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第十章 嘘と真実
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「確かにアルベルト絡みでは公爵も独断で宮殿に連れ込むことなどできないだろうが」
どうするべきか悩む。
逢わせてやらないかぎり、例え事実を言っても、ふたりは信じられないだろう。
孤児院で育った青年が、実は世継ぎでした、なんて普通は荒唐無稽すぎて、揶揄っているようにしか聞こえないからだ。
しかしアベルは今生命を狙われている身。
その彼に引き合わせることは、ふたりに危険を招く恐れもある。
最初はどうにかして追い返せと指示したのだが、その返事がこれなのだ。
娘の部屋に座り込んで動かない、と。
「頑固で思い込みの激しそうな怪盗だとは思ったが、相当だな、これは」
呆れながら思う。
諦めるしかないかと手紙を認めた。
ケルトから二度目の返事が届いたのは明け方だった。
その手紙を読んで「陛下にも徹夜をさせてしまったな」と公爵はちょっと反省する。
疲れた顔で、でも、アベルに逢うまでは退かないといった風情で、シスター・エルが床に座り込んでいる。
フィーリアの方はリアンに付き添われ、お茶など振る舞われているが。
「許可が出た」
「宜しいのですか、父様? 引き合わせるのは危険なのでは……」
リアンの声にシスター・エルもお茶を振る舞われていたフィーリアも不安そうな顔になる。
「それはご承知の上だろう。それでも引き合わせないことには納得しない。そう判断されたということだろうな」
ここまで言ってから公爵はシスター・エルを振り向いた。
「アベル殿にお引き合わせしよう」
「本気?」
「もちろんです。だが、その前に着替えて頂きたい」
「「着替え?」」
ふたりがキョトンとする。
「その格好では門前払いされてしまう。リアン。ふたりの支度を手伝ってあげてほしい。リアンも支度をしなさい」
「はい、父様」
答えてリアンは戸惑っているふたりの支度を手伝った。
豪華な真紅のドレスに身を包んだシスター・エルは、揶揄われているような気がしてきた。
隣にいるフィーリアは薄い緑色のドレス姿だ。
公爵令嬢リアンは紫色のドレス姿。
彼女の豪華なドレスほどではないが、ふたりとも普段なら絶対に見掛けることすらないような、高価なドレスを着せられている。
これが冗談でなくてなんなのか。
おまけに公爵の言い分を信じるなら、アベルは公爵の城にはいない。
別の場所にいる。
そこに行くのにこんな格好をしないといけない?
どう考えても胡散臭い。
公爵家の馬車に乗せられ進んでいくと、どう見ても進んでいる方向がおかしい。
遠かった宮殿がどんどん近くなるのだ。
さすがに青ざめた。
フィーリアも身を縮めている。
「お姉ちゃん……まさか?」
小さな声に問われて唇を噛む。
やがて馬車は吸い込まれるように正門を通過していった。
ふたりとも入ったことのない場所に足を踏み入れたようだった。
降り立った場所が場所なのでフィーリアは小さくなり、シスター・エルは気圧されまいと無理に胸を張っていた。
宮殿だからといって負けないためだ。
だれに、なのかは自分でもわかっていなかったが。
「リアンは王女殿下方のところに向かいなさい。詳しい説明をして差し上げるべきだろう」
「承知しました。ですが」
「なにも心配はいらない。このふたりを罰することはないから。それはアルベルト様とお約束しただろう?」
「はい」
頭を撫でられてリアンは安心して去っていった。
「アルベルト様ってだれ? どうしてあたしたちを罰しないようにその人が頼むの?」
「それは何れわかるだろう。妙な動きをすれば違う意味で罰されるから、黙ってわたしについてくるように」
それだけを言って公爵は背を向けた。
これからどこへ向かうのか不安だったが、エルはフィーリアの手を引いて公爵についていく。
負けたくないと、その一言だけを胸に秘めて。
白い大扉の前に立って公爵は数度ノックした。
「公爵か? 入れ」
中から聞こえた声にふたりして顔を見合わせる。
どこかで聞いた声だと思ったから。
