千夜一夜

文字の大きさ
上 下
84 / 84
第十九章 忠誠心と本心の狭間で

(1)

しおりを挟む
 第十九章 忠誠心と本心の狭間で



「ただいま。叔父さん。時間内に帰ってこれたよな?」
 リドリス公の城にフィーリアを送り届けると、もう時間がなかったので、フィーリアにリアンへの伝言を頼んで帰城した。
 そのときリドリス公がいなかったので、王城に向かったんだなと判断して。
 帰城してから執務室に顔を出せば、そこにはケルトの傍らに右腕である宰相リドリス公が控えていた。
「先程は娘たちのために、わざわざお出向きくださり、ありがとうございます。アルベルト殿下」
「当然のことをしただけだよ。元はと言えば原因は俺みたいなものだし」
「それでも殿下は、きちんと動いて下さった。私には感謝の気持ちしかありません。本当にありがとうございました!」
「リドリス公」
 アベルが困っているとケルトが割って入った。
「なんだか顔色がよくないようだが、向こうでなにかあったのか?」
「娘たちがなにか失礼でも?」
「いや。リドリス公のところではなにもなかった」
「それは他で何かあったという意味か?」
 やはりケルトはアベルに関しては鋭い。
 アベルは図星をさされて、扉に凭れ掛かると口を開いた。
「フィーリアの養子縁組の報告と婚約の報告に教会に行ったんだ。そうしたらエル姉が」
「エル姉?」
「あ。ごめん。シスターエルがって言ったほうが早いかな」
「ああ。あの怪盗をやっていた女性か。それで?」
「もうひとり候補に入れてほしい人がいると言ってきて」
 この発言に対して反応はなかった。
 ただふたりとも難しい顔になっている。
 アベルは気を遣いながら発言を続けていく。
「フィーリア以外にも俺を好きでいてくれた人がいたらしくて、その人を候補に入れてほしいって。職務の関係上で気持ちを封じるしかないのは可哀想だって」
「もしかして近衛騎士のマリンか?」
「もうバレた? 俺も相手がマリンだとしたら、俺への好意を無視して、その上で妃たちの護衛をさせるのは気が咎めるというか」
「アルベルト。そなたはもしかして押しに弱いのか? 当人からであれ、周囲からであれ、好意を寄せられると断れないのか?」
「全く知らない人とか、邪な魂胆の人なら簡単に断れるよ」
「つまり最低限友人と呼べる相手からの好意を断ることはできないということか」
「ただマリンの件は簡単な気持ちで、動いてはいけない気がした。マリンを側室に迎えたら、警備体制が大きく崩れてしまうから」
「そうだな。マリンを側室に迎えたら、問題しか残らない。マリンには悪いが」
「さっき俺は押しに弱いって叔父さんは言ったけど、今回の件は相手がマリンじゃなかったら迷ってないよ。さっきも言ったけど、マリンが本気で俺を想ってくれている場合、その気持ちを無碍にして、妃の護衛をさせるのは、良心が痛むというか」
「まあそれは治世者の傲慢というか、その類の問題だからな」
 ケルトの言っていることも尤もで、アベルは部屋の奥のケルトの執務机に近付いた。
「レイやレティに気付かれず、この問題を片付ける方法がないかな? シドニー神父の言葉を借りれば、どんな形であれマリンの気持ちが片付いて、側室に迎えるにしろ、振るにしろ、ね。その上で彼女が魂を注いでいる仕事と両立できれば、俺も気が楽なんだけど」
「難しいことを簡単に言うな。リドリス公。なにか良い作戦はないか?」
「私に振るんですか? そうですねえ」
 話を振られたリドリス公は、暫く考え込んでから、アベルに確認した。
「殿下はどう収まれば納得できるのですか?」
「俺が納得? え? マリンじゃなくて?」
「幼馴染につらい想いをさせて、自分だけ幸せになるのが、居た堪れない。そういうお話なのでは?」
「え? 俺の自己満足の話? いつそうなった?」
 アベルがオタオタしているとリドリス公は、まだ続けた。
「殿下は色々小難しく仰ってますが、要は彼女を傷付けたまま幸せになるのが、良心が痛んで仕方ない。そう聞こえましたけど?」
「あ。要約するとそうなるのか? つまり俺の自己満足の話なのか?」
 混乱するアベルを見かねてケルトが割って入る。
「まあそういう一面がないとは言わないが、誰かを傷付けて自分だけ幸せになるのが、心苦しいというのは、誰でも考えることだ。あんまり考え過ぎないほうがいい」
「う、うん」
「しかもマリンの職務は、妃たちの護衛。余計に気になるだろう。それは仕方がない話だ」
 ケルトの気遣う言葉に、アベルは少し救われた気がした。
 でも、そうか。
 自己満足か。
 そうとも取れるのか。
 マリンのことばかり意識していたつもりだが、半分くらいは自己満足のためだったんだな。
 人間とはなんと身勝手なんだろうか。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...