千夜一夜

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第一章 教会と孤児院

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 不思議な偶然もあるものだ。

「不思議な偶然だな」

「不思議な偶然? そう……ですね」

「姉様?」

 妹の心配そうな問いかけにレイティアは微笑んだ。

「なんでもないのよ、レティ」

「話を戻すけどレティのお姉さん」

「申し訳ございませんが、わたしにもレイ……という名がございます。そういう呼び方は不本意です」

 悔し紛れにごまかす声にアベルはちょっと笑う。

 笑われてレイティアが赤くなった。

「じゃあレイ。俺からも頼むから、もうすこしのあいだだけ、レティの好きにさせてやってくれないか?」

「ですが、これはわたしたちの問題で」

「だからこそ、俺たちの問題だろ?」

「なにをおっしゃりたいのですか」

「レティは将来的に必要な行動を起こしてるだけだ。それは同じ立場に立つレイにならわかるはずだ。ここで得る体験はレティにとって、もしかしたらレイにとってだって得難いものになる」

「……」

「おままごとでもいいんだよ。知らないことを知らないままで終わらせず知ろうとする努力。それは尊いものだよ」

「ですがお父さまがなんとおっしゃるか」

「そうだなあ。マリンが護衛として付き添う……じゃ納得しないか?」

 首を傾げるアベルにマリンが食って掛かる。

「どうしてわたしを巻き込むの、アベルっ!!」

「へえ。じゃあレティを放っておけるんだ? マリンに?」

「っ」

 グッと詰まるマリンにアベルが人の悪い笑みを見せている。

「もしかして1本取られたことを拗ねてる?」

 レイティアはアベルに顔を覗き込まれ赤くなった。

 なんだかこの人は調子が狂うと顔に書いている。

「まあレティが起こした行動は、本来ならレイが起こすべき行動だろうから、多少は拗ねるだろうなあ」

「あの、アベルさん?」

「わからないか? レイはレティに負けたから悔しいんだよ」

 指摘されてレイティアの顔がますます赤くなる。

 レティシアは意外そうに姉姫の顔を見た。

「悔しいのならレイも真似したらいい」

「アベルっ。勝手に話を進めないでっ」

 シスター・エルが慌てだす。

 明らかに貴族らしいふたりを受け入れるなんて、彼女的には遠慮したいことだから。

「エル姉、シスター失格。神のお慈悲はどこいったんだ?」

 呆れ顔で言われて言葉に詰まる。

 シドニーは苦笑していて、フィーリアは不安そうにアベルを見ていた。

「とにかくレイがどうするかはともかく、レティはもうしばらくこのままでいさせてやってくれ。その方がレティのためだから」

 真摯に説得されてレイティアは妹姫を振り向く。

「あなたはどうしたいの、レティ?」

「わたしはもっと知らないことを知りたい。知ることは大事だと思うから。それは昨夜散々感じたの。わたしは籠の中の鳥だって。このままじゃいけないって」

 女王になるならないは別として王族として、このまま民のことをなにも理解しないままではいけない。

 それは昨夜レティシアが感じたことだった。

 必死な妹の様子にレイティアはまたため息をついた。

「戻ってお父さまを説得してみます。それまではマリンをつけておくわ」

「ありがとう、姉様っ!!」

 抱きつく妹を抱き止めて、レイティアはまたため息をついた。

「あなたはお名前はなんて申されましたか?」

 振り向いたレイティアに問われて、アベルが答えようとしたとき、子供が投げ合っていたらしい木の棒が、突然、窓ガラスを割って飛び込んできた。

 レイティアに向かって一直線に。

 マリンも無言で庇おうとしたが、それよりも顔を覗き込めるほど近くにいたアベルの方が早い。

 とっさにアベルは彼女を腕に抱いて庇い、左腕でガラスの破片や木の棒を受け止めた。

「っ」

 声にならない声が漏れる。

 それは予想外の衝撃を伴ってアベルの左腕を襲った。

 シャツが破れ、なにかが露出する。

 肌かとだれもが思ったが、それは肌ではなかった。

 腕の中に抱き込まれたレイティアはマジマジとそれを見た。

 二の腕全体を覆っている、それは黄金の腕輪。

 唐草模様を用いていて、幻獣が描かれた華麗な装飾を施された高価な。

 孤児院育ちの青年には似つかわしくない品だった。

「これは……」

 レイティアの目にも王族でも持てるかどうかの品だとわかる。

 思わず腕が伸びた。

 触れられて我に返ったアベルが慌てたように身を引く。

「ごめん」

 それだけを言ってアベルは部屋に駆け去った。

 この腕輪だけは人目に触れないようにしていたので。

 その意味はシドニーしか知らない。

 あの腕輪は普通の腕輪ではないのだ。

 おそらくアベルの身許を証明する唯一の品。

 何故ならアベルがこの孤児院に預けられたとき、彼はすでにあの腕輪を身につけていたからだ。

 彼が両親の元にいた頃に与えられた。

 そう思うべき品。

 もしかしたら由緒正しい家柄の子息ではないか。

 シドニーはそう疑っていた。

 それほど高価な腕輪だったので。

 人目に触れないように指示しておいたのもシドニーである。

 人目に触れれば騒動になりそうだったので。

「神父様。あの腕輪は?」

 レイティアがぼんやりと問いかける。

 第一王女であるレイティアでも、ほとんど見かけないほど高価な腕輪。

 それをしている者が普通の身分の出身のわけがない。

「申し訳ございませんが、わたしにもわかりかねます」

「では彼がここにくる前から身につけていた?」

「はい。それ以上のことはわかりません。アベルは孤児院に預けられるまで、どこでなにをしていたか、なにも憶えておりませんので」

「そうなのですか。やんごとなきご身分の方とお見受け致しましたが」

「変なこと言わないでっ」

「お姉ちゃん」

 はっきりとは見たことはなくても、あの腕輪がそうとう価値のある物だとわかるシスター・エルは震える声を出す。

 弟分のアベルが貴族階級の出身かもしれないなんて、彼女には受け入れられないことだったので。

 もし事実だとしても捨てられていた時点で関係ない。

 それが彼女の意見だった。

「でも、あの腕輪に使われていた紋章。どこかで見たような……」

 レティシアも遠くを見る顔になる。

 意外な発見にだれもが言葉を失っていた。
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