたような声がして立ち止まった。

 振り向けば上杉財閥の御曹司が、驚いたような顔で見下ろしていた。

「なに?」

 よくよく確かめてみると新入生だというだけで、1年生寮だと判断されたらしく、道順がずれている。

 今更だが部屋が違うことに気づいたらしい。



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