一人では戦えない勇者

高橋

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10章

7話  中妖精

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 御影さんは、まだ入浴中とのことで、大浴場の近くのベンチで休むことにした。

 湯上がりの妻たちが前を通り過ぎていく。
 魅力的なお誘いをする妻がちらほらいるが、うっかりついていったら御影さんに会えなくなるだろう。グッと堪える。

 唐突に人工太陽が陰る。
 雲が発生しない拠点内でおかしいと思い見上げると、顔になにかが覆い被さる。なんだ? 空から美少女が降ってきたのか?
 ほんのり暖かく、土の匂いがするなにか。重さはあまり感じない。おや? 口に当たるこの柔らかい感触は……縁の胸と同じ感触のような……。

 とりあえず、美少女であれ、と願いながら、顔に覆い被さるなにかを持ち上げる。

「……なんだ、シルキーか……」

 美少女ではある。見た目だけは。

「大きくなっても重さは変わらないんだな」

 シルキーは数日前に突然大きくなり、小妖精から中妖精になった。
 それに合わせて、その姿は掌サイズから十歳児くらいに成長した。

 そんな美少女が、掌サイズの頃からと同じく僕の頭の上で寛ぐんだ。日本なら、間違いなく通報されただろう。こちらでも、面白半分のユリアーナに通報されたけど。

「シルキー、大きくなったんだから、頭に乗るのやめてくれない?」
「えー、頭の上がいい」
「なんでだよ」
「寝ながらごはんを食べれるの」

 自堕落。

「重いわけじゃないけど、バランスが悪いんだよね」
「タイカン? ってのをユリアーナに鍛えてもらえば?」

 いや、既に鍛えられている。
 それでも、頭の上で寛がれると首がグラグラするんだ。

 妖精大好きなヴァルブルガが、音もなく僕の隣に座った。
 九歳のはずなのに、大人の色気がある彼女が、僕が持ち上げているシルキーに手を延ばす。
 すると、年齢の割に成長している胸が僕に当たり、ロリ疑惑を回避するために彼女の反対側へ上体を傾ける。

「ヴァルブルガ、一旦、離れようか」
「では、シルキーちゃんを渡してください」
「えー、やだー」

 渡される本人が嫌がった。

「ヴァルブルガのプラーナ、薄味なんだもん」

 プラーナの味って、よくわからないんだけど、言われたヴァルブルガはショックだったのか、手を延ばしたまま固まった。

「ヴァルブルガ、気にすんな」

 プラーナの味がわからない僕たちが気にしてもしょうがない。

「それより、真弘がカメラ構えてるから離れような」

 夫の決定的瞬間を待ち構えているようだ。

 子供たちに人気の真弘でも、ヴァルブルガは懐いていないらしく、急にしおらしくなった。

「てか、ヴァルブルガの場合は、ただの人見知りだよな」
「そんなこと、ない」

 シルキーを頭の上に置き直して挙げっぱなしの腕を下ろすと、ヴァルブルガが縋りつくように僕の腕を抱き締める。

「ガッツリ人見知りじゃん」
「そんなこと、ない……もん」

 これ、人見知りというより、真弘を怖がってる?

「真弘、なんか怖がらせるようなことした?」

 真弘は心当たりがないのか、カメラを構えたまま首を傾げた。

「ヴァルブルガ?」
「ま、真弘さんは……ヌメヌメで……お客さんの中にも、いて……」

 ポツリポツリと話す内容を要約すると、娼館で働いていた時に一番嫌な客が汗でヌメヌメしているオッサンで、写真で見た北の魔王を倒した後の真弘が、その客以上のヌメヌメだったらしく、それ以来、真弘と距離を取っているのだそうだ。
 まあ、あの写真は本当にキモかったから、無理もない。
 で、距離を取られた真弘は、ヴァルブルガと仲良くしたくて、構い続けていたのだけど、それがヴァルブルガにとってはウザ絡みだったようで、ますます距離を取られた。というか、見た感じ、苦手な人になったみたい。
 男性恐怖症のヴァルブルガが、僕に縋るくらいに怖がっているのはどうなの?
 真弘の言い分としては、今までの人生でここまで人に避けられるのは初めてのことだそうで、どう距離を詰めればいいのかわからなくなってしまっての、ウザ絡みなんだとか。

