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第一章 黒い瞳の異邦人
(1)
しおりを挟む3年生の卒業も間近な東城大付属中学。
生徒の自主性を重んじる学校で、小学部の頃から生徒会のようなシステムが生きている。
他の学校では生徒会長と呼ばれる役職は、生徒総長と呼ばれ一種のエンブレム的な要素を持っていた。
小学4年からなれる生徒総長を中学1年の頃まで歴任。
2年生になったときには「飽きたから」の一言で辞退したが、後釜になった生徒に泣きつかれ、副総長をやった高樹和哉(たかぎ かずや)。
彼の双生児の弟、高樹静羅(たかぎ せいら)。
彼がこの物語の主人公である。
長い黒髪は背中にまで届き、細い肩は少女のよう。
いつもは紫がかった黒い瞳を伏せて、机の上で眠っている。
H/Rすらサボり堂々とだ。
彼を捜していた双生児の兄、和哉は自分のテリトリー内の生徒総務室で、堂々と居眠りを決め込む姿を発見して呆れていた。
和哉は静羅と比較すれば体格にも恵まれ、顔立ちも整っていて、長いあいだやっていた役職の影響か、優等生ぽい雰囲気の少年である。
が、髪と瞳の色素は薄く、どこか茶色がかっている。
そのせいか軽薄な美少年と言われても不思議はない。
しかし不本意でも長いあいだやってきた役職のせいで、自然と優等生的な雰囲気が身に付いている。
そのおかげで、そういう誤解はされずに済んでいた。
和哉は文武両道に優れた本物の優等生である。
というのも幼い頃から、殺人術と言っても過言ではないほどの、厳しい訓練を受けてきたせいなのだが。
比較して静羅はなんの武術の訓練も受けていない。
体格も少女と大して差がなくて、和哉の弟とみるなら、かなり違和感があった。
似ていないのだ。
美貌は静羅の方が群を抜いているが、それ以外の要素で男として兄に劣っているのである。
実際のところ、その手の才能では決して兄に後れをとるものではないのだが。
頭脳も天才と呼んで差し障りなく、順位はいつも兄に次いで第2位だが、点差はたった1点。
まるで静羅が点数を選んでいるかのように、ふたりの点差はいつも1点なのである。
無意識の静羅の遠慮を知るだけに、和哉は複雑な気分になる。
しかし無意識に眠ってしまったんだろうが、果たして起きてくれるだろうか。
静羅が昼寝をしたことはなくて不安になる。
「静羅。おい、静羅。起きろよ。授業も抜け出して、こんなところで寝てるんじゃないって」
何度か声をかけて肩を揺すったが、やはり起きない。
朝だって静羅を起こすのに並大抵じゃない努力が必要なのだ。
静羅の登校に合わせて起こしているから、大抵、通学の3時間前には静羅を起こす。
そのせいで和哉の起床時間は平均して朝の4時30分だった。
5時に静羅を起こさないと、まず平均的な学園生活は望めないので。
静羅は起きてからも2時間くらい人形みたいだし。
ここでそうなったらどうしようと和哉は焦ったが、そんなに深くは眠り込んでいなかったのか。
それともただ単に和哉をからかっていたのか、静羅がゆっくりと瞳を開いた。
夕陽が射し込んで紫色に輝く黒い瞳が、じっと和哉を見上げている。
少女的なその美貌に見詰められ、和哉はドキンとする。
「和哉」
嬉しそうに名を呼ばれ、何故かいつも通りの弟の態度に、和哉はドギマギする。
胸の動悸を悟られまいと、わざと呆れた顔を作った。
「なんでこんなところで寝てるんだよ、静羅? 捜したじゃないか」
「寝てた、俺?」
「寝てた。しっかりと」
言われて欠伸を噛み殺しつつ、静羅が上半身を起こした。
「そっか。寝てたのか。ついウトウトしちゃったな」
言ってから立ち上がる。
その手にはすでにカバンが握られていた。
「和哉は高等部にあがる際の受け継ぎは済んだのか? たしか期日は今日までだと思ったけど」
「とっくに終わらせたよ。今日はおまえに付き合う約束をしてただろ? 卒業祝だ。なんでも言うこと聞いてやるよ。なにがしたい、静羅?」
「特にしたいことってないんだけどな……」と、静羅は声に出さずに呟いた。
和哉の気遣いはありがたいが、静羅は中学の卒業にこれといって感慨を抱いていない。
まあ隠していることはあるけれども。
そういう意味で和哉に付き合うつもりになったのだ。
彼とこうして過ごせるのも、もう最後だから。
そのことを和哉が指摘しないってことは、まだバレていないということだろう。
もうすこしのあいだバレないでくれと、静羅は祈った。
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