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第五章 女神サリア

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『シリル……ノワールと言ったか』

「そうだけど?」

『まさかあの男の血筋に転生するとはな。我ながら運がない』

 うーん。

 またわかったけど、この人英雄で初代の国王とは親しかったはずだけど、たぶん仲が悪かったな、きっと。

 顔を見たら嫌味を言い合っていたに違いない。

 絶対にそうだ。

『それともあの男の執念に捕まったと嘆くべきなのか』

「あの?」

『なんでもない。わたしの運のなさを少々嘆いていただけだ。あの男の血筋さえ混じらなければ、この呪いは最終形態を迎えないはずだったから』

「へ? どういうこと?」

『簡単に言えばだ。わたしの転生をこれまで止めていたのは、あの男の初代国王の血筋の力だ。影響力とも言うべきだな』

「「?」」

 俺もオーギュストもランドルフの言っていることがまるで理解できない。

『知っているか? この国の王家は神の加護を受けている。そういう血筋なのだ』

「伝承ではそうなってるけど、ただのお伽噺だろ。俺なんて呪われてるし。女神に」

『いや。事実だ。その証拠にあの男はわたしの血筋を悉く中央から遠ざけた。そのために元は公爵家だったわたしの血筋が伯爵家にまで落ちぶれていたのだから』

「えっとー?」

『つまり、だ。神の加護を受けた血筋と神に呪われたわたしの血筋が重なれば、わたしの転生が成立するというわけだ』

「なんで?」

『素直な良い子に育ったな。あの男の血筋とは思えん。わたしの血か?』

 なにやらひとりで自画自賛してる。

 言い返すべきなんだろうか。

「つまり? こういうことですか? 神に加護された祝福されし血の力で、あなたが拒んでいた転生が成立してしまう。つまりあなたを転生させたのはノワール王家の血だった、と?」

 考え考え言ったオーギュの言葉にランドルフはため息ひとつで同意した。

 えっとう?

 つまり?

 すべての元凶は父さんだった?

 そりゃ父さんと母さんが結婚してないと、そもそも俺は生まれなかっただろうけど、その原因となったのが、父さんの血筋だった?

 呆れてものが言えない。

 これじゃ俺にとっては両親の両方の血が呪われていたみたいなものだし。

『だから、あの男はわたしの血筋を中央から遠ざけたのだ。勿論20歳以上生きられない血筋では、あまり役には立たなかっただろうが、それでも他の者より優秀だっただろう。それでも中央から遠ざけた。わたしを転生させないために』

「……アンタは初代国王を嫌ってたけど、初代国王には好かれてた? それともそれそのものが初代国王からの嫌がらせ? どっち?」

 転生させれば重荷を背負わせると知っていたら、相手を思えばこそ遠ざけることもあるだろう。

 でも、反対から見ればこの機に乗じて、これ幸いと遠ざけたとも取れる。

 悩んでいるとランドルフは嫌そうな顔をした。

『わたしが何度拒んでも宰相にしたくらい、騎士になりたくないと嘆願しても却下すると足蹴にしても諦めなかったくらいだな』

 なるほどー。

 国王の片想いだったんだな。

 可哀想に。

『遺言を遺してまでわたしの血筋を遠ざけたあの男に恨み言のひとつくらい言ってやりたかったが、わたしの方が早世してしまったから無理だったなあ。あ。今ならアドニスに文句を言う手もあるか』

「ちょっと待てーっ。父さんは関係ないだろうがっ!!」

『関係ならある。忘れていないか? アドニスが割り込んでこなければ、わたしの転生は成立しなかった。女神サリアがどんなに望もうと。そしてエリスがひとりで亡くなっていれば、我が家の呪いはそこで途絶えた。永い時の果てにな』

 これには言い返せなかった。

 確かに母さんは最後の生き残りだったし、結婚もせずに子供も望まず、ひとりひっそりと死ぬ気だった。

 それが呪われた家の宿命だと。

 それを繋ぎ止めたのは父さんだ。

 それは事実だけど。

 今になって父さんの言葉が重く胸に響く。

 孤独にひとりで死ぬことが母さんのためだった?

 自分のことじゃなく、それが大事な人だと思ったら、そんなのはダメだって魂が叫んだ。

 孤独に死ぬなんて、そんな悲しいことを言うのはやめてくれって。

『ほら。やはり優しい子に育っている。だから、わたしはあの男を恨むんだ。こうなると思ったから、この国から出ていくと言ったのに引き止めたあの男を』

「……引き止められたんだ? 初代国王に」

『ああ。引き止められたな。それこそこちらが引くくらいの泣きっぷりで引き止められた。その代わり絶対に転生させないようにするから。わたしの血筋と近付きすぎないようにすると嘆願されたが。どうせ果たせないと思っていたんだ』

「なんで?」

『それがあの男とわたしの宿命というか。ハッキリ言ってしまえば、わたしの血筋は確かに呪われてはいたが、基本的にノワール王家と同等の血筋だ。行き過ぎた加護になってしまったが』

「確かに加護が求婚になったら行き過ぎだよな」

『だから、だ』

「?」

 首を傾げるとランドルフは小さく微笑んだ。

『あの男の血筋の者がわたしの血筋の者に恋い焦がれないわけがない。いつかは初代国王の遺言も破るだろうと思っていた』

 つまり父さんと母さんの関係は、それこそ神の加護を受ける血筋の者同士の血が呼び合った結果なのか。

 血と血が呼び合いふたりは愛し合った。

 その結果、象徴とも言うべきランドルフが転生してしまうのも、自然の摂理なのかもしれない。

『だから、アドニスには責任を取って貰おう』

「ランドルフ?」

『そなたには幸せになって貰わなければ、わたしがこの遺言を残した意味がない』

 そうだ。

 俺が呪いの最終形態ということは、俺が呪いをなんとかすれば、もうこの呪いが続くことはないんだ。

 勿論俺の代で血が途切れてもそうなるけど、生き残って呪いを絶てれば、それは最高の結果ではないだろうか?


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