中に入ると見たこともないような豪華絢爛なソファーに腰掛けてひとりの男性が出迎えてくれた。
「え?」
シスター・エルが絶句する。
フィーリアもきょとんと呟いた。
「おじさん?」
「久し振りだな。公爵の城で大暴れしたんだって? 女の子なのだから淑やかにしないといけないぞ?」
「どうしておじさんが宮殿にいるの? え? もしかしてここ宮殿に似てる違う場所っ!?」
キョロキョロするフィーリアにケルトは苦笑する。
まあこれまでの振る舞いを見ていれば、こういう反応だろうな、と。
「どうしてと言われれば答えは簡単だ。ここがわたしの家だから」
「家って……」
フィーリアが絶句しシスター・エルが険しい目付きになった。
「まさか」
「そう。そのまさかだ。わたしが国王ケルトだ」
「嘘……国王陛下のこと、おじさんなんて呼んじゃった……」
フィーリアが青くなる。
そんな無礼な呼び方こそしていないものの、彼がくる度に冷たくあしらっていたシスター・エルは、黙り込んでケルトを睨んでいた。
「まあ座ればどうだ? 立っていたら疲れるだろう?」
「……アベルはどこ?」
「彼ならさっき呼びに行かせた。すぐにでもここにくるだろう。座って待っていればいい」
「どうしてお兄ちゃんが宮殿に住んでるの?」
信じられないと問う声にケルトは答えられない。
公爵はスッと国王の後ろに並んだ。
その様子から彼が本当に国王なのだとふたりにもわかった。
「まさか……レイとレティのふたりは……」
「ああ。顔見知りなんだったな。そう。ふたりはわたしの娘だ。第一王女レイティアと第二王女レティシア。双生児でな。名前くらいなら知っていたんじゃないのか?」
「レイさんとレティさんが王女様?」
リアンが公爵令嬢だというだけでも、フィーリアにも受け入れがたい真実だったのに、レイとレティのふたりが実は王女だったなんてっ。
驚いてエルを見れば、彼女は険しい顔で国王陛下を睨んでいた。
慌てて彼女の袖を引く。
「お、お姉ちゃん。そんなに国王様を睨むものじゃないよ」
「国王なら……王女なら人を騙してもいいの?」
「その言葉そっくり返そう。シスターが人を騙してもいいのか?」
グッと詰まったエルにケルトはじっと彼女を見上げた。
「わたしたちに不満を持っていることは知った。その不満を解消できなかったことは、確かにこちらの落ち度だろう。それは責められても仕方ない。だが」
「なに?」
「どれほど今の政権に不満があっても、どれほど貴族や王室が信じられなくても、盗みでその不満を解消するべきじゃない」
「じゃあ王様に貧しい人々をすべて救えるの?」
「一握りの人間がすべての人間を救う。そんなことは理論的に不可能だ。人間にできることじゃない」
「逃げ口上じゃないのっ!!」
激昂するシスター・エルに公爵が静かに口を開いた。
「わたしたちも全力を尽くしている。例えば前王陛下」
出されたくない名を出され、シスター・エルは答えられずに顔を背けた。
「殺されるところまで努力された方です。そして陛下もまた兄君の果たせなかった夢を果たそうと努力されてきました。その努力を無駄なことだとあなたは言う。それこそ横暴ではありませんか?」
どれほど力及ばなくても、命懸けで頑張っていることを、無駄なことだと意味がないと否定する権利がだれにあるのか。
そう言われてシスター・エルは悔しそうに唇を噛んだ。
気まずい沈黙が満ちたとき、ノックの音が響いた。
「叔父さん、呼んだ?」
その声に部屋にいたふたりが目を見開く。
「待っていたんだ。入ってくれ」
「うん」
そう答えて入ってきたのは確かにアベルだった。
栗色の髪も空色の瞳もなにも変わっていない。
だが、自分たちと同じく、いや、それ以上に格好が変わっていた。
今のアベルはどこから見ても貴公子だ。
唖然としてふたりとも固まってしまった。
「なにか用だった、叔父さん? 今から爺の診察だったんだけど」
「ああ。爺が後遺症を心配していたな。毒はまだ抜けきっていないのか?」
「時々手足が痺れるけど大したことないよ。俺の診察より叔父さんの診察を1番にするべきじゃないか? 一応国王なんだし」
アベルが毒を飲んだと聞かされてふたりとも息を呑む。
それにさっきからアベルは国王のことを「おじさん」と呼んでいる。
どういう意味だろう?
