千夜一夜

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第四章 宰相令嬢と姫君たち

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 3人の少女がじーっと一枚の招待状を睨んでいる。

 差出人はリドリス公爵。

 宛名はアベル殿、となっている。

 まちがいなく吟遊詩人としてのアベルを招く招待状だった。

「どうしてわたしたちに黙っていらしたの、従兄さま?」

「どうしてって」

 レイティアとレティシアの部屋に連行されたアベルは、否応なく彼女たちの取り調べを受けていた。

 彼女たちにとっても親しい公爵令嬢リアンの婚約者を決めるための舞踏会にアベルが呼ばれていた。

 それは見過ごせない事実だ。

 リドリス公爵が前王の顔を忘れているとは思えない。

 公爵は前王の時代にはまだ宰相ではなかったが、その頃から宮仕えをしていて、前王の側近的な立場にいた。

 その功績が認められて宰相になった人物だ。

 当然だがアベルの顔を見れば顔色を変えただろう。

 ふたりにしてみれば絶対に報告しておいてほしかった事実だったのだ。

 報告されていれば父王に頼んで、うやむやにできたのに。

 父王にしてもアベルの素性が今明るみに出ることは避けたいはずだから、快く相談に乗ってくれたはずだ。

 でなければアベルの自由意志で結婚相手を選ぶ、なんて悠長な意見は出せなかっただろう。

 そのアベルが自分で素性を明かすような行動に出てどうするのかとふたりは言いたい。

 問題の舞踏会が明日に迫っているというのも頭が痛い。

 今から父王に頼んでも、どうにかできるかどうか、非常に危ういからだ。

 責められたアベルはどこか遠くを見ている。

 それがふたりには歯がゆかった。

 アベルがまだ従兄としては振る舞ってくれていないことがわかるので。

「従兄さまっ。目を逸らさないで、わたしたちの目を見て、ちゃんと言ってっ。どうしてなのっ!?」

 食い下がるレイティアをリアンが驚いた顔で見ている。

 彼女の知っているレイティアは、こんなに感情過多ではなかったのだが?

「だって……普通の仕事だぞ? なんでそれを一々レイティアたちに相談しないといけないんだ?」

「普通の仕事って……従兄さま。相手は公爵よ? 宰相なのよ? 普通に考えて『普通の仕事』にはならないと悟ってほしかったわ」

「レイティア」

「そうね。公爵と従兄さまが顔を合わせる事態は、わたしが考えてもマズイと思うもの。姉様が怒るのも無理ないわ」

「レティシアまで……」

 アベルが不満そうにいつも自分の味方をしてくれる少女の名を呼んだ。

「あの……」

「なにかしら、リアン?」

 振り向いた3人にこの事態を招いた当事者でありながら、まだ話の流れのみえないリアンは怪訝そうに問いかけた。

「失礼ですがレイ様、レティ様。先程からなにを問題視されているのかがわかりません。どうして父様と彼が逢うのに問題があるのですか? 彼は普通の吟遊詩人なのでしょう? それは国1番かもしれませんが」

