千夜一夜

文字の大きさ
上 下
36 / 84
第十章 嘘と真実

(3)

しおりを挟む
「これはな、どこにも留め具がなく溶接の痕もない。普通は嵌められない腕輪なのだ。おまけにこれを与えられるのは継承者が3歳のとき。当然だがそのあと、当事者は成長する。それに合わせて腕輪も大きくなるのだ」

「「そんなバカな……」」

「だが、事実だ。ではふたりに訊くがな? アルベルトが腕輪を外している場面を見たことがあるか? 小さい頃から肌身離さず身に付けていた腕輪。どうしてあんなに大きくなった?」

 こう言われてふたりも言い返せなかった。

 確かにアベルが腕輪を外したところはみたことがなかったし、同時に小さい頃からしていることを知っているのに、腕輪が変化していたことを思い出したから。

 確かにアベルが小さい頃は、彼がしていた腕輪ももっと小さかった。

 だが、彼の成長と共に腕輪は普通に大きくなった。

 彼の身体に負担をかけないように大きくなっていたのだ。

 信じがたいが。

 でなければ彼の左腕は小さな腕輪に縛られて、もっと歪な形になってしまっていただろう。

 普通の体型をしているアベルの左腕こそが、腕輪が普通の品ではないことを証明していた。

「そんな腕輪はこの世にふたつしかない。わたしのしている第二王位継承者を意味する腕輪と兄上がアルベルトに譲った第一王位継承者を意味する腕輪のひたつだ。そして第一王位継承者の腕輪は、兄上が崩御した当時から行方不明だった」

 ケルトの説明はまだまだ続いた。

 腕輪が消えていたことから、兄王に子供がいたのではないかと疑った彼は、当時から密かに行方を消していた。

 捜し出して王位を譲るために。

 そしてとうとうアベルが発見された。

 兄王に生き写しの容姿と失われていたはずの第一王位継承者の腕輪を所持して。

 アベルは当初王位を継ぐことに反発していた。

 継がないとまで言っていた。

 孤児院での生活を選んで王位を捨てると言っていたのだ。

 だが、そんなときにエルが怪盗騒ぎを起こした。

 貴族や王室への不平不満を抱えて。

 それは彼には自分が果たすべき義務を果たさないから、だから、そういう真似をするのだというように責められた気がしたという。

 世継ぎが不在でそのために国が荒れるなら、自分にできることはなにかあるか?

 そうして悩んで出した答えが王位を継ぐことだった。

 だから、彼は今、王子として宮殿で生活している。

 そう言われて彼を変えたのが自分だったと知って、シスター・エルは身体からすべての力が抜けてしまった。

「アルベルトを帰せない事情は納得してもらえたか? 決して強制しているわけじゃない。これは彼が自分で選んだ道だ」

 身を乗り出す国王にそう言われ、エルは反応を見せなかったが、フィーリアが泣き出しそうに彼を振り向いた。

「お兄ちゃん……王様になるの? もうわたしたちのところには戻ってこないの?」

「一度は戻るよ、フィーリア」

「一度って」

「みんなに本当のことを打ち明けて説明して納得してもらうために一度は帰る。でも、それが限度だよ。俺がいるべき場所は……あそこじゃない」

「そんなに宮殿は居心地がいいの?」

「エル姉」

 嫌味を言われてアベルは目を伏せる。

「居心地がいいのは孤児院の方だろう。彼にとって宮殿は決して安らげる場所じゃない」

「どういう意味?」

「生命を狙われ続ける場所にいることが、居心地がいいと本気で思えるのか?」

「「生命って……」」

「アルベルトは生まれながらに生命を狙われている。素性を明かせば狙われ続ける。それを承知で戻ってくることが、本当に居心地がいいからだと思えるのか?」

「そういえば……さっきお兄ちゃんが毒を飲んだって」

 フィーリアが唖然とアベルを見る。

 彼は曖昧に頷く。

「ああ、うん。そういうことはあったけど、一応助かったし」

「強がりを言うべき場面ではありませんよ、王子。かなり危うかったのですから」

「なにもバラさなくてもリドリス公爵」

「ですがわかってもらうために、隠すべき場面ではないと思います」

 言い切られてアベルは口を噤む。

「あなたを庇うために宮殿に戻ってきた当日、王子は生命を狙われました」

 シスター・エルはきつく唇を噛んだ。

「王子はそれこそ命懸けであなたを庇おうとなさった。なのにあなたは王子だという理由だけで否定される。どちらが傲慢なのでしょうね?」

 皮肉を言われてもエルにはなにも言い返せなかった。

 それが本当なら傲慢なのはエルの方だろうから。

 アベルはそれこそ命懸けでエルを庇ってくれたのに。

 エルが想像していたように、自分を捨てて庇ってくれたのに。

 なのに彼が王子だという現実を無視することができない。

 そんな自分が腹立たしいのに悔しいのに、どうしても笑顔を浮かべられない。

 そんなエルにケルトがため息をつく。

 公爵に目線を送ってふたりがここにくるまでの経緯を甥に説明させた。

 アベルは唖然としていたが。

「やっぱりあんな旅に出るって手紙1枚じゃあ周囲を納得させられない、か。でも、俺は嘘は苦手だからなあ。あれでも必死になって考えたんだけど」

「どんな手紙を送ったんだ?」

 問われて答えたアベルにケルトも呆れる。

「それは……普通、心配してくれと言っているような内容だと思うぞ?」

「そうかなあ?」

 嘘をつきたくなかったから、アベルにできる説明はあんなものだ。

 それが通じていないとなると、近い内に一度戻るべきかもしれない。

 皆の不安を解消するために。

「俺……一度孤児院に戻れないかな?」

「今の状況では難しいな。そなたは生命を狙われているんだぞ? 今孤児院に赴けば孤児院の子供たちが危険に晒されかねない」

「そうだよなあ。困ったなあ」

 頭を抱えるアベルにフィーリアもシスター・エルもなにも言えなかった。

 彼があまりに変わってしまっていたので。

 家族だったアベルはもういない。

 いるのはアルベルトという名の王子。

 その現実が……悲しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...