「それにリドリス公はいるのにリアンはいないよな。レイたちのところ?」
「はい。娘には殿下方のところに行ってもらっています」
「ふうん。なにかあった? 知らない令嬢が……って。フィーリアっ!? エル姉っ!? なんでいるんだっ!?」
今頃気付いたのか、アベルは素っ頓狂な声を出した。
フィーリアは彼の胸に縋りたかったが、どうしても泣き付けなかった。
アベルが、あれほど兄と慕った人が知らない人に見えて。
「おい……バカ叔父貴」
「その呼び方は酷い」
「バカじゃなかったらなんなんだよっ!? なんでふたりを宮殿に連れてきたんだっ!? まだなんの説明もしてないのにっ!!」
「その説明はわたしの方から致しますので王子もお座りください」
「「王子っ!?」」
今度はふたりが素っ頓狂な声を出す。
アベルは気まずい顔で席についた。
ふたりに目線を合わせることはできない。
そんなアベルをふたりがじっと見ていた。
「申し訳ございませんが、おふたりとも席についていただけますか? 王子はまだ全快されたばかりでお身体の調子があまりよくありませんので」
アベルは確かに痩せていたし、調子も良くなさそうだったで、色んな疑問はあったがふたりとも席についた。
ジッとアベルと国王の顔を交互にみる。
それから気付く。
このふたりの顔立ちが似ていることに。
「アベル……アンタは一体何者なの?」
「アルベルト・オリオン・サークル・ディアン。わたしの甥だ」
「甥って」
フィーリアが絶句する。
「そう。彼は亡くなったわたしの兄王の子だ。正当な王位継承権をもつ王子。だから、弧児院には帰せなかったんだ」
「「そんな……」」
ここでケルトがアルベルト王子が、アベルとして弧児院で育った経緯について説明した。
当時の政局も交えて。
「お兄ちゃんが……王子様だった?」
「そんな証拠がどこにあるの? そんなだれも存在すら知らなかった王子だなんて言われて、どうしてアンタは素直に従ってるの、アベルっ!?」
「証拠ならある。アルベルトの左腕に」
ギクリとエルが強張った。
確かにあの腕輪は一般庶民には持てない腕輪だったので。
「それにふたりは知らないかもしれないが、彼の容姿は亡くなった兄王そっくりだ」
「「……え?」」
「生き写しと言っていい。そして第一王位継承権をもつ王家直系の血を引く者にしか受け継げない継承権の腕輪の所持者。これ以上に出自を証明する物はないだろう? 彼自身が生きている証拠だ」
容姿のことまで引き合いに出されては、シスター・エルにも言い返せない。
「他人の空似かもしれないし、腕輪だってよく似ているだけの別物かもしれないし」
「残念ながらその可能性はないな」
「……どうして」
「この腕輪が普通の腕輪ではないからだ」
そう言ってケルトは左腕を捲り上げた。
彼の左腕にもアベルの腕輪に非常によく似た腕輪があり、ふたりとも息を呑む。
どうするべきか悩む。
逢わせてやらないかぎり、例え事実を言っても、ふたりは信じられないだろう。
孤児院で育った青年が、実は世継ぎでした、なんて普通は荒唐無稽すぎて、揶揄っているようにしか聞こえないからだ。
しかしアベルは今生命を狙われている身。
その彼に引き合わせることは、ふたりに危険を招く恐れもある。
最初はどうにかして追い返せと指示したのだが、その返事がこれなのだ。
娘の部屋に座り込んで動かない、と。
「頑固で思い込みの激しそうな怪盗だとは思ったが、相当だな、これは」
呆れながら思う。
諦めるしかないかと手紙を認めた。
ケルトから二度目の返事が届いたのは明け方だった。
その手紙を読んで「陛下にも徹夜をさせてしまったな」と公爵はちょっと反省する。
疲れた顔で、でも、アベルに逢うまでは退かないといった風情で、シスター・エルが床に座り込んでいる。
フィーリアの方はリアンに付き添われ、お茶など振る舞われているが。
「許可が出た」
「宜しいのですか、父様? 引き合わせるのは危険なのでは……」
リアンの声にシスター・エルもお茶を振る舞われていたフィーリアも不安そうな顔になる。
「それはご承知の上だろう。それでも引き合わせないことには納得しない。そう判断されたということだろうな」
ここまで言ってから公爵はシスター・エルを振り向いた。
「アベル殿にお引き合わせしよう」
「本気?」
「もちろんです。だが、その前に着替えて頂きたい」
「「着替え?」」
ふたりがキョトンとする。
「その格好では門前払いされてしまう。リアン。ふたりの支度を手伝ってあげてほしい。リアンも支度をしなさい」
「はい、父様」
答えてリアンは戸惑っているふたりの支度を手伝った。
豪華な真紅のドレスに身を包んだシスター・エルは、揶揄われているような気がしてきた。
隣にいるフィーリアは薄い緑色のドレス姿だ。
公爵令嬢リアンは紫色のドレス姿。
彼女の豪華なドレスほどではないが、ふたりとも普段なら絶対に見掛けることすらないような、高価なドレスを着せられている。
これが冗談でなくてなんなのか。
おまけに公爵の言い分を信じるなら、アベルは公爵の城にはいない。
別の場所にいる。
そこに行くのにこんな格好をしないといけない?
