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第一章 黒い瞳の異邦人
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静羅の耳にもよく聞きたくない噂話が耳に入る。
ストレスが高じてすべてぶち壊したくなるときがある。
そんな破壊衝動を抑えるために夜遊びを覚えたのだ。
そのため、家族には内密にしていた。
もちろん和哉にも。
そのときの静羅ほど通り名の修羅が似合うこともないだろう。
切れるような鋭さを秘めた瞳。
その鋭利な雰囲気。
普段のやる気なさげで、どうでもよさそうな静羅とは別人である。
夜に遊び歩く人々の中でも、静羅はドンのような存在だった。
だれもが静羅の気を惹きたがる。
夜のルールはひとつ。
静羅が認めた相手が静羅に関するすべての権利を一夜だけもてるのだ。
その代償はキスひとつ。
それ以上の行為は認めない。
その代わりその夜は静羅のためにかかるお金は、すべてその者が払わなければならない。
従って御曹司の宿命として、現金など持ち歩いたこともない静羅だが、お金には困っていなかった。
これは夜遊びを始めた当初、遊びでファーストキスを奪われ、それ以後はキスぐらいでは動じなくなった静羅が、周囲の奪い合いにげんなりして取り決めたことだった。
だから、だれもがその最初の権利を得ようと、静羅の気を惹こうとするのだ。
「世羅? 本物かよ」
「和泉(いずみ)?」
路地の隅の方に見知った相手がいた。
壁にダラリと背中を預けているのは、夜の遊び仲間、和泉だ。
これも夜の通り名で本名ではない。
「なにやってんだよ、タバコなんて吸って」
近づいていくと微かにアルコールの匂いがした。
「酔ってんのか、和泉?」
「別に。ちょっと一杯引っかけただけだって。それより久しぶりだよな。最近はあんまり見かけなかったのに」
それは静羅の事情である。
教えるわけにはいかないとアルカイックスマイル。
ちぇ、負けたと和泉は軽く上半身を起こす。
彼の隣にあったお酒の自販機を、静羅が軽く蹴っ飛ばした。
すぐにカシャンと音がして静羅が手を差し入れると、缶ビールを取り出した。
「ほら」
しり上がりの口笛を吹いて和泉は受け取った。
「よくまあ毎回、毎回蹴っ飛ばすだけで缶を落とすよな。これだけ成功すると金出して買うのがバカに思えてくる」
「偶然だろ。俺はただ蹴っ飛ばしてるだけだぜ」
缶ビールを一気に煽って、和泉は壁に背中を預けている静羅の横顔を覗き込む。
顔は隠れていて見えないが、かなりの美形なのは間違いない。
素顔が見えないものだろうかと、儚い望みを抱くが、叶えられそうもなかった。
「そういや最近、ちょっと毛色の変わったのが出入りしているらしいぜ、世羅」
「毛色の変わったの? なんだよ、それ?」
「いや、よくわかんねーんだよな、それが。ただ時々、街に現れて徘徊してるんだ。
なにしてんのかは全く不明で、見かけないときになにやってんのかも全く不明。
話しかけた奴もいないから、名前も不明。ただ夜の通り名で黒豹って呼ばれてるけどな」
「黒豹?」
「世羅みたいに群れないんだよ。一匹狼っていうのか? なんかそんな感じ。ミステリアスだって話題になってんだ」
「相変わらずみんな暇なんだな」
呆れ顔の静羅に和泉はちょっと笑う。
「そいつの感じが、なんか世羅に似てるからってのもあるみたいだぜ?」
「変に意味付けすんじゃねえよ、迷惑だ」
吐き捨てる静羅に和泉がクックッと肩を震わせて笑う。
世羅のクールさはポーズではない。
ポーズでは作れないシニカルさがある。
シビアな話題にも危なげなくついてくる。
どんなに危険な話題も世羅にかかると赤子の手を捻るように簡単だ。
そのストイックなクールさが世羅に人々が群がる原因である。
だれも落とせない高嶺の花に焦がれて。
かくいう和泉もそのひとりだ。
世羅だけが血も身体も熱くする。
その感覚をなんて表現すればいいのか、和泉にはわからない。
「なんかこうしてるのも暇だな。どっか付き合わないか? どこかに食いに行かないか?」
静羅のこの問いは今夜の権利に関わることだった。
