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第十四章 秘められた想い
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しおりを挟む第14章 秘められた想い
その日リアンは久々に宮殿を訪れていた。
親友の王女たちはなにか最近忙しいらしく、中々リアンと逢う暇もないという。
そのせいでひとりで過ごすことが多く、こうして宮殿まで逢いに来たという次第だ。
侍女に案内されていくと王女たちがいると言われた部屋からは優雅な音楽が流れていた。
「? ダンスでもされているのですか?」
扉に手を掛けた侍女に問いかければ、侍女は微笑ましそうな笑顔を見せた。
「アルベルト殿下の舞踏のレッスンに王女殿下方が付き合われていらっしゃって」
「まあ。アルベルト様の舞踏のレッスンですか?」
意外だった。
まあ彼の育ちを思えば踊れなくても不思議はないのだろうが。
そのせいで忙しいと言われていたのだろうか?
戦争が終わった半月後くらいだろうか。
そのくらいから王女たちは多忙だと言っていたのだが、だとしたらもう半月以上はレッスンを続けていることになる。
だったら少しは上達しているだろう。
そう思って案内されるまま部屋に足を踏み入れると、レイティア殿下の叱りつける声が響いてきた。
「アル従兄さまっ!! 何度言ったらおわかりになるのっ!! 腰から手を離さないで!!」
キョトンと覗き込めば、どうやら現在はレティシアがダンスのパートナーで、レイティアはコーチらしかった。
怒りの形相でアベルを睨んでいる。
アベルは一応レティシアの腰に手を当ててはいるが、どう見ても不自然な体勢だった。
極力身体を離そうとしているらしく、妙な距離を空けているのだ。
ダンスのパートナー同士があんなに離れている場面なんて初めて見るかもしれない。
申し訳程度に腰に手を当てられているだけで、身体はかなり離れている。
腰に手を添えているだけと言った方がよさそうだ。
あれでは踊れないだろう。
「だからあ。これ以上くっつけないってば、レイ」
アベルは赤い顔で文句を言っている。
「何度言ったらおわかりになるのっ!? 右手はこうっ。左手はこうっ」
そう言ってさっさとポージングを決めさせるレイティアに自動的にダンスのときの態勢にされたアベルは、真っ赤になって慌てて後ずさった。
「アル従兄さま。わたしが相手だとお嫌なの?」
逃げられたレイティアが泣き出しそうな顔をしている。
そうじゃないとアベルはプンブンとかぶりを振った。
(だってこれ以上くっついたら、絶対にっ。胸が当たるだろっ!? なんだってダンスはこんなにベッタリ身体を密着させるんだよっ!! 触る気がなくても触ってるのとおんなじだってっ!! おまけにダンスのときのドレスって妙に露出高いしっ!!)
アベルは内心で冷や汗を掻いている。
これがふたりの気持ちを知る前なら、まだ意識しなかったかもしれない。
だが、本人から言われたわけではないとはいえ、父親であるケルト叔父が見抜いたほどだ。
ふたりのアベルに対する気持ちはほぼ間違いないのだろう。
それで身体をこれだけ密着させて意識するなと言われても無理だ。
アベルはレティシアが相手のときだけでなく、レイティアが相手のときですら、ろくに密着していられない。
赤くなってすぐに身体を離してしまうので、最近ではレティシアが鬼のような形相で怒るようになっていた。
アベルは「慎みはどこいった?」とひとり黄昏ている。
「とにかくっ。もう一度最初からっ」
ジーっと睨まれて仕方なくアベルはレティシアに近付いた。
恐る恐る手を取って片手を腰に回す。
しかしそれ以上近付けない。
固まってしまうアベルを見て、思わずリアンはクスッと笑ってしまった。
その声に3人が振り返る。
「リアン?」
3人が同時に声を出してリアンは優雅に近付く。
「アルベルト様もお年頃ですわね」
「なに言い出すんだよ、リアン」
「だってその赤いお顔で証明されてますわ。レティシア様に触れるのがお恥ずかしいのでしょう? 例えダンスとはいえ」
指摘されたアベルは慌ててふたりから顔を背ける。
耳まで赤く染めるアベルを見てレイティアもレティシアも脱力してしまった。
今時の貴族の子弟ならダンスぐらいで相手を意識しない。
常識だからだ。
まさか触れるのが恥ずかしくて、それで近付けなかったなんて思わなかった。
これでは上達しないわけである。
「わたしたちの手に負えるのかしら?」
「姉様。さすがにそこまで呆れるのは従兄さまがお可哀想よ」
「だって仮にも世継ぎの王子がダンスごときで、女性を意識してろくに踊れないってどうなの?」
「いや。そこまで呆れられると俺も年上としての面子ってものが丸潰れなんだけど?」
「年上だって自覚があるなら、もっと余裕を持って女の子をリードしてください、従兄さま。それも殿方の役目です」
「う~」
アベルはいじけている。
こういうところはアベルらしいなとリアンが笑った。
「わたくしならどうですか、アルベルト様?」
「リアン? なんで?」
「わたくしなら妹代わりだったフィーリア様と同じ歳ですし、まだ子供です。それほど意識なさらないのでは?」
「確かに……リアンは子供だけど」
アベルはうーんと唸っている。
確かに18になるレイティアたちと15に過ぎないリアンとでは意識するレベルが違う。
特に15といえば妹代わりだったフィーリアと同じ歳だ。
それで意識はしない。
有効かなあ? とも思うが、レイティアたちの反応が気になって頷けない。
それにこれはリアンには言えないが、レイティアもレティシアもプロポーションはかなりいい。
いつだったかケルト叔父が自慢していたが、ふたりとも女性として魅力的なプロポーションをしていた。
だが、比べるのは可哀想だが、成長途中のリアンでは最初から勝負にならない。
リアンは発育が遅いタイプなのか。
未だに子供体型なのだ。
胸も比較にできないサイズだ。
これで意識していたらアベルはロリコンの変態である。
3人を比較した場合、顔立ちでは劣っていないが、体型ではとても勝てないリアンなのである。
だったら意識しないかも、と、アベルは自分でも納得した。
「はあ」
レイティアがため息をつけば、レティシアも複雑そうな吐息をついた。
「なに?」
アベルが困惑顔をふたりに向ける。
このところのダンスの時間の失態のせいで、すっかりふたりに頭が上がらなくなっているアベルなのである。
「従兄さまがなにを考えているか丸わかり」
「なんて言うか。リアンが可哀想」
レティシアが染々と言う。
3人を見比べながら納得なんてされたら、話題が話題だったのだ。
アベルがなにを考えたかなんて3人にも筒抜けである。
さすがにリアンが可哀想になって、ふたりは彼女を見たが、彼女は子供らしくニコニコと笑っているだけだった。
なにを言っているのかわからないと訴えるその笑顔に、レイティアはふと不安になる。
リアンはこれほど呑み込みの悪い女の子だっただろうか?