どう考えても胡散臭い。
公爵家の馬車に乗せられ進んでいくと、どう見ても進んでいる方向がおかしい。
遠かった宮殿がどんどん近くなるのだ。
さすがに青ざめた。
フィーリアも身を縮めている。
「お姉ちゃん……まさか?」
小さな声に問われて唇を噛む。
やがて馬車は吸い込まれるように正門を通過していった。
ふたりとも入ったことのない場所に足を踏み入れたようだった。
降り立った場所が場所なのでフィーリアは小さくなり、シスター・エルは気圧されまいと無理に胸を張っていた。
宮殿だからといって負けないためだ。
だれに、なのかは自分でもわかっていなかったが。
「リアンは王女殿下方のところに向かいなさい。詳しい説明をして差し上げるべきだろう」
「承知しました。ですが」
「なにも心配はいらない。このふたりを罰することはないから。それはアルベルト様とお約束しただろう?」
「はい」
頭を撫でられてリアンは安心して去っていった。
「アルベルト様ってだれ? どうしてあたしたちを罰しないようにその人が頼むの?」
「それは何れわかるだろう。妙な動きをすれば違う意味で罰されるから、黙ってわたしについてくるように」
それだけを言って公爵は背を向けた。
これからどこへ向かうのか不安だったが、エルはフィーリアの手を引いて公爵についていく。
負けたくないと、その一言だけを胸に秘めて。
白い大扉の前に立って公爵は数度ノックした。
「公爵か? 入れ」
中から聞こえた声にふたりして顔を見合わせる。
どこかで聞いた声だと思ったから。
中に入ると見たこともないような豪華絢爛なソファーに腰掛けてひとりの男性が出迎えてくれた。
「え?」
シスター・エルが絶句する。
フィーリアもきょとんと呟いた。
「おじさん?」
「久し振りだな。公爵の城で大暴れしたんだって? 女の子なのだから淑やかにしないといけないぞ?」
「どうしておじさんが宮殿にいるの? え? もしかしてここ宮殿に似てる違う場所っ!?」
キョロキョロするフィーリアにケルトは苦笑する。
まあこれまでの振る舞いを見ていれば、こういう反応だろうな、と。
「どうしてと言われれば答えは簡単だ。ここがわたしの家だから」
「家って……」
フィーリアが絶句しシスター・エルが険しい目付きになった。
「まさか」
「そう。そのまさかだ。わたしが国王ケルトだ」
「嘘……国王陛下のこと、おじさんなんて呼んじゃった……」
フィーリアが青くなる。
そんな無礼な呼び方こそしていないものの、彼がくる度に冷たくあしらっていたシスター・エルは、黙り込んでケルトを睨んでいた。
「まあ座ればどうだ? 立っていたら疲れるだろう?」
「……アベルはどこ?」
「彼ならさっき呼びに行かせた。すぐにでもここにくるだろう。座って待っていればいい」
「どうしてお兄ちゃんが宮殿に住んでるの?」
信じられないと問う声にケルトは答えられない。
公爵はスッと国王の後ろに並んだ。
その様子から彼が本当に国王なのだとふたりにもわかった。
「まさか……レイとレティのふたりは……」
「ああ。顔見知りなんだったな。そう。ふたりはわたしの娘だ。第一王女レイティアと第二王女レティシア。双生児でな。名前くらいなら知っていたんじゃないのか?」
「レイさんとレティさんが王女様?」
リアンが公爵令嬢だというだけでも、フィーリアにも受け入れがたい真実だったのに、レイとレティのふたりが実は王女だったなんてっ。
驚いてエルを見れば、彼女は険しい顔で国王陛下を睨んでいた。
慌てて彼女の袖を引く。
「お、お姉ちゃん。そんなに国王様を睨むものじゃないよ」
「国王なら……王女なら人を騙してもいいの?」
「その言葉そっくり返そう。シスターが人を騙してもいいのか?」
グッと詰まったエルにケルトはじっと彼女を見上げた。
「わたしたちに不満を持っていることは知った。その不満を解消できなかったことは、確かにこちらの落ち度だろう。それは責められても仕方ない。だが」
「なに?」
「どれほど今の政権に不満があっても、どれほど貴族や王室が信じられなくても、盗みでその不満を解消するべきじゃない」
「じゃあ王様に貧しい人々をすべて救えるの?」
「一握りの人間がすべての人間を救う。そんなことは理論的に不可能だ。人間にできることじゃない」
「逃げ口上じゃないのっ!!」
激昂するシスター・エルに公爵が静かに口を開いた。
「わたしたちも全力を尽くしている。例えば前王陛下」