まさか誘ってもらえるとは思わなくて、和泉がまたしり上がりな口笛を吹く。
ストレスが高じてすべてぶち壊したくなるときがある。
そんな破壊衝動を抑えるために夜遊びを覚えたのだ。
そのため、家族には内密にしていた。
もちろん和哉にも。
そのときの静羅ほど通り名の修羅が似合うこともないだろう。
切れるような鋭さを秘めた瞳。
その鋭利な雰囲気。
普段のやる気なさげで、どうでもよさそうな静羅とは別人である。
夜に遊び歩く人々の中でも、静羅はドンのような存在だった。
だれもが静羅の気を惹きたがる。
夜のルールはひとつ。
静羅が認めた相手が静羅に関するすべての権利を一夜だけもてるのだ。
その代償はキスひとつ。
それ以上の行為は認めない。
その代わりその夜は静羅のためにかかるお金は、すべてその者が払わなければならない。
従って御曹司の宿命として、現金など持ち歩いたこともない静羅だが、お金には困っていなかった。
これは夜遊びを始めた当初、遊びでファーストキスを奪われ、それ以後はキスぐらいでは動じなくなった静羅が、周囲の奪い合いにげんなりして取り決めたことだった。
だから、だれもがその最初の権利を得ようと、静羅の気を惹こうとするのだ。
「世羅? 本物かよ」
「和泉(いずみ)?」
路地の隅の方に見知った相手がいた。
壁にダラリと背中を預けているのは、夜の遊び仲間、和泉だ。
これも夜の通り名で本名ではない。
「なにやってんだよ、タバコなんて吸って」
近づいていくと微かにアルコールの匂いがした。
「酔ってんのか、和泉?」
「別に。ちょっと一杯引っかけただけだって。それより久しぶりだよな。最近はあんまり見かけなかったのに」
それは静羅の事情である。
教えるわけにはいかないとアルカイックスマイル。
ちぇ、負けたと和泉は軽く上半身を起こす。
彼の隣にあったお酒の自販機を、静羅が軽く蹴っ飛ばした。
すぐにカシャンと音がして静羅が手を差し入れると、缶ビールを取り出した。
「ほら」
しり上がりの口笛を吹いて和泉は受け取った。
「よくまあ毎回、毎回蹴っ飛ばすだけで缶を落とすよな。これだけ成功すると金出して買うのがバカに思えてくる」
「偶然だろ。俺はただ蹴っ飛ばしてるだけだぜ」
缶ビールを一気に煽って、和泉は壁に背中を預けている静羅の横顔を覗き込む。
顔は隠れていて見えないが、かなりの美形なのは間違いない。
素顔が見えないものだろうかと、儚い望みを抱くが、叶えられそうもなかった。
「そういや最近、ちょっと毛色の変わったのが出入りしているらしいぜ、世羅」
「毛色の変わったの? なんだよ、それ?」
「いや、よくわかんねーんだよな、それが。ただ時々、街に現れて徘徊してるんだ。
なにしてんのかは全く不明で、見かけないときになにやってんのかも全く不明。
話しかけた奴もいないから、名前も不明。ただ夜の通り名で黒豹って呼ばれてるけどな」
「黒豹?」
「世羅みたいに群れないんだよ。一匹狼っていうのか? なんかそんな感じ。ミステリアスだって話題になってんだ」
「相変わらずみんな暇なんだな」
呆れ顔の静羅に和泉はちょっと笑う。
「そいつの感じが、なんか世羅に似てるからってのもあるみたいだぜ?」
「変に意味付けすんじゃねえよ、迷惑だ」
吐き捨てる静羅に和泉がクックッと肩を震わせて笑う。
世羅のクールさはポーズではない。
ポーズでは作れないシニカルさがある。
シビアな話題にも危なげなくついてくる。
どんなに危険な話題も世羅にかかると赤子の手を捻るように簡単だ。
そのストイックなクールさが世羅に人々が群がる原因である。
だれも落とせない高嶺の花に焦がれて。
かくいう和泉もそのひとりだ。
世羅だけが血も身体も熱くする。
その感覚をなんて表現すればいいのか、和泉にはわからない。
「なんかこうしてるのも暇だな。どっか付き合わないか? どこかに食いに行かないか?」
静羅のこの問いは今夜の権利に関わることだった。
まさか誘ってもらえるとは思わなくて、和泉がまたしり上がりな口笛を吹く。
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