今の話の流れなら、なにを考えていたかわかって拗ねそうだと思うのに。
幼児体型を気にしていたのはリアンの方だから。
(リアン。なにを考えているの?)
不安になったがリアンの笑顔からは、彼女がなにを考えているのかは読めなかった。
それからのダンスの時間は、リアンがパートナーを務めることで、なんとか進んでいった。
アベルも子供体型のリアンでは、さほど意識しないのか普通に振る舞えたので。
それにアベルは元々の職業柄の影響で、芸術方面は得意なタイプなのだ。
リズム感も抜群だし運動神経もいい。
それでダンスが苦手なわけもなく、これまで上達しなかった理由は、パートナーの女性を意識しすぎるせいだった。
その欠点を克服することはできていないが、一時的に解決策を見出だしたことで、アベルのダンスの腕前はグンと上がった。
その報告をふたりの娘から受けたケルトは思わず笑い出してしまったが。
「なんていうか。本当に奥手だな、アルは」
「奥手なんてものじゃありませんわ、お父さま」
「リアンみたいな体型の令嬢ばかりがパートナーとは限らないんですよ? なのに従兄さま、少しでも意識する年齢の女性だとまるっきり普通に踊れなくて」
その証拠にリアンからパートナーを代わると、レイとレティのときは未だにカチンコチン。
まるでお話にならない。
これでは根本的な解決にならないではないか。
「だがなあ。それはたぶんそう簡単には克服できない欠点だぞ?」
「どうしてですか?」
「アルベルトはこれまで女性を異性として意識したことがなかった。単なる仕事の相手くらいの認識だったんだ。だから、意識しなかった。だが、これからはそういうわけにはいかない。彼が向かい合っていかなければならないのは異性としての女性だ」
「それはそうね」
アベルにとってどんな女性も、吟遊詩人としてのお客に過ぎない。
だから、意識せずに振る舞えた。
どんな危なげな会話も平気な顔でこなせた。
だが、王子としての彼がこれから向かい合うのは伴侶とするべき令嬢。
異性としての女性なのだ。
急にそんな現実を突き付けられて、アベルは戸惑いどうしても意識せずにはいられないのだろう。
「思えば従兄さまって吟遊詩人なんて危なげな職業なんてなさっていた割りになんていうか」
レイティアが言葉を濁せば、ケルトはあっけらかんと口にした。
「女性で言う初心なタイプだろう? おそらく口付けの経験もないはずだ」
ズバリ言われてふたりが赤くなる。
実はふたりも大事に育てられた姫君なので、当然だが口付けの経験はない。
子供の頃は密かに憧れていた。
清廉な騎士に口付けされる日を。
だが、年頃になってくると違う夢を見るようになった。
経験豊富な男性にスマートにリードされたいという夢を見るようになったのだ。
それは年下の貴族の子弟たちの、覚束ないリードを見てきたせいもあったかもしれない。
恋人にするなら経験豊富な男性がいい。
ふたりともそう思っていた。
だが。
ある日出逢って心を奪ったのは、まるで正反対の男性だった。
これが男性の反応かと疑うほどに世間知らずな反応を返し、女性に対しての免疫もない。
仕事としてなら幾らでも経験豊富に振る舞える。
だが、素顔の彼は大人ではない。
そんな二面性を秘めた男性を好きになってしまった。
職業的に経験しようと思えばできた人を。
だから、ずっと気にしていた。
経験はあるのだろうかと。
でも、深く付き合えば付き合うほど、深く人柄を知れば知るほど、とても経験しているように見えなくて、ふたりの夢もいつからか変わってきていた。
お互いに触れ合うだけで幸福になれるような、お互いに初めての口付けを交わしたい。
そんな夢を見るようになったのだ。
推測とはいえ、それを肯定されたのである。
ふたりともちょっと嬉しそうだった。
「ただなあ。他の令嬢たちはともかくふたりに対しても、意識しすぎてろくに踊れないというのは、さすがに困るな」
「「お父さま?」」
「実はな、今度のお披露目でふたりをアルベルトの妃候補として、正式に発表しようかと企んでいるんだ」
これには答えるべき言葉がなかった。
元々言われていたことだから覚悟はしていた。
だが、姉と妹と婚約者を奪い合うと思えば、ふたりとも複雑な気分になる。
「これはアルベルトが認めたら、という話だから、まだ確実なことじゃないんだ。それでも一応確認を取るが……ふたりはアルベルトが相手では嫌か?」
「そんなことは……」
「ありませんけど……」
ふたりとも言葉を濁す。
姉妹で争いたくない。
その言葉を飲み込んで。
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