天則(リタ)の旋律

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第一章 黒い瞳の異邦人

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 その背を追いかけて追い抜いて、腕を掴んだ東夜に静羅が視線を向けている。

「トーヤ」

「遊びであんなことするんじゃないぜ。あいつが見つけてたらどうする気だ。認めないぜ、あいつは。わかってんじゃないのか?」

「おまえが言わなきゃわかんないはずだろ」

 ムッとしたように言い返す静羅の腕を掴んで、東夜が先を促す。

 その背に声が飛んだ。

「あんた、ほんとにだれなんだ……」

 世羅を特別な意味で捉える相手。

 周囲の認識はそんなものだった。

 男女以外にもさっきのような行為が行われていたのなら、もしかしたら誤解されたかもしれない。

 だが、別にモラリストを気取るつもりのない東夜は特に言い訳はしなかった。

「淡白なバカを迎えにきただけの相手さ。後はそっちで適当に考えてくれ。ほら、こっちだ」

「腕、痛いってっ。このバカっ」

 簡単には逃げられないほどの力で引きずられて静羅が怒鳴る。

 その声が遠くなるのを和泉たちは黙って聞いていた。




 静羅が連れ込まれたのはすこし離れた路地裏だった。

 周囲に密着する壁が人の目から隠してくれている。退路は後ろだけ。

 後ろに続く道だけだった。

「東夜」

「おまえは俺らをナメてんのか。なんで俺たちの誘いを断ってまで、あんな奴らの中に混じってんだよ? 言い訳できるもんならやってみなっ」

「俺にはおまえがそんなにキレる理由の方がわからないぜ? おまえは和哉の腰巾着だろうが」

 静羅には関心がないくせにと言うと、信じられないが叩かれた。

 グラサンが飛び、静羅の紫がかった黒い瞳が、驚いたように東夜を見ている。

「本気で言ってるなら、もう一度叩くぜ、俺は」

「イテーよ、バカ」

 うつむいて愚痴る。

「痛いのはこっちも同じだ。どうして俺たちの誘いを断ってまで、あんな奴らに混じってんだよ!!
 おまけに人間嫌悪性のくせに触られてもいやな顔ひとつしない。
 あんな場面みせられたら裏切られたような感じしかしないんだよっ。言い訳できるならやってみろっ」

 落ちて割れたグラサンを拾い上げる。

 それから帽子に手をかけてとった。

 静羅の素顔がはっきりする。

 すると服装こそ見慣れないが、そこにいるのはたしに高樹静羅だった。

「おまえにはバレてるから教えるけど、絶対に和哉には言うなよ」

「いいぜ」

 東夜も和哉を傷つけるような内容なら教える気はなかった。

 和哉の腰巾着という静羅の揶揄は、あながち外れていなかった。

 だからこそ、叩いてしまったのだ。

 静羅を心配する気持ちも本物だったので、その矛盾を責められたら気がして。

「高樹の家がかなりの資産家なのは知ってるだろ?」

「知らなかったらモグリだろ?」

「あの家は……息が詰まる」

「静羅」

「親戚連中は財産目当てだなんて嫌味を言ってくれるけど、俺はそんなものいらないね。
 必要なら自分の力だけで築くさ。ゼロから。でも、あの家にいるかぎり、そんな主張はだれも認めてくれないんだ。
 父さんや母さん、和哉から愛されることが、俺の不当な権利だと思われるから」

「それは」

 考えすぎだと言えなかった。

 静羅を取り巻く環境は決して甘くはなかったので。

「俺がなにを言って、どんなに否定しても、あの家にいるかぎり意味はないんだ。俺は赤の他人のくせに籍もおいてるしな。法的に相続権は認められてる」

 自分は他人だと主張する静羅に、東夜はなにも言ってやれない。

 それは静羅の抱えている秘密の一欠片だった。

 学園では知らぬ者はいないが。

 公然の秘密といったところだろうか。

「それが親戚連中には許せないのさ。高樹の跡取りである和哉の双生児の弟という立場も、小判鮫連中には許せなかったのさ。いつ鳶に油揚をさらわれるかと思うと面白くないんだろうな」

 なにも言ってやれなかった。

 どんなに耐えてきたかわかるから。

「正面きって、邪魔だ、目障りだ、どこかへ消えろって言われつづけてみろよ。いい加減性格だって悪くなるぜ」

「そうだな」

 それだけしか言ってやれなかった。

 静羅の抱える闇の深さを知って。



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