出されたくない名を出され、シスター・エルは答えられずに顔を背けた。
「殺されるところまで努力された方です。そして陛下もまた兄君の果たせなかった夢を果たそうと努力されてきました。その努力を無駄なことだとあなたは言う。それこそ横暴ではありませんか?」
どれほど力及ばなくても、命懸けで頑張っていることを、無駄なことだと意味がないと否定する権利がだれにあるのか。
そう言われてシスター・エルは悔しそうに唇を噛んだ。
気まずい沈黙が満ちたとき、ノックの音が響いた。
「叔父さん、呼んだ?」
その声に部屋にいたふたりが目を見開く。
「待っていたんだ。入ってくれ」
「うん」
そう答えて入ってきたのは確かにアベルだった。
栗色の髪も空色の瞳もなにも変わっていない。
だが、自分たちと同じく、いや、それ以上に格好が変わっていた。
今のアベルはどこから見ても貴公子だ。
唖然としてふたりとも固まってしまった。
「なにか用だった、叔父さん? 今から爺の診察だったんだけど」
「ああ。爺が後遺症を心配していたな。毒はまだ抜けきっていないのか?」
「時々手足が痺れるけど大したことないよ。俺の診察より叔父さんの診察を1番にするべきじゃないか? 一応国王なんだし」
アベルが毒を飲んだと聞かされてふたりとも息を呑む。
それにさっきからアベルは国王のことを「おじさん」と呼んでいる。
どういう意味だろう?
「それにリドリス公はいるのにリアンはいないよな。レイたちのところ?」
「はい。娘には殿下方のところに行ってもらっています」
「ふうん。なにかあった? 知らない令嬢が……って。フィーリアっ!? エル姉っ!? なんでいるんだっ!?」
今頃気付いたのか、アベルは素っ頓狂な声を出した。
フィーリアは彼の胸に縋りたかったが、どうしても泣き付けなかった。
アベルが、あれほど兄と慕った人が知らない人に見えて。
「おい……バカ叔父貴」
「その呼び方は酷い」
「バカじゃなかったらなんなんだよっ!? なんでふたりを宮殿に連れてきたんだっ!? まだなんの説明もしてないのにっ!!」
「その説明はわたしの方から致しますので王子もお座りください」
「「王子っ!?」」
今度はふたりが素っ頓狂な声を出す。
アベルは気まずい顔で席についた。
ふたりに目線を合わせることはできない。
そんなアベルをふたりがじっと見ていた。
「申し訳ございませんが、おふたりとも席についていただけますか? 王子はまだ全快されたばかりでお身体の調子があまりよくありませんので」
アベルは確かに痩せていたし、調子も良くなさそうだったで、色んな疑問はあったがふたりとも席についた。
ジッとアベルと国王の顔を交互にみる。
それから気付く。
このふたりの顔立ちが似ていることに。
「アベル……アンタは一体何者なの?」
「アルベルト・オリオン・サークル・ディアン。わたしの甥だ」
「甥って」
フィーリアが絶句する。
「そう。彼は亡くなったわたしの兄王の子だ。正当な王位継承権をもつ王子。だから、弧児院には帰せなかったんだ」
「「そんな……」」
ここでケルトがアルベルト王子が、アベルとして弧児院で育った経緯について説明した。
当時の政局も交えて。
「お兄ちゃんが……王子様だった?」
「そんな証拠がどこにあるの? そんなだれも存在すら知らなかった王子だなんて言われて、どうしてアンタは素直に従ってるの、アベルっ!?」
「証拠ならある。アルベルトの左腕に」
ギクリとエルが強張った。
確かにあの腕輪は一般庶民には持てない腕輪だったので。
「それにふたりは知らないかもしれないが、彼の容姿は亡くなった兄王そっくりだ」
「「……え?」」
「生き写しと言っていい。そして第一王位継承権をもつ王家直系の血を引く者にしか受け継げない継承権の腕輪の所持者。これ以上に出自を証明する物はないだろう? 彼自身が生きている証拠だ」
容姿のことまで引き合いに出されては、シスター・エルにも言い返せない。
「他人の空似かもしれないし、腕輪だってよく似ているだけの別物かもしれないし」
「残念ながらその可能性はないな」
「……どうして」
「この腕輪が普通の腕輪ではないからだ」
そう言ってケルトは左腕を捲り上げた。
彼の左腕にもアベルの腕輪に非常によく似た腕輪があり、ふたりとも息を呑む。
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