「それは」

 年齢的に前王の顔を知らないらしいリアンを前にして、さすがのレイティアも言葉に詰まる。

「レイ。アルベルトはここか?」

 そう言って呑気に入ってきたのは、この場の救い主とも言える国王ケルトだった。

「陛下っ」

 リアンが驚いた声を出し、入ってきたケルトも呆気に取られて彼女を見た。

「どうしてリドリス公の令嬢がいるんだ?」

「お父さま。よいところへ参られました」

「レイ?」

「こちらへ」

 レイティアに引き摺られて、リアンに聞こえないところまで連れていかれたケルトは、そこで詳しい説明をされた。

 呆れた顔で甥の傍へ戻ってくる。

 そうして膨れている彼の額を軽く小突いた。

「なにすんだっ!!」

 国王相手でも態度の変わらないアベルにリアンが目を丸くする。

「わたしもレイティアに賛成だ。そなた……もうすこし自分のことを自覚した方がいい」

「そんなことを言われても」

「とにかくその明日に迫った舞踏会をなんとかしなければな。欠席はできないのか、アル?」

「できないよ。家まで迎えがくるんだ。さすがにそれをかわすのは……」

「なるほど。娘の婚約者を決める舞踏会とあって、公爵も国一番の吟遊詩人は欠かせないと判断したというところか」

「国一番ねえ」

「認めたくなさそうだが、実際にそなたは国一番の吟遊詩人で知られているぞ?」

「そうなのか?」

「貴族のあいだではそなたを招けるのと招けなかったのとで格の差が出るという噂まである」

「へえ。知らなかった」

 アベルが驚いた声をあげると、ケルトは意外なことを指摘してきた。

「そなたとレティが出逢った日に、そなたが欠席した舞踏会があるだろう?」

「え? あるけど……それがなにか?」

「なにか? ではない。その貴族は今面目丸潰れで、社交界の恥さらし扱いだ」

「なんでっ!?」

 飛び上がるアベルにケルトは呆れた顔になる。

「そのくらいそなたが出るのと出ないのとでは扱いが違うということだ。もちろん招待して断られたら、その比ではないらしい。公爵も必死になるだろうな」

「知らなかった。俺……今まで招待されたときの金額によっては断ってきたんだけど。それって?」

 恐る恐るといった声にケルトは無情に事実を告げた。

「それは……なんというか、欠席されるより扱いはひどくなるな。気の毒に」

 しみじみした声にアベルは今まで足蹴にしてきた貴族たちに謝りたくなった。

 そんなつもりは毛頭なかったのに。

「あの……陛下?」

「なんだ?」

 振り向いた国王に公爵令嬢は勇気を振り絞って声を投げる。

「彼は一体どういうご身分の方ですの? 幾ら国一番の吟遊詩人とは申せ、陛下や王女様方が関わられているなんて不自然すぎます」

「そのことはいずれ報告する日もくるだろう。今は打ち明ける気はない」

「陛下……」

「とにかく明日に迫った舞踏会をなんとかしなければな。そもそも公爵家から迎えがきてしまっては、レイたちの素性までバレかねない」

「やはりそう思いますか、お父さま?」

「公爵家の使いの者が王女たちの顔を知らないということはないだろう。さすがにそれはマズイ。ましてやそこに令嬢がいたとなっては醜聞になる。どうするべきか」

 悩んでいたケルトは、やがて顔をあげた。

 次々と指示していく。

 アベルはそれを守りたくはなかったが、だったらバレてもいいのかと脅されて、仕方なく彼の提案を受け入れることにしたのだった。

 そして舞踏会当日。




「レイティアっ。もう無理っ」

 真っ赤な顔をしたアベルが布団から顔を出した。

 熱湯を注ぎ込んで冬場しか使わない湯タンポを大量に作っていたレイティアは無情にも彼を布団に逆戻りさせる。

「うわっ」

「諦めてくださいな。まだまだ入れないと」

「今いつだと思ってるんだっ!? 暑いっ!!」

「暑くないと意味がないでしょう? 我慢なさってください」

 無情に言い放ってレイティアはまだまだ湯タンポを放り込んでいく。

 その度にアベルの顔が赤くなっていった。

 季節は真夏。

 真夏に湯タンポ……地獄だなとアベルは思う。

 冬なら気持ちいい湯タンポも、場違いな真夏に使用されると一種の凶器だ。

 気が遠くなる。

 この係をレイティアがやっているのは、レティシアはアベルに甘いので、ここで彼が泣きついたら許してしまうだろうという彼女の読みのせいだった。

 これならレティシアの方がよかったと、アベルがしみじみと感じたのは言うに及ばず。

 それを読み取ってしまうレイティアって怖いと、今更のように感じていた。
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