 一瞬、真弘のベッドでのアレな姿を見せれば怖くなくなるんじゃないか、と思ったのだけど、今度は僕から距離を取ることになるだろうから、やめた。

「あのヌメヌメお姉さんは怖くないよ」
「もうヌメヌメじゃないもん!」

 魔王討伐後、拠点に戻る前にヌメヌメを洗い流しているので、僕もヌメヌメお姉さんを写真でしか見てないんだよね。

「ヌメヌメよりも、あのウザ絡みが怖いの?」
「……」

 言葉にはしなかったけど、逸らした目は雄弁だった。
 てか、そろそろ離れない?
 さっきから、湯上がりの妻たちがヒソヒソ話してるよ。

「孫一君、原因は頭の上だよ」

 仮面に真弘から写真が送られたようだ。
 後頭部の仮面をシルキーが顔に被せてくれる。
 お礼を言って写真を確認すると、羽の生えた小学生くらいの美少女が頭に跨がっている蛙顔の男が写っている。僕だ。
 写真に写る僕は、十代後半に見える九歳の女の子が腕に抱きついているのに、頭の上のインパクトが強すぎて気にならない。
 どちらの案件で通報するかといったら、間違いなく後者だろう。
 あと、どうでもいいけど、シルキーは、お尻からプラーナを食べるの?

「それよか、真弘にお願いしたいことがあるんだ」
「ん? なに? 暇だから聞くよ」

 そういえば、真弘ってどの部隊にも属さず、なんでも屋みたいな扱いだったな。
 正式に移籍してもヘルプで短期移籍を繰り返す内に、結局、白面でいいじゃんってことになった。まあ、縁が真弘の仮面を作り直すのに飽きたのが主な理由なんだけどね。
 しかし、子守りから魔王討伐までこなすなんでも屋かぁ。繁盛間違いなしだね。……繁盛するか? なにを頼めばいいかわかんないや。

「カトリンのことをお願いしたい」
「カトリンちゃんには、二度と来ないで、って言われた」

 ダメだったかぁ。

「ちなみに、なにをして、そう言われたの?」
「……」
「真弘、目を逸らさないで答えて」
「えっとね、ちょっと、誤解があったんだよ。きっと」
「その誤解の原因を聞いてるんだけどね」

 真弘の目が泳ぎまくってる。

「……励まそうと思って、【聖女】なんて下位クラスはすぐになれるよ、って言っちゃった」
「【聖女】になることが人生の目標だった子に?」

 人生の目標といっても、何十年も費やしていたわけではないのだけど、当時五歳だったカトリンのダメージは割りと大きかったようだ。

「だって、宗教的な聖女になるのが目的で、【聖女】クラスになるのが目的だなんて思わなかったのよ」

 宗教の象徴としての聖女と【聖女】クラスは別物。
 歴史上は全員が【聖女】ってことになってるけど、実際は、聖地で聖女に任命された人のほとんどが【聖女】ではないらしい。ソースはウーテ。

「だからって、それを言っちゃうのはどうなのさ?」
「つい、うっかり」

 これでカトリンの件は打つ手がなくなった。

「孫一君が頑張れば?」
「通報されない?」

 きっと、こわーい御影様に通報される。

「孫一君の話なら聞くんじゃないかな」
「え? なんで?」

 自分で言うのもなんだけど、僕って結構怪しい奴だよ。

「なんだかんだで団長として上手くやってるから、みんなの信頼はある。で、信頼してる大人たちの孫一君への態度を見てるから、子供たちも孫一君を信頼してる」
「へー、そうなの?」

 突然聞かれたヴァルブルガがビクッとなったけど、首肯する。てか、聞いてた? なにに対する首肯? 視線が僕の頭の上で固定されてるよね。ちょっとは僕に興味を持って。

「まあ、上手くやってるのは、御影先生とイルムヒルデさんなんだけどね」
「ああ、そうね」

 二人には迷惑ばかりかけています。ついでに白い液体も。
 カトリンの件を僕が解決すれば、二人の負担は減る。それなら。

「やれるだけやってみようか」

 ノープランだけどね。

 ………まずは、右腕に抱きついたままのヴァルブルガをどうにかしないと。
 無駄とわかっていても真弘に……風呂上がりの子供たちに拐われてしまった。
 誰か都合よく……来た。

「お母さん、ヴァルブル」
「ノゾミだー」

 頼む前に、頭上のシルキーがお母さんの頭に飛んでいった。
 そして、シルキーを追ってヴァルブルガがお母さんに抱きつく。

「どういう状況なのかしら?」

 一見女子高生くらいに見える九歳の女の子に抱きつかれ、羽の生えた小学生くらいの美少女が頭を跨いでいる国民的女優がいる。僕のお母さんだ。

 写真を撮って送ってあげる。
 僕と同じようにシルキーに被せられた仮面の下で、嫌そうな顔をしているのだろう。あと、やっぱり、お尻からプラーナを食べているのだろうか。

「さすがです。お母さん。お陰で助かりました」
「そう? よくわからないけれど、助けになったのなら嬉しいわ」

 お陰で通報されずに済んだ。
 丁度、通報しそうなユリアーナがお風呂から出たとこだったんだよ。

「あれ? 私、面白いとこ見逃した?」

 大丈夫だよ。見逃してないよ。だから、仮面を被ってメッセージのログを漁らないで。
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