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第十八章 恋心と嫉妬の戒め
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世継ぎの部屋へ招き入れられたフィーリアは、出て行くとき見送ろうと立ち上がったアベルに、思い切って近付いた。
「お兄ちゃん」
「お兄ちゃん?」
一言注意されてフィーリアは照れながら名を呼んだ。
「アル様」
注意したら愛称呼びされて、少しアベルは驚いた。
アベルを愛称呼びした令嬢は、フィーリアが初めてだったから。
「あのね、返事を聞く前にこんなことを言うのは狡いかも知れないけど、返事が拒絶だったとき、潔く諦められるように、ひとつだけお願い聞いてくれない?」
「最初から随分自信がないんだな」
「王女様がたやリアンと違って、妹という認識が良くない方向に働くことはわかってるから。断られる可能性が高いことは覚悟してるもの。だから、断られたときの初恋の想い出が今欲しくて。ダメ?」
フィーリアの不安な気持ちはアベルにも理解できたので、暫く悩みはしたものの、やはりフィーリアの我儘は無視できず頷いた。
「で? 叶えて欲しい願いってなに?」
「こんなこと女の子のほうから口にしたら、はしたないって思われるかも知れないけど、断られたとき見知らぬ貴族と結婚しなくちゃいけないから、それがリドリス公爵令嬢になったあたしの運命だから、後悔しないようにあの、その」
随分長い前置きだなあとアベルも思ったが、聞いている内にアベルも、どうして不安になるのか理解した。
アベルがフィーリアを振った場合、フィーリアは好きでもない男と政略結婚させられる?
思わず顎に手を当て悩んでしまう。
「‥‥‥欲しいの、アル様。? アル様? 聞いてる? お兄ちゃん!」
「あっ。ごめん。考え事してた。なんだっけ?」
「もう! 女の子にこんな恥ずかしいこと二度も言わせないで! もう一度言うけど、その代わり拒否はなしだからね!」
「あ、うん。わかった」
頷くしかなかった。
どうやら相当恥ずかしいお願いだったようだ。
無視した形になり悪いことをした。
でも、拒否はなしって退路を断たれた気分。
どんな恥ずかしいお願いなんだろう。
ドキドキしつつ待っているとフィーリアが真っ赤な顔で囁いた。
「‥‥‥キス、してほしいの。あたしのファーストキスはアル様がいいから。高望みかな」
これは意外だった。
アベルもファーストキスはまだである。
その相手は多分レティシアかレイティアのどちらかだろうと思ってきた。
フィーリアがリドリス公爵令嬢となり、こうして再会したこと自体意外だったが、なんだかアベルを巡る恋敵にとって、フィーリアはとんだ伏兵ではないだろうか?
なにしろ拒否できないのだから。
暫く悩んで赤い顔で迷っていたが、こんな恥ずかしいお願いを女の子から二度も言わせてしまった手前、拒否はしづらい。
どうしようか悩んでると、断られると思ったのか、フィーリアが泣き出しそうな顔をした。
「泣き虫なところは変わらないな、フィーリアは」
「だって‥‥‥んっ」
抗議しようとしたら、いきなりキスされて、フィーリアも瞳を閉じた。
「告白された以上真剣に考えるから、あんまり悪い方へ考えるな。わかったか?」
「‥‥‥うん」
「それから今のキスは、受けるか断るか、答えが出るまではカウントしない。いいな?」
「答えが出たら、どちらの答えであってもカウントしてくれるの?」
「ふたりだけの秘密だけどな。叔父さんとリドリス公爵が怖いから」
恋人でもなく婚約者でもない未婚の令嬢に、隠れてキスしたらやはり問題なので。
フィーリアが泣きそうだったから、つい条件反射的に体が動いたけど。
「叔父さんに報告したら、近くリアンを訪ねるよ。だから、フィーリアも無理するなよ?」
「ほんと? ありがとう! お兄ちゃん! ううん。アル様!」
「ほんとにリアンが大事なんだな、フィーリアは」
「だって大事な姉様だもの」
「やっと掴んだ幸せなんだ。家族を大切にしろよ、フィーリア」
「うん!」
「それからエル姉やシドニー神父には報告したのか?」
「あ。リアンのことで頭がいっぱいで勝手に決めたから、相談もしてない。どうしよう」
「切れ者の公爵のことだから、きちんと報告して、養子縁組の手順も守ってると思うけど、フィーリアの口から、きちんと報告したほうがいい。もう逢えなくなるなら尚更」
「うん。約束するよ、アル様」
「礼儀作法もうちょっと頑張るように。仮にも公爵令嬢なんだから」
「もう! お兄ちゃんの意地悪!」
それだけ叫ぶとフィーリアは飛び出していった。
途端座り込むアベルである。
その顔は真っ赤だ。
「あー。恥ずかしかった。なんとか兄貴として体裁を繕えたかな」
アベルだってファーストキスである。
緊張だってするし。
恥ずかしさも感じる。
フィーリアだから妹だから、頑張ってみただけだ。
物凄く照れてることを気付かれなくて良かった!
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